第5話 サンタクロース・トラブル02


 何度も瞬きをし、目を細めて凝視するが、よく見えない。

 もちろんオレ自身の近視と乱視のせいなのだが、ちょうどその辺りは、街灯の明りが届いていない位置でもあるのだ。


 ……あの、ぼんやりとした白い塊は何だ? 

 アスファルトに白いペンキが撒かれているのかとも思ったが、そうではないようだ。

 立体的なものが、そこに浮いているように見える。

 ひと抱えほどの白いものが、暗い道路に浮いているのだ。

 ……何だろう?

 オレは、白いものに向かって一歩近寄った。

 間違いない。何かがある。でも、はっきりと見えない。

 ただ、思ったより低い位置に浮いていることが分かった。

 もう一歩近寄りながら、少し腰を屈める。

 ……まだ、よく見えない。

 もう半歩近寄って、もう少し腰を屈める。

 ……分からない。

 さらにもう半歩、慎重に近寄る。

 腰を屈める。もはや、深く腰を降ろした姿勢になり、その何かとオレの視線の高さは同じになっていた。

 もう少し、もう少しだけ近づけば……。

 目を細め、その位置と姿勢から首を前に伸ばした瞬間……。


 うわんッ!


 激しく吼えられた。

 犬である。

 浮いていると見えた白いものは、白い中型犬だったのだ。

 オレの視力では、犬の足が認識できなかったため、白い何かが浮いているように見えていたのである。

 「わわわ!」と、慌てて後ろに下った瞬間、「すみませーーん!」と女性の声がした。

 そして、小走りに去っていく足音が耳に届いた。

 白いもやもやとした塊に見える犬も、足音が消える方向に遠ざかっていく。

 女性もいた……。

 黒っぽい服を着ていたのだろう。オレにはまったく見えていなかった。


 一瞬、何が何だか分からなかったが、くっきりと見える世界では、おそらくこういうことが起こっていたようであった。


 クリスマスイブの夜。

 白い中型犬の散歩をしていたご近所の女性は、ある家から出て来たサンタクロースを偶然目撃した。

 玄関まで出てきた幼い子供と母親らしき女性が、門扉を開けて外に出たサンタに手を振っている。

 父親がサンタに扮しているのだろうか……。

 なんとも微笑ましい光景……。

 立ち止り、そう思いながら眺めていると、母子が家の中に入り玄関ドアが閉じられた。

 そして、門扉の外に出ていたサンタが振り返った。

 振り返って、こちらを向く。

 もしかしたら女性は、軽く会釈をしたかも知れない。

 しかし、サンタは会釈を返すことなく、無言で一歩近寄ってきた。

 ……何かおかしい。

 女性は緊張する。

 サンタの顔をよく見ると、赤い三角帽と白い付け髭の間までもが白い。

 このサンタは、顔全体を白い包帯で巻いているのだ。

 ……異様だ。

 ……本当にサンタクロースなのだろうか。

 不気味なサンタは、さらに一歩、こちらに近寄ってきた。しかも、少し腰を屈める。

 さらに半歩。もう半歩。

 近寄りながら、どんどんと腰を屈める。

 どうやらサンタは、連れている飼い犬のゴン太(仮名)に興味を持っているようだった。

 ついには、ゴン太と視線の高さが同じになるほどにしゃがみ込み、手を伸ばせば届く距離にまで接近している。

 普段は大人しいゴン太も、さすがに牙を剥き、小さく唸り始めた。

 もはや、ホラー映画のワンシーンである。


 うわんッ!


 勇敢なゴン太が吼え、驚いてのけぞるホラー・サンタ。

 「すみませーーん!」の言葉を残して、女性はその場から逃走した。


 たぶん、これが真相に近いと思う……。


 後日、妻に頼み、その女性に対して、イブの夜にサンタに扮していたのは夫です。驚かせて申し訳ありませんでしたと伝えてもらいたかったのだが、そもそも滲んだ世界にいたオレには、ゴン太を連れていた女性が誰なのか、さっぱり分からない。

 若いのか、年配者なのか、そのていどの特徴すら分からない。

 あの犬がゴン太なのかどうかすらも分からないのだ。

 なので、放置となった。


 もしかすると、七倉(仮名)さんの家には、イブの夜になると、奇妙な振る舞いをする不気味なサンタが現れる。

 そんな都市伝説を作ってしまったのかもしれない……。



 みなさまには、よいクリスマスが訪れますように……。

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サンタクロース・ラスト ミッション 七倉イルカ @nuts05

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