第82話 慰霊の神楽

 あれから一週間後。


 そろそろ秋祭りで神楽家は忙しくなるだろうというタイミングで、舞衣さんから呼び出しがあった。初めて冥界へ行っても一週間で回復ができたあたり、やはり彼女は凄いと思う。僕はその倍くらいかかったから。

 何故、この忙しい時期なのか。先送りにして良いという話をしたが、彼女曰く「どのみち、秋祭りで神楽は舞うから。その練習を兼ねて、本番をしようかと」とのこと。失敗したら? ということは考えないようにしているらしい。万が一の可能性を提示したら怒られた。不吉なことは言わないで、と。


 というわけで、神楽家にやってきたのだが。


「えっと、このメンバーは?」


悠麒さんがいるのはわかる。心配だと、ついてきたから。しかし、見れば勢揃いではないか。礼治さん、その妻の結衣ゆいさん、秀治くん。ここまでも神楽家一同だからわかる。問題は他だ。大鳳さんと朱音さん、古白さんと虎之介さん、霧玄さんと優美さん、そして、幸希くん、悠斗くん、奏真くん、暁人くん。いや、多いって。


念には念を逃がさないように、ね」


笑顔が怖い。恐ろしいサブテキストが見えた気がする。関係者が来るのはわかる。それこそ、万が一があった際を考えれば妥当だろう。だが何故、優美さんと悠斗くんたちが?


「念には念をとかあるんだ?」

「さぁ? 神事だからじゃない?」

「まぁ、レアな練習風景を見せてもらえるだけありがたい、ってことで良いんじゃね? 特に考えずに」


あ、これ悠斗くんたちは何もわからずに連れて来られた感じか。


「優司くん、無事を祈っているわね」


一方、優美さんはわかった上で来ている様子。霧玄さんから聞いたのかな。霊力のない人間に霊体の自分の姿を認識させるのは大変だと聞くが……家族のために頑張っているんだな、霧玄さん。


「優司くん。初めての試みだから、何があるかわからないけど……大丈夫、必ず守るからね」


礼治さんは優しい声色でそう言い、僕を祭壇の上に案内する。


 「始めようか」


 ゆっくりと、舞衣さんがお辞儀をする。遂に始まるのだ。慰霊の神楽が。



 トンッ、タッ、トトンッ。軽い足取りで美しい舞を披露する彼女。一つ一つの動きが丁寧で、相変わらず、魅入ってしまう。

 重そうな衣装を纏いながら、それをものともしない舞衣さん。時折、風に靡く髪が艶やかな輝きを放つ。微かに開かれる唇と、儚げなその表情。ゆっくりと、視線が、こちらに__


 あ。


 ぶわっと、何か大きな力に圧倒されたような気がした。風はさほど強く吹いていないのに、強風に襲われたような感覚。一瞬だった。一瞬だったが、その途端、ストンと、背負っていた重荷が取り除かれた気分になった。

 輝きを秘めた黄色の瞳が、こちらを見つめている。チカチカと目の前が光って見える。目が眩む。けど、この目を離せない。


「どう? 何か、変わった?」


彼女から声をかけられるまで、終了に気がつかなかった。


 ゆっくりと目を瞑り、暗闇に目を向ける。

 悠麒さんに手を引かれて救われたあの感覚、霧玄さんが聞かせてくれた優しい声、波青さんに連れられ見てきた世界、古白さんの兄によく似た匂い、大鳳さんがくれた心温まる料理の味。友人と過ごしてきた学校生活。舞衣さんに恋焦がれた日々。得たもの、失ったもの、数えきれないほどある。

 中にはつらいこともあった。家族を殺した。大怪我をした。大怪我をさせた。神々や悪霊に翻弄された。そしてまた大切な人を、波青さんを殺した。

 それでも。こんな醜い自分を、汚い過去を、理不尽な世界を、今では愛おしく思う。この命には、希望と絶望が詰まっている。与えられたものは数知れず、それらを手放すのは惜しい。


 もう一度、目を開けば、ほら。見えてくる。今まで僕が拒絶したが故に見えなかった本当の世界。絶望だけじゃない、一人じゃない世界。


 未だ余韻の残る心と体を動かして、そっと口を開く。嘘偽りのない感想が、自然と溢れる。


「すごく、綺麗です。この目に映る、全てが」

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