血を求めて
星谷七海
第1話
血だ・・・。血生臭いものが欲しい
悲鳴、苦しみ、憎しみ、悲しみ・・・
ある夜、ぼくは、血の匂いを感じとり、ある家にたどり着いた。
その匂いは3階の部屋からする。
明るいピンクの壁、花柄のベッド、ぬいぐるみがあちこちに飾られた甘ったるい部屋。
それなのに なぜが懐かしい血の匂いがする。
そしてそこには 12歳くらいの少女がいた。
僕は宙を浮いた状態でベランダにたどり着くと、すぐさま少女の部屋の窓を開けた。
「きゃあ」
少女が、目を大きく見開いて僕を見た。
「しー。驚かないで。・・・と言っても無理か。僕はね、吸血鬼なんだよ。」
僕は口を開いて、自慢の牙を見せた。
すると、少女は恐がるどころか、嬉しくて興奮状態になった。
「わあ、すごい、すごい。吸血鬼なんて初めて見たー。」
「そんなこと言ってくれる人、初めてだよ。みーんな、僕のこと、恐がったり嫌ったりるすからさ。」
「ちっとも恐くないわ。だって貴方、私と同じ年ぐらいでしょ?まだ子どもじゃないの。」
少女のその言葉に僕はちょっとむっとした。
「違うよ。僕は数世紀も生きてるんだよ。」
「本当?」
「本当さ、ね、僕の話、聞きたくないかい?」
「聞きたい、聞きたい。」
少女は目を輝かせてうきうきした。
「じゃあ、今から何世紀も前の話をするよ。むかーし、むかしね・・」
僕はそうして、初めて出会ったけど懐かしさを感じる少女に自分の身の上話をすることにした。
僕の名は、ジャック。
魔女狩りの盛んだった中世に生まれた。
魔女狩り、それは何の罪のない人間を「悪しき魔女」と嘘を塗りかけて、残酷な拷問を行い処刑する儀式だ。
僕が生まれてすぐに母さんは、魔女として拷問にかけられたんだ。
でも、母さんは瀕死の状態ながら、何とか脱獄をはかった。
そして家に隠していた赤ん坊の僕を抱いて、とある吸血鬼達のアジトへ行った。
「この子をお願いします。私は人間を決して許さない。この子が必ず私の恨みを果たせる立派な魔物に成長しますように」
母さんはそういい残して息を引き取ったそうだ。
吸血鬼達は、僕のことをとてもかわいがりながら育ててくれた。
12歳になった時に そろそろだと皆が言い出し、ついに血をもらい僕も吸血鬼になった。
それからは、ずっと12歳の姿のままだ。
吸血鬼になった人間は、その時の姿のまま、永き命を手に入れる。
火や光を受けたり、首を切られない限り、血を飲みながら永遠に不老不死でいられる。
このアジトには20人ぐらいで住んでいて、まるで大家族のようだった。
皆、元は人間だった。
魔女として拷問にかけられ、逃げてきた人間、もしくはその拷問で家族を失った者達が、人間への復讐するために 吸血鬼になったのだ。
最初の1人が、ある吸血鬼に血を分けてもらい、そして次々と仲間を増やしていった。
皆は人間狩りをよくやった。魔女裁判の時の裁判官、執行人、魔女だと証言した者、見てみぬふりした者から、まったく無関係の者まであらゆる人間を捕まえてきては次々と拷問にかけて殺し、その血を飲んだ。
拷問は、物心ついた頃からずっと見ている楽しいショーだ。
僕は、血を頂くのも悲鳴を聞くのも大好きで大好きでたまらなかった。
けれどもいくらそうした人間どもを殺しても殺しても 人間の悪しき儀式である魔女狩りはなかなか終わらなかった。
悪い人間は、後から後からわいて出てきた。
人間も拷問を続け、吸血鬼達も復讐の拷問を続ける・・・
どっちが先だったか、どっちが悪だったか分からない・・
そんなことが何百年も続いた。
そしてある春の季節、僕達家族に大きな事件が起こる。
きっかけは、家族の一員であるマイケルだった。
17歳の時に 姉を魔女狩りで失ってから吸血鬼になったと聞いている。
マイケルは、僕が赤ん坊の頃からずっと僕の面倒をみてくれていた1人だ。
マイケルが人間狩りや拷問の時に姿をくらます日が続くようになった。
以前はあんなに憎しみをこめて人間達を痛ぶり、血をすすっていたのにー
僕は不思議になってマイケルのあとをつけた。
するとマイケルは、森の湖のほとりで1人の少女と会っていた。
それは、黒い服とベールを身にまとったシスターだった。
マイケルは、そのシスターの手を握って幸せそうに微笑んでいた。
シスターもまた頬を赤らめながら、幸せそうにしていた。
その光景は、僕にはまったく理解しがたい不思議な光景だった。
それから僕は、たびたび2人があいびきしてるのを覗き見するようになった。
ただただ不思議で仕方なかった。
何なんだろう。あの2人のあの様子は?
血も見えない、悲鳴も聞こえない、そんな状態で何であんなに幸せそうなんだろう?
ある日、マイケルはシスターと別れた後、茂みに隠れてる僕を見つけた。
「ジャック?いつからそこに。」
マイケルはひどく驚いた顔をしたが、すぐ僕の両肩をつかんだ。
「いいか?このことは誰にも言っちゃだめだぞ。わかったな。」
「うん。分かったよ。それよりあの女の子、マイケルの何なんだよ?何であんなに幸せそうなんだ?」
「あの子は俺の恋人だよ。確かに俺達はシスターと吸血鬼。だけどそんなこと気にしちゃいられない。そういう気持ちになれるんだ。俺は、吸血鬼になる前の あの温かい昔の人の心が戻ってきた気分だ。」
「ふーん・・・」
僕は気のない返事をしながら首をかしげた。
しばらくしてアジトでは、マイケルが時々姿を消してることに皆が気づいてきた。
それで僕は、
「マイケルならシスターといつもあいびきしてるよ」
とぽろっと喋った。
「何だって?よりによってシスターと?」
「マイケルめ、我が家族を汚すような真似をしおって。」
皆が怒りだしていた。
どうやら大変なことになってるようだけど、僕にはなんだかよく分からなかった。
数日後、アジトにマイケルの恋人のシスターが、捕らえられてきた。
シスターは、縄でしばられた状態で、青ざめながらひどく震えていた。
その時、マイケルが帰ってきた。
「ああっ、マイケル」
シスターが叫んだ。
マイケルはすぐシスターの元に近づいた。
「どうしてこんなこと」
マイケルは動揺しながら皆を見渡した。
「マイケル。お前は我々吸血鬼の家族の名を汚した。だが、その娘をお前が殺せば、お前の罪を許してやろう。」
その命令にマイケルはすぐさま首を振った。
「嫌だ。彼女を逃がしてくれ。俺は殺されてもかまわない」
マイケルがそう叫ぶと、シスターは首を激しく振った。
「だめ。私を殺して。そうすれば貴方は助かるのよ。」
僕は、2人の言葉が不思議でしかたない。
何なんだろう。この2人は?
どうして互いをかばい合うんだ? どうして相手の為に自分の命を犠牲にしようとしてるんだろう?
その時、急にアジトの外から騒がしい声がした。
「ここだぞ。吸血鬼どもの隠れ家は。」
人間達の声だ。
どうやらシスターをさらった時にあとをつけられていたらしい。
もともと人間どももそう馬鹿ではない。次々と人々が消えていく現象を、何か人間ではないものの存在によって行われていることに感づいていたのだろう。
煙の匂いと熱さがたちこめてきた。
「人間どもめ、火をつけおった。」
「我々を皆殺しにする気だ。」
皆が口々に騒ぎ立てた。
「なんてことを・・彼女は人間だぞっ。お前たち人間の仲間が1人ここにはいるんだぞ」
マイケルは外に向かって叫んだが、その声は届いていないようだった。
あっという間にアジトに火がまわり、皆は断末魔を上げながら絶命していく。
マイケルは、煙を吸って気を失ったシスターを抱きしめながら、僕の方をふり向いた。
「裏の小さな窓から逃げろ。お前の体ならあの窓から出られる。お前だけでも生きるんだ。」
「いやだよ。家族と一緒がいい。1人はいやだ。」
僕はとっさに躊躇した。
「お前は生きて真実の愛を知るんだ。お前は血と悲鳴の中で生まれ育ったから、それが当たり前で、本当の愛や幸せが何か分からない。善と悪、光と闇が反対になっているんだ。憎しみや汚いものこそがぬくもりになっている。復讐だけに生きた俺だってそうだった。でも必ず本当の愛や幸せが分かる日がくる。だからどんなに孤独でも生きて生きて生き延びるんだ。さあ行け。ふりかえるな。早く。」
僕は、マイケルの言葉通り、小さな窓めがけて走った。
何とか裏から出られ、人間たちから逃げ延びることができた。
でも、その後は地獄だった。
僕はずっと独り。 何世紀もの気の遠くなるような年月のなかをさまよい生き続けた。
「マイケルの言ったことは僕にはいまだに分からないよ。僕が好きなのは血や悲鳴、憎悪、復讐心だ。」
長い話を終えてから僕はためいきをついた。
「そう。良かった。私もそういうものが好きなの。 私の話も聞いてくれる?」
そう言って少女は、ピンクのクローゼットを開いた。
すると、そこには沢山の小動物達の惨殺されたあとのある死体があった。
「私はね、何不自由なく可愛がって育ててくれた両親の元にいるのが退屈でしかたないの。平和な毎日なんてつまんない。だからこうして動物達をいじめてあげるの。私もね、血と悲鳴が大好きなのよ。」
少女は無邪気ににっこり笑った。
そんな少女を見ながら僕はあることを思いついた。
「そうなんだ。ねえ、僕の仲間にならないかい?」
「いいわよ。もちろん。」
「じゃあ、僕と一緒に行こう。さあ僕の手を握って。」
僕は少女を窓の外へと誘いこんだ。
「さあ、僕の手をしっかり握って。離しちゃだめだよ。さあ、君も宙を飛べるよ。」
僕とともに少女は、窓から出て、宙へ浮かび上がった。
「すごい、すごい。浮いてるわ。私、空を飛んでるわ。」
少女がはしゃぎながら僕を見つめたその時、僕はぱっと少女の手を離した。
「きゃあああー」
少女は甲高い悲鳴を上げながら落ちていき、トマトのようにぐちゃりと真っ赤に染まった。
「はあ、弱い生き物にしか手を出せないようじゃ、仲間にはなれないんだよ。かつての僕のあの「家族達」は、深い深い復讐の悲しみと憎悪に満ちあふれていた。それが僕の心地よいゆりかごだった。いくら同じ血の匂いでもあの心地よさがなきゃだめなんだ。」
僕は血に染まった少女を見下ろしながらためいきをついた。
僕はいまだ孤独。でもいつしか血生臭くて汚いあの「家族」のような存在に出会いたい。
あきらめるもんか。 まだまだ何世紀でも待とう。
血を求めながら・・・
血を求めて 星谷七海 @ar77
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