終章

第??話 全ては、“主”のために

 「こうして。優司は、定期的に舞衣の慰霊の神楽を受けることで絶望を鎮静化。因縁だった神楽家の娘を嫁に、息子を従者に迎え、神守と神楽を統一した。以降、主に、戦闘に特化した神守家が異界のモノを取り扱うプロとして活躍する。一方で、神楽家は比較的安全な場所からそのサポートをするという、本来神が想定していた、両家のあるべき姿に戻したんだ。それもこれも優司の人望があってこそのこと。優司がいなければ、今頃、未だに神々と人間、神守と神楽、希望と絶望が争い続ける世界だったさ。優司が、永久に続くと思われた負の連鎖を断ち切ったんだ。優司はねぇ……」


延々と喋り続ける悠麒の頭を、ぽんっと資料で軽く叩く優司。その姿は、五年の年月を経て、ほんの少しだけ大人びた印象を受ける。


「やめてください。そんな大層な人間じゃないですって。恥ずかしい」


それを見て笑う霧玄。その傍には、随分と成長した子どもたち・武人と優花の姿があった。


「いやいや、優司は伝説の男だよ。語り継いでいくべきだ。君たちもそう思わないかい?」


悠麒が問えば、彼らは互いに目を見合わせて


「確かに話を聞くと凄いとは思うけど、あまり実感湧かないよな」

「壮大な戦いがあった割に、ニュースどころか噂にもならなかったし。本当に、そんなことがあったのかなって感じ」


正直な感想を述べた。それに対し霧玄はお茶を飲みながら言う。


「結界を張っていたしな。素人と違って噂一つ残さず対処するのが神守の売りだ。まぁ、お前たちにはもう関係のない話だな。聞き流せ」


関係のない、と言われたのが不服だったのか、彼らは頬を膨らませると


「お父さんのせいじゃん。関係なくなったの。僕は優司くんと戦うつもりだったのに」

「わ、私だって、朱雀ちゃんみたいに戦う覚悟できていたよ!」

「だいたいさぁ……」

「そもそもぉ……」


ぶつぶつと文句を霧玄にぶつけた。


「やめなさい、二人とも。戦いなんて良いものじゃありませんからね? 二人を守ってくれている、優しくて強いお父さんに感謝しなさい」


霧玄を擁護する優司だったが


「でも、守られてばかりじゃ嫌よねぇ?」


その背後から舞衣が顔を出せば、武人も優花も水を得た魚のように「そーだ、そーだ!」と、霧玄を責め立てる。


「だから、神楽にスカウトしようかなって」


舞衣の一言に、二人の顔がパッと明るくなる。


「戦える!?」

「力になれる……?」

「えぇ、もちろん」


喜ぶ二人とは対照的に、霧玄は嫌そうな、悠麒は憐れむような、そして優司は呆れたような顔をしていた。


「俺の苦労とは……」

「可哀想な玄武。なんのために人間を辞めたんだろう」

「これでスカウト何人目ですか……」


沈む彼ら三人に、舞衣は太陽のような笑顔で


「優司くんの死亡率をゼロに近くするの。まだまだ増やすわよ、神楽家の勢力!」


武人と優花を両脇に抱えて言う。どことなく、二人は嬉しそうである。


「それにしても、現役がいる状態で、引退したメンバーまで連れ戻すなんて前代未聞ですよ。大鳳家なんて一家勢揃いじゃないですか」


あれから五年。朱雀は幸希を婿に迎えた。舞衣から神守一門のサポーターとしてのスカウトを受けた先代・朱音は「やるわ」と即答。幸希も後方支援の神守一門であるため、実質、彼女の父を除く大鳳家一同が、関係者として活躍中である。


「あまり危険に晒したくないんですよ。虎之介さんとか、神守が人生を縛ってしまって申し訳ないです……」


当然、スカウトされれば古白の祖父も「喜んで引き受けよう」と言う。鍛え抜かれた彼は加護なしでも強く、教育係として活躍し、万が一が起きた際には古白と共に戦場にも立っている。ちなみに、今年で八十になるとのこと。


「あら、また人の心配? ダメよ、優司くん。甘えることを知りなさいと、朱音さんと虎之介さんに言われたでしょう?」


あれから事態が完全に収束し、事情説明をした際、彼ら二人にこっぴどく怒られたのは事実である。「なぜ壊れる前に相談しなかった」と。


「それに、もうすぐあなたも父になるのよ」

「……えっ?」

「死亡率はゼロに近くなるまで下げないと」


唐突なカミングアウトに言葉を失う優司。舞衣は小悪魔の如く笑うと、ウインクを一つ残し、その場を足早に去っていった。


「おぉ〜。おめでとう、優司」

「いつの間に? いや、おめでとう。そうか、ついにお前にも子どもが……」

「おめでた?」

「おめでたなの?」


未だに状況が理解できず、「え? ありがとう、ございます?」と疑問系で返す優司。祝福と、困惑という、謎の空気に包まれていた。


 が、しかし。


 そんな幸せな時間も束の間。混乱状態の優司に式神が飛んでくる。霊力から察するに古白のものらしい。


『救援頼む。場所は……』


ペシペシッと優司の顔を叩き、式神は「ついて来い」と言わんばかりに浮遊する。


「……行きましょうか」

「ご指名は? 僕で良いのかな?」

「いや、俺だよな?」

「は? 僕だよ。下がっていろ、玄武」

「協調性ない奴がほざくな。お前こそ下がれ、麒麟」

「いい大人が喧嘩しないでください。二人とも来れば良いじゃないですか」


舞衣の働きかけもあり、人手不足が解消されたおかげで、惜しみなく従者を現場へと派遣することができるようになった。ここで霧玄と悠麒を連れて行っても、舞衣・秀治を中心に多くの関係者が、何かあれば対応してくれるだろう。

 優司・従者共に、戦闘・事務共に、以前より負担が激減されているのである。

 霧玄と悠麒は顔を見合わせるとサッと優司の隣に立ち、そのまま優司を古白の元へ自分たちごと転送した。


 この一連の出来事を見ていた武人と優花は、真顔で呟く。


「優司くんのことになると本当にキモいよな、お父さんたち」

「優司くんの前だとかなり知能が下がっている気がするよね、あの二人」



 愛する子どもたちに陰口を言われているとは露知らず、到着後、霧玄と悠麒は戦闘中の古白と朱雀に声をかけた。


「状況は?」

「相手が分裂するタイプで物理攻撃が無効! 白虎の馬鹿が無駄に敵を増やしたせいで最悪の状況よ!」

「今は五体だ! 本物すらわからん! かなり上位の神だった! めっちゃピンチ!!」

「え、うるさっ。語彙力どうした、白虎」

「うるせぇ早く助けろ麒麟! お前の得意分野だろうが!!」

「ごめん玄武! 主がいるなら結界張り直しておいて! 結構ギリギリ!」

「はぁ、やれやれだな……」


余裕の表情で武器を取り出す悠麒と、やや緊迫した空気を放ちながら小さく結界を張る霧玄。


「主、今回の方針は?」


悠麒はニヤニヤと笑いながら優司に問う。


「そう、ですね……」


優司は少し考えた後、そっと口を開いた。敵を憐れむような、しかし冷たい目つきで見据え、微笑を浮かべ、従者に指示を出す。


「純神守一門が四人も揃っているのです。負けることは、まずないでしょう? ……違反者には相応の罰を」


それを耳にした四人はそれぞれ口角を上げる。


 優司の意向は冥界の番人の意向と同じ。あの寛大な優司が、この神に『有罪』という判断を下した。


 __もう、遠慮は要らない。


 彼らは鎖を解かれた獣の如く一斉に動き出すと、あっという間に敵と形勢逆転。あと少しというところで、息を合わせるための掛け声に、この言葉を口にした。


「全ては、“主”のために!」



 もはや、彼らに敵はない。

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慰霊の神楽 葉月 陸公 @hazuki_riku

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