コント小説 『競馬』

505号室

『競馬』

競馬場内にファンファーレが鳴り響く。


俺は相棒の競走馬"スターライナー"の強靭かつしなやかな筋肉で盛り上がった首を撫でる。


ついにここまで来た。

愛する彼女のためにも負けるわけにはいかない。




俺の名前は"木場 悠司"。

ジョッキーつまり騎手であり、

競走馬とともに命を燃やして駆け抜けることを生業としている。


そして今日は初レースである。

応援に来てくれている愛する彼女"夢子"のためにも負けられない。


俺は出走前の夢子との会話を思い出していた。



時は遡ること、出走前の準備時間。


『夢子、今日は応援に来てくれてありがとう。』


夢子はまるで可憐という言葉が服を着て歩いているかのような可愛らしい子だった。

今日も白いワンピースに身を包み、

わざわざ時間を作って応援にきてくれた。


『そんな悠司くんの初レースだもん!頑張ってね。』


そんな激励の言葉とともに、夢子は優しく微笑んでくれた。

だが見やると、夢子は既に両手を祈るように組んでおり、その手は少し震えていた。


彼女を不安にさせてはならない、と

俺は彼女の両手を包むように掴み



『俺、絶対に負けないから。

何が何でもこの初レース、モノにしてみせる。』

と脳内にいた弱気な自分をも鼓舞するように言った。


夢子も俺の勝ちを確信してくれたかのように、

強く頷いた。





そんなことを思い出しながら、俺はファンファーレを聞いていた。


夢子の顔が浮かぶ。

このレースの勝利を俺は夢子に捧ぐ…

そう考えていると、


ガコン!!!


大きな音ともに目の前のゲートが開く。


ドドドドドドドド!!!!!


他の競争馬の足音とともに現実に引き戻される。

急いで相棒のスターライナーを見やるがタイミングを逃してしまい、まごついている。


バタつきながらもなんとかスタートし、先頭集団へ追い縋る。


なんてことだ。

俺のせいで。


すまない、夢子、すまないスターライナー…


遠ざかる先頭集団の背中を見ながら、そんな贖罪を胸に走り続けた。


……だがその努力も虚しく、


『……なんと!まさかまさかであります!!最低人気、11番人気であったはずの大穴!!シルバーウォーカーが1番に駆け抜けたぁあああ!!!』


場内にこだまする実況と大番狂せに沸く観客たちの大番狂せに沸く観衆の歓声を聞きながら、俺はコースを後にした。


ーーーーーーーー



ジュゥゥウウ……


他のテーブルから聞こえてくる焼けるカルビの音を聞きながら、

レースを終えた悠司と夢子は高級焼肉店にて向かい合っていた。


レースの結果に落ち込んでいるのか、うなだれている悠司。

それを心配そうに見つめる夢子。


『か、かっこよかったよ!

そりゃ結果は悠司くんの望むものじゃなかったかもしれないけど、それでも諦めずに走る悠司くん、とても素敵だった!

今日は私の奢りだからさ!美味しいお肉でも食べて元気だそ!』


夢子はメニューをめくりながら店員を呼ぶ。

高級店の高いホスピタリティが窺える速度で店員が即座にテーブルへ駆けつける。


『お呼びでしょうか』

『えーっと特選コースを2人前とシャンパンを、

あとこの1番高い和牛のトリュフかけフォアグラロールキャビア添えも2つ。』


『かしこまりました、失礼いたします。』

スッとテーブルからホールへと戻っていく店員。



なおも黙ってうなだれたままの悠司。

心配そうに夢子は声をかける。

『あっ、あ、焼肉の気分じゃなかった…?

でもここ美味しいお寿司もいっぱいあって

……』


『いや…』

悠司は重い口を開いた。


『ん?』

夢子は心配そうに悠司の次の言葉を待った。


『あのさ…』


『うん』


『もしかしてレース当てた??』


『………え?』


『だって、こんな六本木の1番高級なところをさ…』


『だ、だって大好きな彼氏のデビュー戦のお祝いだもん、そりゃ奮発するよ!』


『にしたって……

和牛のトリュフかけフォアグラロール キャビア添えってなんだよ…

聞いたことないよ…』



『でも…私ーー』



『勝ったんでしょ?』



『…………うん』


『そっか……

…………なんていうか、その、俺のことは全然応援してなかった?』


『なんでそうなるの??』


『だって勝ったって事はビリになった俺の馬券買ってないってことじゃん!!!!』



『………いやその…』


『彼氏の初レースだよ!

どういう気持ちの祈りだったのアレ!

はしゃいで勝ったりするなよとか思ってたの!!!??』


『でも……』


『でもなに!?』


『勝ち切るだけの力をあなた達から感じなかった。』




『……………え?』


『確かに今日あなたと走った"スターライナー"

その名の通り煌めく流星のごとき速さと、

まるで彗星の尾のように長い距離を走り切るスタミナを持つ馬よ。

ただし、弱点も見逃せない。

繊細な性格で調子を崩しやすく、スタート時に出遅れると取り返すことが難しいわ。』


『め、めちゃくちゃ馬見れるじゃん…。

競馬コラムみたいな文体だし…』


『しかし…』


『まだ喋んの!?』


『しかしそんなスターライナーと今回バディを組むのは新人ながらも大抜擢されたあなた、"木場悠司"。

あなたは経験が浅いながらも洗練された冷静な騎乗スタイルが評価され、下馬評でもスターライナーと合わせて競馬界の期待の新星と呼ばれ、今回のレースも初レースとは思えない堂々の2番人気だったわ』


『そっ、そうだよ!俺2番人気だよ!

そんな俺がビリで、11番人気が1位かっさらって今回荒れに荒れたレースだったのに…なんで当てれたの…』



『確かに今回のレースの最低人気でもある11番人気"シルバーウォーカー"、彼は思ったように戦績は振るわず負け続きではあるけど、今回得意なダートであることと2歳馬の頃から幾度となくタッグを組んできたベテラン騎手である尾張騎手との参戦、今回の気候や湿度も加味すれば…』


『すっ、ストップ!!

もうわかったから…さっきから息継ぎしないでしゃべてるから怖いよ…

……んで結局11番人気にいくら賭けたの?』


『単勝で60万全ツッパ』



『えっ』


『単勝で60万全ツッパ』




『ええっ……めちゃくちゃ勝負師じゃん……

60万ぶち込んだの……?


月 手取り16万なのに…?


……え?ちょっと待ってじゃあ…?』


『うん。オッズ359.4倍で2億1564万。』


『…2億?? 2億って……プリウス72台分じゃん……』


『これでもあなたの馬券買った方が良かった? 』


『いや…あのすいませんでした…』


すると会話の終わりを察したかのように店員が注文の料理を持ってきた。


『こちら和牛のトリュフかけフォアグラロールキャビア添えになります』


各素材の調和も考えず、

まるで税金対策かのように積み上げられた高級食材を前に悠司は唖然とした。


『うわぁ…なにこれ…すっご……』


そんな悠司を尻目に、

夢子が姿勢を正して座り直し、シャンパングラスを掲げ、悠司へ微笑む。


その微笑みが自分に向けられていることに気づいた悠司は、先程まで取り乱してしまっていたことに少しバツが悪そうにしながらもシャンパングラスを掲げた。


『初レースおつかれさま、乾杯。』


チン、と祝福のファンファーレが鳴り響いた。

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コント小説 『競馬』 505号室 @hryk1224

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