第2話 塔の歓迎
ぼくらの足音が石づくりの階段にひびいている。塔の入口をぬけてから、まわりの景色はいっこうにかわらない。上下左右どこを見ても、黒々とした岩壁(いわかべ)。おぼろげな灯(ひ)がともっていても、視界はかなりわるい。
夜目がきくというシャーラを先頭に、ぼく、ゴルジとつづいている。
「ちっ、どんだけ歩かせるんだよ」
ゴルジの悪態がきこえた。シャーラはふりかえらずに答える。
「悪魔におそわれたり、毒におかされたりするよりは、いくぶんましでしょう」
「そうは言ってもなあ」
ふりかえると、ゴルジは剣をつえがわりにして、前かがみで歩いていた。少し距離がひらいてしまっている。シャーラとぼくは顔を見あわせて、ゴルジが追いつくのを待つ。さっきからこれのくり返しだ。
「あのひと体力ないんだね」
「なんだとクソガキ」
ぼくは、にらみつけてくるゴルジを無視して、シャーラに問いかけた。
「ねえ、シャーラ。悪魔の塔について教えてくれないかな?」
「もちろん。でも、わたしよりもゴルジさんのほうがくわしいですよ」
ゴルジに視線をむけても、そしらぬ顔でそっぽをむいたままだ。
「教えてよ。ゴルジ」
「ゴルジさんだ。そしてことわる。だまって歩けクソガキ」
「なんでそんな態度なんだよ。もう仲間じゃないか」
「仲間じゃねぇ。俺は、お前が同行することをゆるしちゃいないからな」
ゴルジがぼくめがけてけとばした小石が、岩壁(いわかべ)にはね返って、シャーラの甲冑(かっちゅう)にぶつかった。コンっと高い音がなる。
「あ、悪い」
「大丈夫ですよ。そのかわり、いじわる言ってないで教えてあげてください」
シャーラが階段をのぼりはじめ、ぼくとゴルジがそれを追う。
「……ちっ、わかったよ」
ゴルジは、ぼりぼりと頭をかいて、しぶしぶ話しだした。
「悪魔の塔は、この世界に七個ある。百年前に七色の悪魔が、それぞれたてて、すみついたってはなしだ。塔のちかくでは、作物は育たなくなったし、水もひあがるようになっちまった。この第四の塔からの霧(きり)が原因で黒死病がひろまったりもしてるな。まぁ、なんというか、かなり迷惑な塔、だ」
悪魔が外にでてこないことがゆいいつの救いだな、とゴルジはぼやいた。
旅のとちゅうで聞いたはなしとおなじだ。
「塔のなかについて教えてよ」
「この塔についてはなにも知らない。おい、なんだその顔は? しかたないだろ。だれも知らないんだ。なんたって帰ってこられたやつがいないからな。石板にあるように、黒の悪魔がすんでるってことくらいだな。あ、ちなみに、石板はすべての塔のまえにあるぞ」
「ほかの塔については?」
「七色の悪魔をたおせたやつはいない。だが、生きてでてこられたやつは何人かいる。そいつらの話は、アルゴン王国にも伝わっている。たとえば、第二の塔では、人間そっくりの悪魔が、人間みたいに街をつくって仲良く暮らしているらしい。逆に、第七の塔では、青の悪魔が別のやつに食われて、そいつが塔の主になりかわったらしいな。悪魔の世界も弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)ってこった」
悪魔の塔といっても、それぞれ、ちがいがあるみたいだ。この第四の塔は、どんなところなんだろうか。このままずっと階段がつづくということもあるまい。
ゴルジは、ひざに手をついて、しんどそうにしながら続けた。
「みんな口をそろえて言うのは、塔には悪魔がいっぱいいて、とにかく危険な場所だってことだ。そんなこと言われなくてもわかってるがな」
ゴルジは鼻で笑う。
「あとな、塔は、七色の悪魔にいどむのにふさわしい者を選別してるってうわさだ」
「選別?」
「選ぶって意味だ」
「わかってるよ」
「なんでも、七色の悪魔にいどむには、勇気と、力と、知恵が必要らしい」
「知恵も?」
そうらしいな、とゴルジはうなずく。
勇気と力はわかるけど、知恵が必要だとは思っていなかった。母さんには、小さいころにたくさん本を読んでもらったし、文字が読めるようになってからは、さまざまな学問をならった。けれど、母さんが死んでからは、なにも学ばなくなってしまった。
父さんには、狩りの方法や、戦うすべ、そして、男としてのあり方を教えてもらった。大切な人を守れるようになれ、というのが父さんの口ぐせだ。父さんのことは尊敬しているけれど、学問のほうはからっきしだったな。
ゴルジの話を聞くかぎり、アルゴン王国も、塔について詳しいことはわかっていないようだった。
「じゃあさ、なんで二人は塔に——」
話をかえようとしたとき、先頭を歩いていたシャーラが声をあげた。
「扉があるわ」
見あげると、階段をふさぐように、巨大な扉があった。さびれた金属の扉。そのまんなかには、笑っている悪魔の絵がえがかれている。つばさと角が生えた悪魔。いじわるで残虐(ざんぎゃく)そうな顔でこっちを見つめる。
力のかぎりおしてみても、ぴくりとも動かない。シャーラとゴルジがくわわっても、まったく動かなかった。ぶあつい壁をおしているようだ。
ゴルジが扉をけっとばす。
「くそっ、行き止まりってんじゃないだろうな?」
「まさか、ここまで一本道でしたよ」
「これを開かないといけないってわけか。けっ、こいつ、ぶきみな笑いかたしたがってよ」
ゴルジが悪魔の絵をみて、顔をしかめる。
『挑戦(ちょうせん)者よ。塔にいどみたければ、わが問いに答えよ』
とつぜん、扉の悪魔の口が動いた。
「うおっ、しゃべったぞ!」
ゴルジが、すとんきょうな声をあげて、とびあがった。
シャーラは、がすかさず剣をぬき、ぼくもそれにならう。
扉の悪魔は、かまわず、すらすらと話し出した。
『問題 人喰いパージ』
洞窟(どうくつ)には三匹の悪魔がいる。
いねむりが大好きなパニー。
おしゃべりが大好きなパラ。
人を食べるのが大好きなパージ。
パニーはぐっすり眠っている。
パラはぺちゃくちゃおしゃべりしている。
さて、パージは何をしている?
回答は一回のみである。
しばらくして、扉の悪魔はおなじ問題をくり返しはじめた。
「おいおい、いきなりなんだ?」
「この問題をとかないと扉が開かないってことでしょうか」
シャーラが髪のさきをいじりながら首をかしげる。
「こうみえて、おれは頭のほうは自信ねえんだよな」
「みたまんまだろ」
「なんだと!」
声をあらげるゴルジに、しっと指をあてる。
「きっちりきいてみようよ」
ぼくらは、もう一度、はじめから問題をきいた。そして、聞きおえるとすぐにゴルジが言った。
「こんなの簡単じゃないか。人を食ってんだろ?」
「わたしもそう思います」
シャーラも同意する。
ぼくもぼくもそう思う。
いねむりが好きなパニーは寝ている。おしゃべりが好きなパラはおしゃべりしている。なら、人を食うのが好きなパージは? もちろん、人を食っているのだろう。
でも、そんな単純なことでいいのだろうか? 塔は七色の悪魔にいどむにふさわしいものを選別するため、ぼくらに知恵があるかをたしかめるという。これじゃあ、だれでも答えられてしまうではないか。それに、いじわるそうな悪魔の顔がみょうに気になる。
いねむり、おしゃべり、人食い。
うーん。
「人を食ってる以外の答えないよな?」
「回答は一度きり。すこし不安ですけど、答えてみましょうか」
ふたりは、はやばやと結論をだす。
ゴルジが扉のまえにたった。
「よし、いくぞ。答えは——」
扉の悪魔がニヤッと笑ったような気がした。
いねむり。おしゃべり。人食い。
ん? おしゃべり?
あっ、そうか!
「人を食って——」
「おしゃべりだ!」
ゴルジの答えをかき消して、ぼくはさけんだ。
ゴルジは、ぽかんと口をあけたかと思うと、つぎの瞬間、
「おい! なにバカなことしてくれてんだ! 回答は一回なんだぞ!」
と、どなった。
でも、ぼくは、自信をもってくり返す。
「パージはおしゃべりしてる」
「ちがう! おしゃべりしてるのはパラだ!」
扉の悪魔の目が光りだした。
「気をつけてください!」
「くそっ、だからこんなガキつれてきたくなかったんだ!」
ふたりは飛びのいて、とびらをにらみつけた。
そのとき、扉がひくい音をたててゆっくりひらいた。
ぼくは、扉の悪魔にむかって、にやりと笑いかけてやった。悪魔の顔がくやしそうにゆがんだ気がする。
「ど、どういうことだ?」
ゴルジは目を白黒させる。シャーラもとまどっている。
ふたりとも、まだわかっていない。ぼくは胸をはって、とくいげに言った。
「洞窟(どうくつ)には悪魔が三匹しかいないんだろ。パニーはねむってる。パラはおしゃべりしてる。でも、おしゃべりってひとりじゃできないじゃないか。その相手がいたはずなんだ。それはパーラしかいない。だから、パーラはおしゃべりしているんだ」
シャーラが感心したようにうなずく。そして、きれいな手でぼくの頭をやさしくなでた。
「そういうことでしたか。ヤクはかしこいですね」
「クソガキやるな!」
ゴルジも、バシバシとぼくの背中をえんりょなくたたく。
「こんなガキ連れてこなきゃよかったんだろ?」
「おいおい、だれがそんなこと言ったんだ? もちろん、俺はお前のことを信用してたぜ。やるときはやるやつだってな。よし、行くぞ」
ゴルジが一番に扉のさきへふみ出した。ぼくとシャーラは顔を見あわせて、くすりと笑った。そして、ゴルジのあとを追う。
さぁ、ここからが本番だ。
「うわあ、きれいですね」
シャーラがうっとりとした表情でうでをひろげた。
とびらのさきには花畑がひろがっていた。赤。青。黄色。いろとりどりの花が光をあびて、宝石のようにきらめいている。さわやかな風が、あまい香りをのせて、はだをすべる。
「外にでた、わけじゃないよな?」
ゴルジがつぶやく。
「ちがうみたいだよ。だって、ほら」
ぼくは、空を指さした。
雲ひとつない青空には太陽が三つあった。たぶん、にせものなのだろうけれど。
「……まじかよ。この世界を悪魔がつくったっていうのか」
「どうりで外よりあついわけですね」
シャーラが手で顔をあおぐ。
照りつける日ざしのせいか、外よりもかなり気温が高い。カラッとした暑さでも、さすがに服が汗でべたつきはじめた。ぼくの影もいつもよりこく地面にかげっている気がする。
「で? これからどうするよ」
「黒の悪魔をさがしましょうか」
「あやしいのはあっちのほう、か?」
ゴルジがあごでさしたのは、遠くに見える広大な森だ。ふかみどりの怪物のように、ぼくらを待ちうけている。反対側には岩山。山頂からけむりをはいている。
「ヤクはどう思いますか?」
シャーラがぼくに問いかけた。
けれど、そんなことよりも……
「ねえ、だれかに見られてない?」
ふたりはすばやく周囲に目をはしらせる。
「シャーラ、においは?」
「……ありません」
「かんちがいじゃないのか?」
たしかに、首のうしろにひりつくような視線を感じる。山のけものに狙われたときのような感覚。狩りをするときにときおり感じることがある。
でも、見晴らしのいい花畑にはだれもいない。こんなことははじめてだ。塔にはいって気をはりすぎているだけなのだろうか? うん。きっとそうだろう。
「ごめん。そうかも」
おいおい、気楽にいこうぜ、とゴルジが肩をこづく。
ぼくらは、木々がおいしげった森をすすんでいる。
「ねぇ、さっきの『におい』ってなに?」
目のまえのねじれた太いツルを短剣で切りながら、シャーラにたずねてみる。シャーラも、うっとうしそうにツルをかきわけながら答えた。
「わたしは鼻がきくんです。近くに人間や動物がいたら、たいていわかります。悪魔のにおいは嗅いだことがないので、わからないかもしれませんけどね」
「へー、夜目もきいて、鼻もいいんだ。なんだか動物みたいだね」
シャーラは、ふりかえって、少し悲しそうにほほえんだ。
「あ、ごめん。悪口じゃないんだ。むしろすごいなってことが言いたくて」
なんだか言い訳みたいになってしまった。
「大丈夫ですよ」
シャーラが前をむいたので、表情はわからなかった。
「女を動物あつかいするなんてな。あーあ、これだから山育ちのガキはこまるぜ」
ゴルジがにやにやしながら言って、ぼくのわきばらをこづいた。おかえしに腹にこぶしをたたきこんでやった。いてぇ、とゴルジが前かがみになる。
「もう、なにやってるんですか。ゴルジさんがからかうからですよ。それに、ヤクの山での経験はこんな森でこそ活かされるでしょう?」
シャーラが肩ごしに視線を送る。
「うーん、どうだろう。この森はぼくが知っている森とはずいぶんちがうんだ。生き物も植物も知らないものばかりで、なんだか気持ちが悪い」
さっきから切っているツルも、よく山でみるものように見える。けど、ぼくの知らない青色のとげが生えている。そこらをとんでいる虫も、一見、知っているものに見えて、じつは羽や足の数がすこしずつちがっている。
「そうか? おれには、どこにでもある森に見えるけどな。それに食べ物にもこまらなそうじゃないか。あれとかうまそうだな」
ゴルジは、頭上になっている、白い果実を指さした。背の高い木にさまざまな大きさの実が、数えきれないほどついている。小さいものはこぶしサイズ、大きいものは、ベンさん家にある犬小屋よりも大きいかもしれない。てかてか光っていて、みずみずしい。
うん。やっぱり見たことがない。それに、森では、きれいなものほど危ない、というのがお約束だ。あんなもの、まったく食べたいと思わない。
「毒があるかもしれないですよ」
シャーラがあきれたように言った。
「森の果実に手をだすのは、手もちの食料がつきてからにしましょう」
「へいへい。その食料がつきないうちに、黒の悪魔をみつけられたらいいんだけどな。そもそも、塔のなかがどれくらいの広さなのかも——」
ドン!
「うお! あぶねーな!」
ゴルジの肩をかすめて、大きなものがふってきた。ゴルジが食べたいと言っていた白い果実だ。ゴルジは、いらだたしげに果実をけとばして、かまわず進んでいく。
ころがった果実は、木の根にぶつかって、ぶるっとふるえて止まった。
ん? ふるえた?
じっと観察していると、白い果実はモゾモゾと動きだし、丸まっていた体をのばした。そして、ぎょろりと赤くて大きな目でぼくをみすえ、無数にあるあしで、ずるずるとはいよってきた。
果実じゃない! 巨大な虫だったんだ!
背筋がぞっとして、全身の毛がさかだつ。
ドン! ドン! ドン! ドン!
にぶい音をたて、果実が、いや、大きな虫たちがつぎつぎにふってきた。
「ふたりとも走れ!」
前をいくふたりに声をかけて走りだした瞬間、肩に衝撃がはしった。地面にたおれふせる。肩を見ると、息のかかる距離で赤いひとみと目があった。なんとも言えない不快な感触をともなって、そいつが首まではってくる。ひっと声がもれる。おもわず身がすくむ。しかも、はじめにふってきたやつまで、右ふくらはぎにはりついていた。
「うわっ」
むちゅうで手足をばたつかせる。でも、吸いつかれるようにぴったりとはりつき、なかなかふりおとすことができない。
「いたっ!」
虫がはりついたところに、はりを刺されたような、するどい痛みがはしった。すると、しだいに白い虫のからだが赤くかわっていった。
血をすわれている!
おおあわてで肩の虫をむしり取って投げすてた。つぎにあしにはりついた虫をけとばす。一度。二度。三度。引きはがすことができない。あしに力がはいらなくなる。頭がくらくらしはじめた。そうだ、シャーラとゴルジに助けてもらおう。ぱっと顔をあげると——
虫。虫。虫。あたりはまっ白にそまっていた。
「うああ! やめろ! くるなよ!」
あしにはりついた虫が重たくて、うまく立ち上がれない。そいつは目がどこにあったかわからないほど、赤く変色している。体がふるえた。涙で目がにじんだ。
そのとき、あしについた虫がふきとんだ。放物線をえがいて、はるか遠くに落ちる。
「大丈夫ですか?」
シャーラが近くにいる虫をけとばし、ぼくを引っぱりおこしてくれる。
「あ、ありがとう」
視界がチカチカするし、右足にも力がはいらないけれど、なんとかふんばった。
「おい、とにかくにげるぞ」
ゴルジがよってくる虫を切りつけながらさけぶ。
「わかってる!」
ぼくらは虫の少ないほうに走った。
ふみつけた虫のぶよっとした感触を、あしの裏に感じながらはしる。虫は体をばねのように使ってとびついてくる。ゴルジとぼくは剣で切りつけながら、シャーラは手で投げすてながら、ひっしに走った。それでも、いつまでたっても数はへらず、ついに立ち止まってしまった。背中をあわせる。
「いっきに数をへらさないとだめだ!」
うでにくっついた虫をとりながら、声をはりあげた。
ふわふわとして体に力がはいらない。視界もせまくなってきた。血が足りていないんだ。
虫はどんどんふってくる。もう、足のふみ場もない。
「くそっ、シャーラ! もってる火石をすべて投げろ!」
ゴルジがはき捨てるように言った。
「そんなことしたら、けむりにまかれて死んでしまいます!」
シャーラがどなり返す。
「虫に食われて死ぬよりましだろうが! それに、お前ならしばらく息がもつだろ。おれたちをかついではこんでくれ」
シャーラは、腰のかばんに手をあて、ちらりとぼくを見る。
「シャーラ、なにか方法があるのならたのむよ」
「死んでしまうかもしれません」
「このままじゃどうせ死んじゃうだろ。ぼくは姉さんを助けないといけないんだ。やってくれ」
「……わかりました」
シャーラは、かばんからすきとおった赤い石をとりだした。虫があつまっているところにむかって投げる。体にひびく低音とともに火がはじけとんだ。近くにいた虫はひっくり返ってころげまわる。シャーラはつぎつぎに石をほうった。あたりは火の海。黒いけむりが、またたくまにひろがった。
肌があわだっているみたいだ。息をすってもなにもはいってこない。いや、熱だけは肺をやく。胸の内がわから体がやけてしまうようだ。熱い。苦しい。
だんだん視界がせまくなってくる。
となりで、ゴルジがうめきながら、たおれこんだ。かけよろうとしたけれど、あしがからまった。顔にひんやりとした土を感じる。意識がとおのくなか、シャーラが走りよってくる姿が目にはいった。
ああ、どうか、三人とも無事でいられますように。
まっくらだ。空気がしめってひんやりする。背中にはごつごつした感覚。ぴた、ぴた、と一定のリズムで水滴がおちる音がひびく。
どうくつ?
ぼくは体をおこした。はだがひりひりする。立ち上がろうとすると、頭がくらっとした。もう一度よこになる。目をつぶると、とても心がおちつく。塔にはいってから張りつめていた神経がやすまるのがわかる。
ぼくは、どうなったんだ? ゴルジとシャーラは無事なのだろうか?
あれこれ考えていると、まぶたが重くなってきた。そのとき、コツコツという足音がきこえた。松明の火がこちらに近づいてくる。
「目が覚めたのですね」
「シャーラ!」
あらわれたのはシャーラだ。頬にやけどのあとがある。服もあちこちこげおちている。でも、大けがをしているわけではなさそうだ。よかった。
ちくり、とうしろから視線を感じた。
ぱっとふりかえると、ゴルジが大岩に背をあずけていた。浅黒いはだがやかれて、より黒くなってしまっている。意識もない。まさか、と思ったけれど、肩がおおきく上下しているのが見えた。
シャーラは、ぼくのホッとした顔をみて、くすりと笑った。
「ゴルジさんも無事ですよ。やけどがひどいですけれど、薬をぬっておきましたから、じきに目をさますでしょう」
「ここはどこなの?」
「森のはずれにある洞窟(どうくつ)です。あの虫も追ってきていないようです」
「そっか、シャーラがはこんでくれたんだよね。ありがとう。シャーラは命の恩人だ」
ぼくは頭をさげた。
「ふふ、気にしないでください。仲間を守るのは当然のことでしょう」
シャーラは、ぼくのよこにすわった。ほそい指でぼくの髪の毛をすく。
「シャーラってよく頭なでるよね」
「……むかし、弟におなじようにしていました。ヤクは弟にすこし似ているのです。だから、してしまうのですね。いやでしたか?」
そう言いながらも、頭をなでつづける。
「別にいやじゃないよ」
小さいころ、母さんが寝るまえによく頭をなでてくれた。だからだろうか。シャーラにこうされると、すこし安心する。
「そういえば、さっきの火がでる石はなんだったの?」
「火石のことですか? あれは、アルゴン王国の魔法使いが研究でつくった石ですよ」
「魔法使い!」
シャーラはあっけからんと答えたが、ぼくの声はうわずった。
うわさでは聞いたことがあった。
世界には『魔法使い』という自然の力をあやつれる人がいるらしい。絵本や伝承にはかならずと言っていいほど魔法使いが登場する。なんでも、各国は魔法使いをさがしだして、保護し、魔法の研究しているらしい。でも、ただのうわさだと思っていた。
「ぼくも魔法をつかってみたいなあ」
「魔法といっても、そんなに便利なものではないみたいですよ」
シャーラは、ちらっとゴルジの方を横目でみながら言った。
「へー、シャーラは魔法使いに会ったことあるの?」
「ええ、ありますよ」
シャーラはくすくす笑った。
「へぇ、すごい! どんなひ——」
「ぐっ」
ゴルジがうめき声をあげて、体をおこした。
「ここは? 地獄か?」
しょうてんの合わない目でぼやいた。
「残念ながら塔のなかですよ。気分はどうですか?」
「最悪だな。丸焼きにされる夢をみた」
「ほんとに丸焼きになるところだったけどね」
ちがいない、とゴルジは力なく笑った。
「あれは悪魔だったのか?」
「さあね、でも、この塔では一瞬でも気をぬいちゃダメってことだ」
「すぐに動くのは危険でしょう。またおそわれたら今度こそ命があぶない。ここで体を休めましょう」
「そもそも、いま動いたら死んじまいそうだからな」
ゴルジは冗談めかして言ったけど、半分は本音だろう。ぼくもだるいなんてもんじゃない。シャーラも顔色が悪いし、ぐったりしているように見える。
もうひとねむりしようと思ったところでゴルジが声をあげた。
「ここは安全なのか?」
「ええ、虫たちは追ってきていませんでしたよ
「そっちはどうなんだ?」
ゴルジはまっ暗な洞窟(どうくつ)のおくに目をやった。
「……確認していません。見てきましょう」
シャーラが松明をもって、よいしょ、と立ち上がる。
「いや、ぼくが行くよ」
「いいのですか?」
「シャーラにまかせてばかりはよくないでしょ」
「それなら、お言葉にあまえさせていただきましょう」
シャーラは、松明を半分におって、ふたつにした。
「雑用は年下の仕事だからな。さっさと行ってこい」
ぼくは松明を受けとると、ゴルジの足をけとばしてから、洞窟(どうくつ)の奥にむかった。
まもなくして、洞窟はふたまたにわかれていた。
片方はいままでと変わらない。もう片方は急にせまくなっている。
せまい穴をのぞきこんでみると、ゴー、と風が吹く音がきこえた。せまいうえ大きな岩がでっぱっている。ゴルジやシャーラでは、進むのがやっとだろう。
そのとき、声がきこえた。
赤ん坊のなき声と鳥のなき声をまぜたようなぶきみな声。
おおきい穴のほうからだ。少しまよったけれど、声のするほうを確認することにした。
松明がてらすのは、せいぜい十メートルくらい。そのさきの闇になにが待っているのかはわからない。ぼくは短剣をぬいた。
声は大きくなっていく。しかもひとつではない。いつくもの声が重なっているみたいだ。声が洞窟(どうくつ)にこだまして、四方八方から聞こえてくる。
うるさい!
松明と短剣をもっているせいで、耳をふさぐことができない。
肩に片耳をあてながら、がまんして前に進んだ。
そして、松明の明かりがそいつらをとらえた。
クモのような化け物。大きい。全長は一メートルあるかもしれない。黒くて毛むくじゃらのからだ。ほそながいあし。そして、背中には大きな口がついている。人間の口だ。くちびるがあり、歯がある。でも舌はない。そこから大声をあげている。十匹ほどが身をよせあって、ぼくにむかってわめき声をあげている。
きしょくわるい。
悪魔、なのだろうか?
かん高い声がぼくの体をぞくりとなでる。目をはなさずに、じりじりと後ずさりしていく。化け物は体をくねらせて、こちらに身をのりだすのに一歩も動かない。
動けないのか?
あしは八本あるけれど、どれもひどくほそながい。巨大な体をささえられるとは、とうてい思えない。どうする? 動けないのならたおしてしまおうか?
おそるおそるにじりよる。
悪魔たちのあしもとには、かれ草がしきつめられていた。そのうえには、いろんな生き物の死体がちらかっている。ぼくらがおそわれた白い虫もある。
動けないのにどうやって生き物を捕まえたのだろうか?
自分たちでつかまえたとは思えない。
だとしたら、まずいぞ!
来た道を全速力でひきかえした。
もとの場所まで戻ると、ふたりはまきに火をつけているところだった。
ふたりがぼくの顔を見てぎょっとする。
「どうした?」
「いますぐ逃げないと!」
「なにかあったのですか?」
「ここは悪魔の巣なんだ! じきに悪魔の親が帰ってくるぞ!」
ゴルジに肩をかして無理やり立ち上がらせる。
「行こう!」
そのとき、絶叫が耳をつんざいた。見上げるほどの化け物が姿をあらわした。
くそっ、最悪だ!
―――――――――――――――
いつか小説家になれることを信じて毎日執筆をしています。
ブックマーク、評価、コメントなど、していただけたらとても励みになります。
どうぞ、よろしくお願いします。
同時にもうひと作品も投稿しております。
『鬼狩りトウヤ』
https://kakuyomu.jp/works/16817330668114560512
読んでいただけたら嬉しいです。
※毎日20時30分頃投稿
ヤクと悪魔の塔(子供がよめるように漢字すくなめ) @kasaisatoshi
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