第6話 まるで化学兵器のような

声の聞こえてきたカウンター方向を向くと、メガネをかけた長身の女性がお盆を持って、いつのまにかこちらに向かってきていた。 




茶色と白のボーダー服の上には白色のエプロンをつけており、肩まで伸びるあでやかな黒髪はまるで宝石のような輝きを放っている。




綺麗に手入れされた眉に、メガネの奥に光るキリリと鋭い目は気の強そうな印象を与えてきた。




真面目そうな人だ。それが彼女を初めて見た第一印象。




「すいません、うるさくして」

「……まぁ、良いけど。今日はお客さん、君たち以外居ないし」




その女性はお盆に置いていたカレーをテーブルに置くと、げんなりとした表情で声をしぼませる。




すると、その弱気な発言を聞いたハジメが笑みを強めて、軽やかな笑い声を響かせた。




「はははっ、店長。なに言ってるんです。今日だけじゃなくて、いつもお客さんいないで――ガッッ」




すかさず、ハジメの頭蓋に「ボコッ」と割と遠慮のないお盆攻撃が襲う。




ハジメはうめき声を上げながら、また垂直にテーブルへと落下していった。




なるほど、どうやらハジメの扱いはここでも同じらしい。




俺と店長(?)はハジメ(死に体)を無視して、会話を続行する。




「初めまして。黒木と言います、ハジメがいつもお世話になってます。貴方がここの店長さんですか?」

「そう。私は沢城。よろしくね、クロキくん」




店長は俺に片手を差し出し、俺はその手を取り、握手を交わす。そして、手を離すと店長は俺の耳元に近づいてささやいてきた。



 

「あと……安心して良いよ、クロキ君。ちゃんと私が全ての意見を分別して、作ったカレーだから」

「聞こえてたんですか」

「あんな大きな声で叫ばれてたらね」

「……すみません」

「謝らないで良いよ。ちょっと気持ちわかるしね」



店長は苦笑い気味に答える。




「とりあえず、食べても危険はないから」




店長は食べることをさそうように手をテーブルに置かれたカレーへと向けた。




危険がないことを伝えられるが、セカンドオピニオン。一応、危険がないか、カレーを俺も観察してみる。




ぶつ切りにされたにんじんやじゃがいも、それに負けず劣らず大きい牛肉がルーを泳ぎ、色鮮やかな食材たちが俺の目に反射して、離さない。




一つ嗅いでみると、スパイスの匂いが俺の脳を揺らして食欲を刺激し、自然とごくり、喉が鳴った。




空腹の俺にはある意味危険な代物だが、テーブルに置かれた『こだわりカレー』は至ってどこにでもあるような普通の姿形をしていた。




とんでもないものが来るかも、と危惧きぐしていたが、このいかにも仕事熱心な店長さんが付いているんだ、客にそんな危険物出すわけがなかった……か。




ハジメが関わってるからと言って心配しすぎたかもしれない。




俺はプレートの横に置いてあるスプーンを持ち上げ、カレーに向き合う。




「……じゃあ、いただきます」




手を合わせた後、ちらりと店長を覗き見ると、「どうぞ」とでも言うように、彼女は少し笑った。




許可をもらった俺はもう止まらない。




己の欲望に従うままカレーをかき込んだ。そして、その後を追うように俺の舌がカレーライスの味を伝えてくる。




あぁ……空腹で食べるカレーは――



 




「辛れええええええええええええええええ――ッ!」




 



俺の断末魔の叫びが店内に響き渡った。




叫ぶと同時に、俺は店の廊下で転げ回る。どうにかして、辛さを外に放出させなければっ!

 



いやもう辛い、というか痛いっっ! 吸った空気が針のように俺の口内に突き刺さるのを感じる。まるで数千度の炎で口をあぶられているかのような痛みだ。




「うふふっ、クロキくん。ルーだけじゃそのカレーの真価はでないよ」




しかし、店長はそんなエクソシスト状態の俺を見ても平然としていて、上品に笑って言ってくる。




なんで冷静でいられるんだ、とも思ったが勘ぐってみせるにこの状態は店長にとって予想できる物だったのだろう。




ということはつまり、俺は何かを間違えたのだ。




俺は三途の川を潜水しながら、同時に思考の深奥へと潜る。




もしかしたら……ルーだけを食べたから直に強火の辛さを喰らった……のかもしれない。




このカレーは本来、ルーとライス同時に食うことでちょうど良い塩梅あんばいの辛さになる……たぶん、そういうことなのではないだろうか。




俺の中に閃きが走った。




いや、きっとそうなのだろう。そうじゃなきゃ、ここで笑いながら見守る店長は頭がおかしいことになる。




「あははっ、店長、そらにしてもルーが辛ふぎますよ。初見の人は絶対驚きます」




見た目によらずお茶目な人なのかも……まぁ、あの辛さはお茶目で済むような物でもないと思うが。




俺はそんなことを考えながら、俺は口を癒すために今度はライスをかき込んだ。




うん、お米特有のほのかな甘みが来――




「いや、こっちも辛ええええええええええええええええ!」




店長は頭がおかしかった。




し、死ぬ……これマジでだめなやつ…………




俺は鉄の処女アイアンメイデンに入れられた状態で三途の川に捨てられたような気分だった。




「どう? 二つが合わさることで現れるこの地獄のような辛さ。クセになる味をしているでしょう?」




店長はニコニコしながら、そんなことを言ってのける。




この人、この辛さをクセになる味だと感じているのか? 拷問が楽しいって言ってるようなもんだぞ!




俺の瞳には店長の笑みが、悪魔の笑みのような邪悪なものに映っていた。

 



「感想聞かせてもらえる? これ、お客さんに提供したの初めてなの。ぜひ、参考にしたい」

「ふ、ふぅ……店長さん、とりあえず甘い飲み物くだはいませんか?」

「え、せっかくの辛さが無くなるよ」




笑みに劣らず、悪魔のような言葉を並べる店長を見て、俺は悟った。




なぜ、ハジメを雇ったのか。

なぜ、こんなに雰囲気の良い店に客が一人もいないのか。




この頭のおかしい人のせいだ。

 



「……とりあえず、とびきり甘い飲み物お願いします」




俺は店長へ恐怖を覚えながらも、拷問カレーによって感情は吹き飛ばされ、俺はひたすら口の中の安寧を求めた。




「……! わかった。今すぐ持ってくる」




心が通じたのか、悪魔は足速にカウンターの奥へとまた消えた。




そして、すぐ戻ってきた。




「はい、どうぞ」




次に悪魔が持ってきたのは、グラスに入った白い液体。所々果肉のようなものが浮かんでいる。




嫌な予感がするが、そんなこと気にしてる場合でもない。




俺はそのジュースをやけくそ気味に、喉に流し込んだ。




ドロドロとした泥のような白色の液体と、何かの果肉と思しき食感が合わさって……これはッッ――




 



「………………美味しい」




 



なんと、美味しかった。俺の予感は嬉しいことに外れてくれたらしい。




炎上中の口を潤す甘み、すっきりとした後味。今、必要なものが全て揃っているまさに起死回生のジュース。




口の中の痛みが引いて、俺の瞳にじわりと涙が滲んでいく。




俺は思わず宿敵なはずの店長の両手を握り、感謝の言葉を述べた。




「店長さん、ありがとうございました。あなたは……あなたは……命の恩人です」




俺は割と本気で泣きそうになりながら、感謝を伝える。



 

「どういたしまして」




店長は満足げに微笑むと、その笑顔のままこそっと小さな声でぼやいた。




「まぁ、それ私が作ったものじゃないんだけど」

「え? じゃあ、誰が……?」




俺はなんとかなしに尋ねた。




「それは……」




俺が聞くと、店長は笑みをさらに深め、嬉しそうに目を細める。




な、なんだ。その意味深な笑みは……




嫌な予感がした。大丈夫だと切り捨てたはずの不安が足音を立てて、俺のもとに近づいてくる。




店長はゆったりと右手を上げ、とある位置に指をさした。




そこにいた人物は――




「そこのハジメが作ってくれたやつだよ」

「――ボファアアアアアアッッ」




俺はき出した。




「ハジメが君に飲ませたいって、ずっと言ってたからね。私は甘いもの苦手だから味見してないんだけど、クロキくん以外に出すつもりなかったし、まぁ良いよね。今度、生きてる時に感想言ってあげて」




店長が次々と出してくる新事実に俺の脳は理解することを拒否していたが、否応にも俺の中でこの白い液体についての考察が進んでいく。




店長は味見をしておらず、ハジメは俺にこの液体を飲ませたがっていた……




そして、たしか、ハジメは『カレーには何も入れてない』そんなことを言っていた。じゃあ、他の何かには入っている可能性があるわけで……




「――ボヘアアアアアアッッッ」




俺は吐いた。




流石にこれは文句を言ってやらねば気が済まねぇ。仮にも、飲食店の店長が、なんの確認もせず客に商品を出すだなんてあってはならないだろう。




俺は顔一杯に力を入れ、店長に向き合う。




「店長さん! こればっかりは――――ッッ?!」




俺はその瞬間、衝撃に目を見開いた。




「……」

「て、店長さん……っ?!」




なぜなら、先程まで俺の横にいた店長が――顔をジュースまみれにして、床に倒れていたのだから。


「なんで?」




本当になんでこの人、失神してるんだ?




俺は店長の元に駆け寄り、上半身を持ち上げ頬を叩いて、意識確認するも反応がまるでない。




なんてこった、死体がもう一つ増えることになろうとは……




もしかしたら、天罰でも降ったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。ありがとう、神様。




俺は天に感謝を伝え、今の事態に再度目を向ける。




いやしかし、大変な事態だ。今回はただの変態の死体ではなく、この店の店主の死体。前回とは全く、危機性が違う。




こんな状態でお客さんなんて来たら……




――――チリンチリン




びくり、と俺の心臓が跳ねた。




どうやらお客さんが来たらしい。店の扉についたベルが鳴った。




こういう事態の時に限って、最悪は起きる。今回はお客さんに帰ってもらうしか――




「あのー」




俺はその声が聞こえた瞬間、死体二つと共にカウンター奥へと、身を忍ばせる。




なんで、どうしてここにいる。




俺はカウンターに身を潜め、入店してきた女性をこっそりとのぞいた。




綺麗に整えられた茶髪に、ガラスのように透き通った翡翠ひすいの瞳。神様が利き手で書いたであろうスタイルに、それに乗っかる目立ちの整った顔。




「すみません、店長さーんいらっしゃいませんか?」




店に入ってきたお客さんは――名月千秋だった。


 


♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪


次回は一週間後! 筆が乗ったらもっと早いかも。逆に乗らなかったら遅いかも!

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女装好きの俺、男嫌いで有名な美少女の友達になってしまう。 わをん @asahaiiyo

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