第44話:勇者と魔王

「私は――とある人を探しています。その人に私の名前が届くように今まで頑張ってきました。それはこれからも変わりません。だから、学院で開催される年に一度の祭典、『魔剣大祭』で優勝することをここに誓います!」


 途端、ざわめきが広がった。

 

 それを確認するため、俺は小声で魔術を詠唱して顔を動かさず辺りを見回してみた。

 どうやら、大半の者は隣の友人と今の発言について話し合っているようだった。聞こえてくるのは「自信過剰だ」「Aランクだしあり得る」といった反する意見もあれば、「ルミネ様……凛々しいのに可愛い!」「どんな男の人がタイプなんだろ……」というしょうもない意見? もあった。

 可愛いという点には俺も同意する。


「在学する三年間、全てで完璧な勝利を収めます。既に第一関門である入学試験、そして総代になることもクリアしました。私がいるときならばいつでも序列戦を受け付けましょう。そして無敗の首席として卒業するのが最大の目標です。それらは全て、その人に私の成長を知ってほしいから――!」


 俺は彼女の言う「あの人」が誰か知っている。

 俺は「あの人」と面識がある。

 俺は彼女の秘密を知っている。

 俺は「あの人」の秘密を知っている。


 何もかも、ゲームで出てきている。


「私は――」


 次の瞬間、俺の右側にあった窓が一気に割れる音が大講堂に響いた。

 次第に熱を帯び始めたその演説を遮る無礼な邪魔者が突如として現れたのだ。

 

 その邪魔者たちはうるさいほどに翼をはためかせ、微かに金色に光る剣を手に持っていた。


「あれは……天使?」


 誰かが言った天使という言葉、それはかの者を表すにはぴったりの言葉だった。


「何あれ知らない……私の知らない存在……!?」


 ルミネは混乱しているようだった。

 Aランクともなれば、かなりの数の冒険と戦闘を繰り返している。そう考えると知らない存在に対して驚きを隠せないのも無理はない。俺だってゲームで見たことはなかったのだから。


「ついに、か。言ってたもんなぁ……『次の春の訪れと共に我々も貴様の元を訪れよう』って。本当に迷惑だよ。しかも入学式だし。天使は空気も読めないのかね?」


 あの夢の中で見たものとは翼の数が違う。しかし見た目の特徴が概ね一致することから、節制の天使の配下であることは間違いない。


 その時、天使の中の一体の口が小さく動いた。何を言っているかは分からなかったが、こう口にしているように見えた。


「エブディケート、お前を……殺す?」


 いいね、上等だ。まだあんたらがその気なら、俺も手を抜かずにお相手してやろう!


「皆聞いてくれ! こいつらは俺たちを殺しに来ている! 見た目に騙されるな、油断したらあの剣で首を落とされてしまうぞ!」


 思い切り息を吸い、大講堂の全域に聞こえるよう全力で叫んだ。

 

 腕を組み、指示をどうするか決めあぐねていたらしき王子は俺の言葉を聞くとすぐさま切り替えてやる気に満ち溢れたようだ。

 その証拠に、次の瞬間には周りにいた人々にテキパキと指示を出し始めていた。


「まずは小手調べ――燎原炎槍パイアズフレアっ!」


 俺は先手を切って攻撃を始めた。

 炎の蝶が舞うようにそれは突き進み、悠長に空中でこちらを端倪する天使の一体の胴体に当たり爆発した。

 しかし、それは貫通していないことを意味している。つまりは大したダメージも与えられていないということ。


「ちっ……やっぱり防御力も折り紙付きかよ」


 煙が晴れ、その姿を視認することが出来るようになったが予想は的中。だが落ち込むことはせず、再び攻撃しようと口を動かし始める。


「これはどうだ、水禍災ディザストボルテクス!」


 猛烈な速度で渦を巻く、二メートル四方の『水』が現出した。それは槍に近い形へと変化させつつ、天使へと一直線に飛んでいく。もちろん水は漏れていない。


「――」


 何かを発したような、発していないような――そんな曖昧な何かが聞こえたと思った刹那、その天使は目にも止まらぬ速度で腰の剣を抜刀し魔術を切り伏せた。

 見事に当たらない水の塊は慣性に身を任せ、そのまま壁へとぶち当たり水しぶきとなって虚しく弾けるのみ。


 天使は刀身に付着した水を、剣を振って飛ばし、再び鞘にしまった。


「僕も援護しよう。火炎突盾フレア・シールドバッシュ


 未だ困惑する大衆の中、指示を出し終えたのかバーレイグが横に立って魔術を行使する。

 

 しかしすぐに腰の剣に手を添える天使。


 俺はその隙を狙って魔術を放つ。


迅雷サンダークラップッ!」


 炎の盾を切る間に、がら空きの部分へと雷が突き進む。


 さすがに当たるだろう――そう思った瞬間、光の壁が展開されると同時に天使の目が妖しく光った。


「伏せろおおおっ!」


 もう防御系魔術を使う暇もない。俺に出来るのは、ただ声を出して叫ぶことのみ。

 くそっ……判断を誤ってしまった。はぁ、どうなってしまうのだろうか……死ぬだろうか。いやきっと死ねない。俺の身体は丈夫過ぎる。


 諦めてしまいかけたその瞬間、先程も聞いたあの少女の声が響いた。


「《岩よ、全てを守る壁となれ》!」


 大地が轟々と揺れ動く音がする。

 そして目の前の床から勢いよく隆起する一枚の岩。それは横に長く伸び、この場の生徒全員を守れるくらいに大きい。


 バンッ――何かが爆発する音がした。しかし岩のお陰で被害はない。


「今のは何だ!」

「何が起きたのよ!?」

「この岩もどこから……!」


 口々に騒ぎ立てる生徒たち。

 

 だが、俺は状況を一瞬にして理解していた。

 声、魔術。どちらもゲームで見て聞いていた。『使って』いた。


「《水よ、瀑布となりて喰らい尽くせ》!」

 

 壁の向こう側に現れた大量の水。海がそこにあるのかと錯覚してしまうほどで、生徒たちはそれを見た途端に感嘆の息を漏らしていた。


 数秒後、一気に流れ落ち轟音が鳴り響く。

 それはまるで津波が襲いかかってきているようだった。


「おぉ……! これなら倒せるぞ!」

「というか、これは誰がやってるんだ……?」

「しかも声、なんか聞いたことある気がしないか?」

「「確かに……」」


 勘の鈍い男たちだなぁ。すぐに分かるだろう。それだけの証拠がある。

 てかそこにいる。見れば分かる。


 この強大な力。人々を守ろうと必死になる姿。可愛らしく堂々とした声。


 この世界の本来の「主人公」であり、「勇者」の名を持つ少女。


電磁球エレクトロコイル……よっと」


 電気をバチバチと放出する球を、壁の向こうへ放り投げる。きっと今頃は感電しまくって天使もブルブルしていることだろう。言い方を帰ればトドメとも言うらしい。


「ルミネ……さん。本当に助かった。ありがとう」

「ひっ……!? い、いやいや私はただ皆を守ろうとしただけで!」

 

 ど、どうして怯えられてるのだろうか……全く理由は理解できないがともかく。


 今ここにいるのは、俺が見ているのは。

 数百人の命を救った大英雄――勇者ルミネだ。


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 2024.3/6:中学校を卒業しました!お祝いに☆や♡をいただけますと嬉しいです!w

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悪役貴族の強制善行英雄譚~世界を滅ぼす最強の魔王に転生したけど、悪心を捨てゲーム知識で真逆の人生を歩みます!~ ねくしあ@カクコン準備中…… @Xenosx2

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