第16話 透明になったら誰にも気づかれない
宿に戻って最近解析したスキルを俺とシロにインストールしておいた。
特に今回は調査が目的だから、《透明化》は完全に体が消せるよう強化しておく。
まずは第三王女クリスティーネの様子を観察するところから始めよう。
翌日、早速王城に向かう。宿からはそれほど遠くない。
少し歩くと、前方から身なりの整った貴族らしき男たちが近づいてきた。
「お……おい、お前!」
一人の男が話しかけてくる。知らない人だな。それにしても、なんだか怯えているような?
「グルルルッ!」
『ヒィィ!?』
シロの威嚇に男たちは素早く後ずさる。
「お、お前と話したいことがある! その化け物を大人しくさせろぉ!」
「は……?」
なんだよこいつら。勝手に話しかけておいて、シロを化け物呼ばわりとは失礼な。
正直貴族なんてどうでもいいが、王女様と付き合いがある手前、あまり邪険にするのも良くないか。王女様に変な噂が立てられても困るしな。
「シロ、威嚇しないように」
「ニャ」
「で、用件はなんです?」
シロの様子を伺いながら、男たちは恐る恐る近づき口を開いた。
「我らは宰相ゲオルク様の使いである! ゲオルク様からお前に慈悲深い提案がある!」
……へえ、貴族を小間使いのように使うなんて、ゲオルクはそれ以上の貴族ってわけか。そういえば、執事なセバスさんに、ゲオルクには気をつけろと言われていたな。
「提案とは?」
「ちっ、態度がでかいやつだ。しかし、今はその無礼を許してやろう。ゲオルグ様は、お前がすぐに城へ戻ってくるならば、お前が吐いた嘘を不問にすると仰せである。それを断るならば、反逆罪で逮捕することになる」
「……え? 嘘ってなんです?」
「お前が『ぱそこん』なる道具を持っていないと嘘を吐いた件だ」
おっと、そういえばそんなことを言ったな。なかなか痛いところをついてくる。
俺を城に連れ戻したいなんて、ゲオルクの目的はなんだ? まさか、俺のスキルを利用しようとしているのか?
まあ勇者召喚をするぐらいだから、当然といえば当然か。だが王様からの指示でない以上、これはゲオルクの独断専行とみた。素直に応じるつもりはない。
「一体何を根拠にそのようなことを言っているのですか? 私には嘘を吐いた覚えはありませんが」
「なんだとぉ!? じゃあ、そのバッグの中身を見せてみろ!」
バッグの中には当然俺の愛用パソコンが入っているから、見せるわけがない。
こいつらは妙にシロにびびっている。正体に気づいているんだろう。なら、それを利用しない手はない。
「うーん、それは少々難しいですね。このバッグには、シロお気に入りの食事が詰まっています。そのバッグを開けようものなら、こいつが何をするか分かりませんよ?」
「なぁっ!? お、お前の従魔だろう!? なんとかしないか!」
「シロはベヒーモスですよ? なんとかできると思います?」
「ガルルルッ!」
『ヒィヤアアア!?』
シロの威嚇に怯えて、さっきの倍のスピードで距離を取る男たち。リアクションがもはやちょっと面白い。
「ふざけおってぇ! ゲオルク様に逆らう気か!? こんなことをして、どうなるか分かっているんだろうな!?」
「さぁ? 私は異世界から来たので、こちらの常識に疎いのです。一体どうなるのです?」
「フン! 死罪に決まっているだろう!」
「それは怖い。でも、あなた方にそんなことができますかねぇ?」
『ぐぐぐぐぐぅ……!!』
俺がシロの方を見ながら言うと、男たちは相当悔しいのか、凄い声を出している。口から血でも吐き出すんじゃないだろうか。
「お前は絶対に許さん! すぐに兵士を呼んで連行してやるからな! 覚えていろ!」
そんな捨て台詞を残すと、男たちは駆け足で去っていった。
国王様が俺の存在を認めているのだから、城の兵士を勝手に動員して連行させるなんて、できるわけがないだろ。
さて、おかしな連中もいなくなったことだし、城の中に乗り込むか。
「行くぞ、シロ!」
「ニャウ!」
俺たちは《透明化》と《忍び足》で姿を隠すと、堂々と門を通り抜け、城内に侵入した。
「警備ザルだな……」
「ニャウゥ……」
すごい簡単に侵入できたし、中を歩いていても誰にも気づかれないしで、この城大丈夫かと心配になるレベルだ。
まあ、普通 《透明化》は多少姿が見えるものだし、《忍び足》だって全ての音を遮断できるわけじゃないから、気づく人は気づく程度のスキルだ。
でも俺のやつは全部強化済みだから、そういう人でも分からないのかも知れない。事実、屈強そうな見回りの兵士にも出くわしたが、全く気づかれなかった。
さて、第三王女のクリスティーネを探すか。
考えてみたら全く手がかりがない。転移のときにチラッと見た気がするから、誰が王女様かぐらいは分か気がするが……。
広い廊下をウロウロしていると、前方から声が聞こえてくる。
「あっ、クリスお姉様! ごきげんよう」
この声は、フリーデリーケ様だ。クリスお姉様ってクリスティーネのことだよな。
急いで近づいてみる。
フリーデリーケ様の正面には、金髪ストレートに美しいドレスで着飾った、色白の美人が立っていた。どことなくフリーデリーケと似ているから、この人がクリスティーネだろう。
その周りには、城を巡回している兵よりも、少し豪華な鎧を身に着けた男たちが数名いる。クリスティーネの私兵だろうか。
「あら、フリーデじゃない。……随分元気そうね。何の怪我もしていないなんて驚いたわ」
「えっ?」
「私があれだけ警告したのに、聖女の真似事をやめようとしない図太い女。丈夫なのは心だけかと思ったら、体も同じなようねぇ」
『くくくっ』
クリスティーネの嫌味に、兵たちが嘲笑する。
おいおい、実の妹に凄いことを言うな……。命を狙っていることまで示唆するような話しぶりだ。
「あああ、ありがとうございます!」
お礼言っちゃったよ。王女様は相変わらずだな。
「褒めていないわよっ!」
「……! も、申し訳ありません……」
クリスティーネはフリーデリーケ様を鬼の形相で睨みつける。それに対して、フリーデリーケ様は平謝りだ。
フワッ
ん、今一瞬、クリスティーネの体から黒いもやが見えたような?
「ふん、せいぜい良い気になっていなさい! すぐに自分の行いを後悔させてあげるわ!」
「……すみません」
激怒して去っていく姉と男たち。妹のフリーデリーケ様は理由も分からず、怒られてしょんぼりしている。
慰めたいところだが、彼女はセバスさんに任せて、俺は姉の後をつけることにした。
しばらく歩くと、クリスティーネと兵たちはある部屋に入った。俺とシロもバレないよう、一緒に部屋へ潜り込む。
品の良いソファにドカッと腰を下ろすクリスティーネ。ここは彼女の部屋のようだ。
「あの小娘、どこまで鈍感なのかしら!?」
クリスティーネは怒りをあらわにして叫ぶ。
「……ま、まさか、フリーデリーケ様はクリスティーネ様の嫌味に気づいていないのですか?」
「そうよ! 昔からそのぐらい純粋で……いや鈍感で、大らかな……いや無神経な娘なのよ!」
「そ、そうですか……」
なんか褒めてるのか貶してるのか良く分からんな。
「今日という今日は許さないわ! あなたたち、全力でフリーデを始末なさい!」
「ク、クリスティーネ様、本気ですか!? あなた様の妹君ですよ!?」
「……私の言うことが聞けないのかしら?」
「……い、いえ。我らはクリスティーネ様の忠実な兵。仰せのままに」
兵たちは覚悟を決めたらしい。悲壮な顔つきで部屋を出ていこうとする。やばい!
「シロ、フリーデリーケ様を守ってくれるか?」
「ニャウ!」
心強いやつだ。
シロは兵たちの後ろにピッタリついて、部屋から出て行った。
よし、これで王女様は100%大丈夫だろう。それより姉の方が問題だ。
クリスティーネがフリーデリーケ様の命を狙う犯人なのは分かった。
しかし、何かきな臭いな。
クリスティーネはふと立ち上がると腕を組み、独り言を言い始めた。
「フリーデがいなければ、私がもっとお父様に褒められたのに! フリーデがいなければ、もっと勇者様にモテていたのにぃ!」
……えっ? 何の話?
「絶対に、絶対に許さない!」
またしてもクリスティーネが怒りで鬼の形相になる。
すると、先程よりもはっきりと、彼女の体から黒いもやが湧き上がった。
このもや、前にどこかで……。そうだ、たしか《憎魔の球晶》とかいう呪いのアイテムから出ていたやつにそっくりだ。
ピコンッ!
〔レアスキル《思考操作》の 《呪いの種》。他者に植え付けると、恨みや妬みを栄養に育ち、やがては瘴気を放つ花を咲かせる。花が完全に咲くと、宿主を支配できる〕
おっと、このもやはスキルだったのか。王族のスキルにしてはやたらと邪悪な感じだな。フリーデリーケ様の《慈愛》とは大違いだぞ。
スキルの説明をよく見ると、『他者に〜』と書いてある。つまりこれは、自分じゃなくて誰か別の人に使うタイプのスキルってことだ。
……ま、まさか、クリスティーネがこのスキルを使用しているのではなく、逆にスキルを使用されているのか?
そう考えると、元々は優しかったクリスティーネが、スキルのせいで別人のようになってしまったのも頷ける。
スキルの説明には『花が完全に咲くと、宿主を支配できる』とある。
……や、やばい! もう瘴気はどんどん出ていて、クリスティーネの頭上にうっすら花のつぼみが見える。
あれが開く前になんとかしなくては……!
おっさんプログラマーの異世界業務日誌 深海生 @fukamisei
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