サンタクロース

 それからほどなくして、またお引越し。

 今なら一つのところに長くとどまっていられない事情も分からないではないけど、当時、ううん、子どもにそんな大人の事情なんて理解も納得も出来るわけない。


 泣きじゃくった。

 どうして?

 なんで?

 って、お母さんを困らせた。


「またいつでも遊びに来ていいからね」


 おねえさんは私を最後に抱きしめてくれて、もらい泣きしながら頭を何度も何度も撫でてくれた。


 おとなりさんにはお世話になったからと、最後にそうしてご挨拶出来たけど、せっかく出来たお友だちとはお別れの言葉も交わせずじまいだった。


 バイバイ


 いつまでも、いつまでも、車から、姿が見えなくなっても、私はおねえさんに手を振っていたっけ。


 なんで今まで忘れていたのかなあ。


 きっと心にふたをしていたような気がする。

 新しい環境になればそこに馴染なじもうと必死で。

 くまさんと一緒にがんばっていたような気がする。

 子どもはきっとそんなものなんだと思う。

 小さな心に詰め込めるものは少なくて。

 辛いことや悲しいことは忘れてしまおうと必死になるんだと思う。

 あの頃のこと、おねえさんもだけど、幸せなこともあったはずなんだけどなあ。


(くまさん、私にそれを思い出せってことなの?)


 くまさんと向き合ってみても、くまさんは笑うだけで何も応えてくれない。


 あれからもいろいろあった。

 体も心も大きくなったら、お母さんと何度もケンカした。

 くまさんとはいつの間にかお話ししなくなって、いつの間にかお別れしていた。

 きっとそういう時期だったんだと思う。


 くまさん、ありがとう。


 私を支えてくれて。

 私の大事なお友だちでいてくれて。

 小さくて、もろくて、何の力もないころを共に過ごしてくれたこと、ありがとう。


 そうそう、あのね、私、くまさんとお別れてしてから強くなったよ。

 何事も経験だよね。


 お母さんとも最近は仲がいいと思う。

 それぞれの人生って、あるよね。

 別々に暮らすようになって良かったのかもしれない。

 お互いにとっていい距離を取れるようになったと思う。

 ……最近になってからだけど。


 恋をして、お母さんの気持ちも知って。

 でも、ひどい振られた方、っていうか、高校生で三股って、ひどくない?

 修羅場だったけど、あいつ、そのうち誰かに刺されるんじゃない?

 私はもうきれいさっぱりいい思い出になりました!

 そういうのもね、お母さんの気持ちをちょっとわかったところかな。

 恋は盲目。

 冷めてみれば、えくぼもあばた。


 高校出てすぐ就職。

 でも、すぐに倒産。

 ていうか、夜逃げ! 給料未払い!!

 社会人になってすぐの私に、それも18そこらで何にも出来るわけない。

 あたふたして泣いてしまってもいたけど、

「人生、いろいろあるもんだ」

 いっぱい助けてもらった、当時の上司とか、先輩とかに。

 たくましかったなあ、みんな。

 スパッと割り切れば、自分たちで会社を立ち上げたりして。

 私もそれを手伝っていたけど、君はまだ若いから安定したところのほうがいいって、取引先に引き取ってもらった。それが今の会社で……。


 もちろん、いいことばかりじゃないですけどね!

 残業も多いし!

 いい加減、キャパオーバーを考えろってぇの、営業も!


 でも、楽しく過ごせていますよ、みんないい人だし。

 同僚はね。

 会社の愚痴いいつつ、せっせと今日もおしごとでした。


 そうそう、聞いて聞いて、私ね……。


「しくしく、しくしく……」


 ビックリした!


 心臓が飛び出るかと思った!!


 部屋の隅、いつの間にか女の子がいる!


 え!? ちょっと待って……。


 あれ、私?!


 小さい、私……。

 膝を抱えて暗い部屋で独りいたころの……、私?


「おねえさん、だれ?」


 小さい私が、私に気付いて顔を上げた。


 本当に……、私?

 この家に迷い込んでから、もう戸惑うばかり。

 いったい、何が起こって、なにをやらせたいの?

 誰が?


 ううん、違う。


 答えを探すことじゃない。

 ここでやるべきことはただ一つだ。


 私はそっとしゃがむ。


「私はねえ……。うーん……」


 そうだ!


「サンタクロース……、よ?」


「サンタ、さん?」


「はい、これがプレゼント」


「くまさん! うわあ、かわいい! いいの? もらっていいの!?」


「もちろん。いい子でお留守番している子にサンタさんからプレゼントは当然だから」


「ありがとう、サンタさん!」


 小さい私が、宝物を手に入れたように、くまさんをぎゅっと抱き締める。

 胸がぽかぽかあったかい。

 かっと顔が熱くなる。

 あのおねえさんもこんな気持ちだったのかな。

 気恥ずかしいような、誇らしいような。


 きっとそのくまさんはあなたの大事なお友だちになるからね。

 もう一人じゃなくなるよ。


 涙を止められてよかった。

 真冬にひまわりのような笑顔を見られた。

 それでいい。




「どうしたの?」


 え?


 不意に肩を叩かれた。


 振りむけばそこは、いつもの繁華街。

 きらめくクリスマスイルミネーション。

 夜の街は賑やかで、夜の海のような寂しい気配なんて欠片もない。

 誰も彼もが楽しそうに見える。


 あふれんばかりの雑踏のなか、きょとんと私を見つめている人がいる。

 待ち合わせもしていないのに。

 私をよく見つけられたものだ。

 そういうところが、ね。


「どうかした? さっきから」


「ううん、なんでもない!」


 あの子は本当に私だったの?

 違うかもしれないし、そうかもしれない。

 何にしても不思議な出来事だった。

 確かなことは、くまさんはまた私から旅立ったこと。


 私からあの子へ。


 そう、私がサンタクロース。


 私のサンタさんは……。


 私はあなたの腕に絡みついた。

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マヨヒガの贈り物 ~ぬいぐるみのくまさん~ @t-Arigatou

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