ヤクと悪魔の塔(子供がよめるように漢字すくなめ)

@kasaisatoshi

第1話 塔への挑戦

 黒い霧が山をおおっている。

 まだ日はしずんでいない時間だけれど、あたりは暗闇につつまれていて気味が悪い。目の前にただようもやをはらおうと腕をふるってみても、風にのってうずをまくだけだった。


「……はぁ」


 ぼくは、この霧がきらいだ。

 百年前、この地にあらわれた悪魔たちが自分勝手に塔をたててすみついた。そして、ぼくがくらしているアルゴン王国にある第四の塔から、この黒い霧あふれでて、世界にひろがったらしい。

 この霧は動物たちからぼくの身をかくしてくれる。父さんは、霧を味方につけて狩りをしろ、と口をすっぱくして言っていた。

 けれど、この霧がたちこめると、なんだか悪いことがおきるような気がする。父さんが死んだ日も、母さんが死んだ日も、黒い霧が山をおおっていた。

 今日は、はやく家に帰ろう。

 しとめた野うさぎ三匹の耳を、片手にぎゅっとにぎりしめて、家にむかった。

 夕飯は、姉さんが大好きななべをつくろうかな。ウサギの肉と、しいたけをにつめると、とてもおいしい。姉さんのよろこぶ顔がうかぶと、足どりが軽くなり、気づくとかけ足になっていた。

 山を走るのは好きだ。六歳のころに、父さんに狩りをならいはじめてからというもの、毎日この山をかけまわっている。いまでは、動物たちよりもはやく走ることだってできる。

 日がくれるまえに、山小屋へつくことができた。

 父さんと、母さんがつくってくれた、からぶき屋根の山小屋。家族四人でくらすために、かなり大きめにつくったのだけれど、いまは姉さんとふたりぐらしだ。

 戸をひらくと、みしみしと音がなった。


「姉さん、ただいま」


 返事はなかった。

 いつもなら、布団のうえに体をおこして、「おかえり」とやさしく声をかけてくれる。いまは、戸をせにして横になったままだ。


「姉さん、いま帰ったよ。今日はなべにしようよ」


 やっぱり返事がない。

 家のなかに流れこむ黒い霧が、ぼくのとなりを通りすぎた。

 胸のおくがざわざわする。

 ゆっくりと近づいて、顔をのぞきこむ。


「姉さん!」


 布団には、姉さんがはいた血が、べっとりとついていた。かわいた血だまりのなかに、ところどころ、黒い石のようなかたまりがある。ああ、よく知っている。母さんも死ぬまえに、おなじようなものをよくはいていた。

 全身からいやな汗がふきだして、服がからだにはりつく。

 ああ、いやだ。

 もう家族をなくすのはいやだ。

 大切な人をなくすのはいやなんだ!

 ふるえる手でちいさく身体をゆすってみる。

 やっぱり意識はない。だけど、少しだけ胸が上下していた。息をしている!


「すぐに、ベンさんのところにつれて行くからね!」

 

 ベンさん。

 村一番のお医者さん。姉さんの体調が悪くなったとき、いつも助けてくれた。ベンさんなら、こんどだってどうにかしてくれるはずだ。

 姉さんをせおって、ふもとの村にむかう。姉さんのからだは、おどろくほど軽い。なのに、ぼくのあしは思うように前に進んでくれない。

 耳元では、ヒューヒュー、とこわれた笛のような息づかいが聞こえる。しかも、だんだん小さくなっているように感じる。気のせいだ。きっとそう。すぐに元気になるに決まっている。

 村についたころには、あたりはまっ暗だった。どこの家からも光はもれていない。歩きなれた道のはずなのに、悪魔のすむ洞窟にまよいこんでしまったかのように感じる。

 なんとかベンさんの家までたどりついた。ベンさんの家をてらすのはボヤっとした月明かりだけだ。

 

 ドンドンドン!


「ベンさん!」

 

 ドンドンドン!


「ベンさん!」


 もう一度たたこうとしたとき、するっと戸がひらいた。


「誰だい? こんな夜ふけに?」


 目をこすりながら、ねむそうなベンさんが顔を出した。いつものセンスのない(本人はおしゃれと言っている)丸めがねはかけていない。


「ベンさん、姉さんがたおれたんだ」

「なんだって?」

「姉さんが血をはいてたおれたんだってば!」

 

 ベンさんは、ぼくの大声に一瞬ぎょっとしたけど、すぐにお医者さんの顔になった。


「すぐに奥の診療台(しんりょうだい)にねかせなさい」


 ベンさんは、部屋の明かりをともすと、てきぱきと動きだした。

 ぼくは、姉さんを診療台にねかせたあと、ベンさんの寝室でひざをかかえていた。姉さんのそばにいたいけれど、とりみだして、ベンさんのじゃまをしてしまいそうだ。それに、なんだか診療室にいるのは怖かった。

 明かりでゆらゆらとゆれる大おおきな影をじっとながめていると、姉さんとの思い出がいくつも頭にうかんできた。

 小さいころ、姉さんは羽つき虫をもって、よくぼくをおいかけまわした。あの頃はむじゃきな姉さんだった。母さんが死んでからは、すっかり人がかわって、しっかり者になった。いつだってぼくを助けてくれた。そして、母さんとおなじ病気にかかってからは、迷惑かけてごめんね、と毎日あやまるようになった。あやまる必要なんてないのに。一緒にいてくれるだけでいいのに……。

 ほおから涙がポロリと落ちた。

 一時間がすぎた。

 さらに、一時間。

 ベンさんが、ひたいの汗をぬぐいながら、寝室に入ってきた。


「ヤク、なんとか一命はとりとめたよ」


 すぐさま診療台にかけよると、姉さんは目を覚ましていなかったけれど、顔色はずいぶんよくなっていた。おだやかに眠っているみたいだ。

 ぼくは、あしに力がはいらなくなって、へなへなと尻もちをついてしまった。

 ああ、よかった!


「ありがとう。ベンさん、本当にありがとう」

 

 心の底からベンさんに感謝した。やっぱり、ベンさんは、最高のお医者さんだ。こんど、たんまりと動物の肉をもってきて、姉さんと一緒にごちそうをふるまおう。


「ああ、いいんだ」


 ベンさんは、なぜかうかない顔のままだ。


「ベンさん?」


 ベンさんは、せきばらいをひとつしてから、ぼくをしっかり見すえた。


「ヤク、君につらい話をしなければいけない」


 しゃがみこんで、ぼくと目線をあわせる。


「わかっているとは思うけれど、エレナは黒血病(こくけつびょう)だ。それも症状(しょうじょう)はかなり悪い」


 黒血病(こくけつびょう)。

 アルゴン王国のはやり病。第四の塔からあふれでる黒い霧が原因、とベンさんがむかし言っていた。胸の痛みからはじまって、しだいに血液が黒くかたまっていき、数年で死にいたる。末期患者(かんじゃ)は、黒いかたまりがまじった血をはくようになるのだ。アルゴン王国では、百万人以上の死者がでているらしい。


「エレナの命は、もう、ひと月ももたないと思う」


 ベンさんは、目線をそらさず、きっぱりと言った。

 体がしめつけられるような痛みがはしる。


「そんな! いままでは、薬でよくなってきたじゃないか!」

「症状(しょうじょう)を少しやわらげていただけだよ。この病気を根本的になおす薬はないんだ。黒の霧(きり)がなくならないかぎり、第四の塔の悪魔がいるかぎり、この病気はだれにもなおせないんだ。王都の医者にだってね」


 ベンさんがぼくの肩をポンとやさしくたたく。


「のこされた時間を大切にしなさい」


 ベンさんは、あたたかいお茶をカップにそそいで、ぼくにさしだした。だけど、ぼくはそれを受け取ることができなかった。糸のきれた人形のように、体にまったく力がはいらない。

 のこされた時間を大切にする? そんなのってない。もう、たったひとりの家族なんだぞ。母さんのときも、父さんのときも、ぼくはなにもできなかった。今回もそうなのか? なにもできずに家族を失う? 姉さんが死ぬのをただ待つのか?


 いや、ちがう!


「ねえ、ベンさん。塔の悪魔がいるかぎり、病気はなおせない。そう言ったよね」


 ベンさんがじっとぼくを見つめる。


「悪魔がいなくなれば、病気はなおせるんだよね」


 ベンさんは、ゆっくりと首を横にふる。


「落ちつくんだ」


 ぼくは立ちあがった。もう、体にはいつものように力がはいった。いや、いつも以上に力がみなぎっている気がする。きっと、なにをすべきかわかったからだ。


「やめなさい」


 ベンさんの手が、ぼくにむかってのびる。


「姉さんをたのむよ」


 ぼくはベンさんの家をとびだした。まちなさい、という声が聞こえたけれど、ふりかえりはしなかった。ごめんね、ベンさん。けど、ぼくは行くよ。

 むかうのは、はるか遠くに、とても小さく見える、とても大きな塔。

 ふと小屋のあるほうに目をやると、そのむこうから太陽が頭をだしていた。ぼくがむかう先を明るくてらしてくれている。朝露がキラキラとかがやく草道がぼくをまっている。

 黒の霧は、少しだけ、ほんの少しだけ、うすくなっているようだった。




 一週間後。

 ぼくは、第四の塔のまえにたっていた。

 重々しい黒い塔。山のうえから見たときよりも、はるかに大きく感じられる。石づくりの入口は、まるで悪魔の大口みたいだ。きっと、のんきに入ってくるバカなえものを待ちかまえているにちがいない。

 ここに来るとちゅう、いろんなうわさを聞いた。

 塔には人を食べる悪魔が百匹すんでいる。

 塔のなかは出口のない迷路(めいろ)になっている。

 塔はどくの霧でみたされていて、人間ではひと息すっただけで死んでしまう。

 でも、そんなのはうそっぱちだ。だって、塔のなかになにが待ちうけているのか知っている人はひとりだっていない。たくさんの人が塔に挑戦(ちょうせん)したけれど、でてきた人はひとりもいないのだから。

 それでもぼくは行く。

 かならず、姉さんを助けてみせる。

 塔にはいる前に、自分の身なりと、もち物を確認することにした。

 姉さんが布をつなぎあわせてつくってくれた服。使い古された二本の短刀(一本が自分のもの。もう一本が父さんのかたみだ)。それに、水とほし肉のはいった動物皮のかばん。

 狩りをするときのなじみある格好。塔にいどむ英雄にはとても見えない。なけなしのお金で、大きな剣や鉄でできたよろいを買おうかまよった。でも、やめておいた。身の丈にあわない装備(そうび)は身をほろぼす、と父さんがむかし言っていたような気がする。


「よし!」


 顔をパシッとたたいて気合いをいれる。意をけして、入口に近づくと、その横にある黒い石版が目にはいった。そこには文字がほられていた。



『第四の塔』

 黒き、高き、その塔に、

 黒の悪魔が住んでいる。

 黒の悪魔はおくびょうで、

 けっして姿をあらわさない。

 けれど、いつもそばにいて、

 決してあなたをはなさない。

 たとえ、あなたに見えずとも、

 いつも、あなたを見ているぞ。

 ああ、強くて、弱い、黒の悪魔。

 ああ、強くて、弱い、黒の悪魔。



 なんだこれ? いつもそばにいる? 強くて弱い?

 意味はよくわからないけれど、この塔には黒の悪魔がすんでいるということだけは理解できた。もしかしたら、悪魔をたおすヒントになるかもしれない。おぼえておこう。


「おいガキ。ここは子供のくる場所じゃないぞ」


 なんども石板を読みかえしていると、うしろから野ぶとい声がかかった。

 黒い霧のなかから、男女の二人組があゆみよってきた。

 男は、浅黒いはだに、たくましいからだつき。三十代くらいだろうか。するどい目つきに、腰にぶらさげた剣もあいまって、威圧的(いあつてき)な雰囲気をかもしだしている。ひと目見ただけで、おもわず逃げだしたくなる人もおおいだろう。

 となりに立つのは、白髪のわかい女だ。ぶこつな甲冑(かっちゅう)を身につけ、ぼくの背丈ほどもある大きな剣をせおっている。戦いなれていそうなよそおいだけれど、やわらかい笑みがその雰囲気をうちけしている。ただ、黄金色の目だけは、山のけもののようにするどい。


「聞いてんのか? 遊びばじゃねぇんだぞ。さっさとママのとこ帰んな」


 男が一歩ふみだし、威圧するように、見おろしながら言った。


「遊びにきたわけじゃない」


 男をにらみつけながら言ってやる。子供だからといって、ちょっとおどかせばいうこと聞くと思ったら大まちがいだ。


「あ? なまいきなやつだな。痛い目みてぇのか?」


 男は、すこし驚いたような顔をしたけれど、すぐにみけんにしわをよせた。


「痛い目見るのはあんたのほうだぞ」


 こういう相手に弱気なところは見せるのは良くない。動物とおなじだ。背中を見せたらおそってくる。絶対に目はそらさないぞ!

 空気が重くなって、だんだんと緊張が高まる。


「ゴルジさん、あいては子供ですよ」


 女のとがめるような声が、あいだにはいった。おだやかな声だ。姉さんの声に少しだけ似ている。悪いことをして、おこられてしまったような気になる。


「ちっ」


 男は舌打ちをして、そっぽをむいた。

 女が前にでて、少しかがんだ。


「おどろかせてしまってごめんなさい。まちがって塔にはいってしまったらいけないと思って、声をかけることにしたんです」


 女は丁寧(ていねい)な言葉でそう言って、ぼくの頭に手をのせた。


「ゴルジさんの言い方はともかく、ここが危険なのは本当です。もう日もくれてしまう。すぐに家に帰ったほうがいいですよ」

「いいや帰らない。ぼくはこの塔にいどむんだ」


 女の手をはらいのけて言うと、ふたりとも目をみひらいた。

 女はすぐにきびしい顔つきになった。


「バカなことを言わないでください。帰りなさい」

「そうだ。さっさと帰れ」

「嫌だ!」


 ぼくはさけぶ。

 ふたりは困ったように顔を見あわせる。

 なにを言われても帰るわけにはいかないんだ。


「ご両親が心配しますよ」

「父さんも、母さんも、もう死んだ。姉さんだって黒死病で死にそうなんだ。だから、あんたたちになにを言われても絶対に帰らない」


 二人にかまわず、入口にむかって歩きだす。


「待って」


 女に腕をつかまれる。いいかげんイライラしてきた。


「もうほっといてくれよ!」


 腕をふりはらおうとしたけれど、びくともしなかった。


「わたしたちも一緒に行きます」

「ん? おい、ふざけんな! 子守りなんてしてられるか!」

「でも、子供をひとりで塔にほうりこむなんてできません」

「おれたちがほうりこんでるんじゃない。こいつが勝手にバカなことしてるだけだ」

「それを見すごしたら、おなじことでしょう」


 ふたりが、がみがみと言い争いをはじめる。

けれど、ぼくがそれに待ったをかける。


「ねえ、あんたたちも塔にいどむの?」


 百年前、塔がはじめてあらわれたとき、各国が軍隊をおくりこんだらしい。それでも、どの塔でも悪魔をたおすことはできなかった。いまや、塔にはいるのは頭のおかしな変人か、自殺したい人だけだという。

 この二人はどちらにも見えない。


「そうですよ。わたしたちは、この塔の黒の悪魔をたおしに行くんです」

「はっ、国の命令で強制的にな!」


 女がほこらしげに言う一方、男はいやそうにつばをはいた。

 少し考えてみよう。

 このふたりは、国の命令で塔に挑戦(ちょうせん)するという。たったふたりで悪魔をたおすよう命令されるとなると、そうとうな実力者なのではないだろうか。強い仲間がいたほうが安全に塔にのぼれることはまちがいない。なにより、ぼくは塔についてくわしくない。ふたりからは塔についていろいろ教えてもらえるかもしれない。

 しばらく考えこんでから、答えをだした。


「わかった。一緒に行こう」

「だめだ」

「わたしはシャーラです。こっちはゴルジさん」

「ぼくはヤク」


 シャーラと握手をかわす。


「おい! だめだぞ!」


 こうして、ぼくたちは三人で塔にいどむことになった。



――――――――――――――――


いつか小説家になれることを信じて毎日執筆をしています。

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『鬼狩りトウヤ』

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