第5話 嫌い、とはっきり口に出すのは結構難しい。

くじ引きが終わり、意気消沈状態の俺は抜け殻のように時間を過ごし、あっという間に放課後になっていた。




「真、こればっかりは仕方ないさ。日頃の行いの罰だと思って受け入れろ」

「俺……日頃の行いそんなに悪いか?」




俺はテーブルのひんやりとした感触を頬に感じながら、柱時計の秒針を呆然と見つめる。




喫茶店•バニーズ。




落ち着いたインテリや照明、自然の素材が店内を彩っており、店内に流れるゆったりとしたラウンジミュージックはこのカフェの雰囲気とよく合っている。




いわゆる、隠れ家カフェというジャンルのお店で、ハジメのアルバイト先でもある場所だ。




今日は俺が昼飯を食い損ねたということで、ハジメと共にバニーズに顔を出しに来ていた。




ちなみに来たのは初めてだ。最初はなんか雰囲気に圧されていたが、すぐに慣れて会話を始めた。




「先生には相談したのか?」

「……まぁな。でもダメだった。一度決めたからにはもう訂正できませんだとさ」

「ま、そうなるか」




料理を待っている間、俺は委員会についての対処法をハジメと話し合う。




「あーあ、お前が委員会に入ってなかったら、押し付けてやったのにな」

「すまんな。俺にはHR委員会があるからな」

「……その委員会やめたりできねぇの?」

「無茶を言うな。白岩先生に殺されてしまう」



 

白岩先生……生徒指導部の頭のお堅い先生だ。辞めるなんて言ったら、ご時世無視してぶっ飛ばしてくるだろうな。




俺は脳内で白岩先生の顔がフラッシュバックし、思わず顔をしかめる。




「お前の委員会も大変そうだな」




白岩先生のことだ。事あるごとに怒鳴り散らかしたり、理不尽にキレたりするのだろう。




朝の校門前で、一年の生徒が白岩先生に大声で叱られてる姿もよく見かける。




その一年は赤面しながら、泣いていたっけ。




‥‥‥そんな生徒の目につくところでやってしまったのが仇になってしまったのだ。




自虐癖の変態ハジメに見つかってしまった。




「本当に白岩先生や委員会の人は大変だろうな……」




俺は遠い目をしながら、小声で彼らに同情の言葉を吐いた。




「真こそ、文実は大変だってよく聞くぞ。業務の量が高校生で体験する代物じゃないとか……」




すると、何か勘違いして解釈したらしいハジメは俺にそんな言葉をかける。




訂正するのも面倒なので、俺は流れに沿って会話を進めることにした。



 

「らしいな。去年の文化祭の時も委員会の人すげー忙しそうにしてたし。でも、俺は業務とかよりも……」




俺が言い淀むと、ハジメは察したように「あぁ」と呟く。




「名月さんか」

「そうなんだよなぁ。どうやって……」




俺はそこまで言って、自身の口を塞ぐ。




危ねぇ。ナチュラルに「女装のこと隠し通そう」とか言ってしまうところだった。




……気が緩んでるな。名月さんにバレる前に自分からゲロってたら世話ねぇぞ。




俺は自身の緩みに喝を入れて、きっと急に会話を止め、怪しんでるであろうハジメに目を向ける。




「委員会で少しでもヘマしたら……汚いものを見る目で『ゴミかしら、あなた? いや、まだゴミの方がリサイクルできるだけマシかしらね』とか罵られて、あは、はへへへっ」




そこには、にちゃりと口元を緩め、いつもの知的なイケメン面はどこいった、と思うほど気持ち悪い破顔をしているハジメがいた。




俺の心配が杞憂に終わりはしたが、なんかムカつくし、こいつの笑顔見てるだけで気分悪くなってくる。




笑顔は人を幸せにする薬というが、こいつの場合は真逆だ。病原菌と言った方が正しい気がする。人を体調不良にさせる笑顔なんて、この世に存在していいのだろうか。




「おら!」

「ぼぐぅっ!」




俺はとりあえず、ハジメの顔をグーで殴った。




顔にめり込んだ手を離すと、バタンとハジメは垂直にテーブルへと自由落下。鈍い音が鳴った。




……死んだか。




「痛ぁいよ! 何するんだあ!」




しかし、奴はすぐにガバッと起き上がり、赤く染まった顔を俺に見せ、そう抗議してきた。




くそ、ぬかった。もうちょっと鼻(急所)を潰すように打てばよかったか。

 



「すまん。俺がもう少し強く打ってれば、楽に死ねたのにな……」

「謝ってほしいところはそこじゃない! というか、そこは謝るところじゃない!!」




ハジメは大声でそう不服の声を上げる。だが、それを俺は無視し、古時計に視線を移した。




もう五時か……最近は時間の進みが早いな。




俺が時間の早さについて考えていると、前からは「全く」と、ハジメの呆れ声が聞こえてきた後、悲しそうに言った。




「やっぱり、真も名月さんのこと嫌いなんだな」

「……別に嫌いじゃねぇよ」




 やっぱりってなんだよ。やっぱりって……




「? だって、文実に入るのが嫌なんだろう?」

「別に名月さんが嫌ってだけじゃなくて、他にも色々理由はあるだろ。部活とか、習い事とか」

「真、部活も習い事もしてないじゃないか」

「……」




痛いところを突かれた……というより、俺の嘘が下手すぎた。




俺がどうにか誤魔化そうとに口をつぐませていると、ハジメはジト目になってこちらを非難してくる。

 



「ほら、やっぱりそうなんだろう?」

「……いや、俺にも色々用事があるんだよ。だから、入りたくないってだけで。名月さんが嫌とか……そんなんじゃねぇ」

「なるほど?」




ハジメは難しそうに納得しようとしているが、この様子だと完全には納得はしてもらえないだろう。




「もうこの話は止めだ止め。腹減った、頼んだカレーまだか?」




俺は強引に会話を中断させ、話題をすり替えることにした。




ハジメは怪訝けげんな表情をしていたが、なにやら料理の話に関心があるらしく、すぐに話題転換に応じた。




ハジメはまるで自慢でもするかのように、口早に俺に言う。

 



「もう少し待て。あのカレーには用意するにも様々な工夫があって、出すのに時間がかかるんだ」

「ほー……なんか詳しいな」

「まぁな。実はこのカレー作りに俺も一役買ってるんだ」

「え、お前が?」




聞き捨てならない情報だ。俺はすぐに問いただした。




すると、ハジメはキョトンとした顔で素直にかぶりを振って肯定する。

 



「あぁ、そうだ。この『こだわりのカレー』は店長と俺の合作であり、傑作料理だ」

「すみません、店長さん。頼んだカレーキャンセルにできたりしますか?」




俺は椅子から腰を上げ、カウンターの奥にいるであろう店長に向かって、キャンセルを伝える。




「な、何を言うんだいきなり!?」

「確認するが、お前が関わっての傑作料理だよな?」

「……そうだが?」

「そうか。キャンセルだ」

「なぜ!?」




断言していい。絶対に美味しくない、というか食べられるものが出てくるかも疑わしい。猿轡さるぐつわ肉入りカレーとか出されそうだ。




「絶対、変なものは入ってるじゃないか」

「は、はぁ?! 変なものなんて入れるわけないだろうっ!」

「目、泳ぎまくってるぞ、観念しろ! なにを入れたんだ、お前!」

「な、何も変なものは……入れてない! カレーには……」

「おい、それはどういうことだ! 何かには入れたってことか?! 言え! 何に入れたか、正直に言え!」





「――君たち、店内では静かにしてもらえる?」




ハジメと揉めあっているとカウンターの奥から、氷のように冷たい女性の声が耳に入った。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪




お久しぶりです。なんと、わをん(作者)帰ってきました。いやー、色々ありました。一ヶ月ぐらい投稿やめてましたね〜。


やめてた理由は色々あるのですが、詳細はノートにてご覧ください。ここに長々書いても、良くないんでね。


久しぶりに帰ってきてもやっぱり、⭐︎は欲しいし、♡も欲しいし、コメントも欲しい。


よろしくお願いします。


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