第43話:集合

 ところどころに配置されている案内を見ながら進むこと数分。両側に開かれた扉の先には、ひときわ大きな空間――大講堂があった。

 この大講堂は奥行き・幅ともに広く、収容人数は最大で2000人ほどだ。……あぁ、もちろんゲーム内設定だったから知っている。


 そんな大講堂だが、既に三割ほどの席が埋まっていた。勤勉な人がこんなにも多いのだと思わず感心してしまう。


「俺の席は……一番前か」


 事前にとある紙が配られている。表面には入学式の日時、持ち物などが書いてあった。裏面には簡単な地図に「座席の場所」という注釈付きで大量の四角形が描かれている。

 その一番上、すなわち最前列の右から……十何番目が俺の席なようだ。

 しかもどうやらシャフィも同じ列なようで、嬉しそうな表情になっていた。もしかしたらクラス順で分けられているのかもしれない。


「えっと……ここか」


 一つ一つ数え、自分の席へと座る。


 始まるのはあと一時間後。正直……暇だ。壁にかかっている巨大な時計に目をやり、本当にまだ一時間あることを再認識する。


 失敗だったかな……シャフィと喋れば、と思うが話題も道中で尽きてしまった。彼女も同じことを考えているのか、少し気まずそうに目を伏せている。


「エディくん。もし時間があるなら少しお話をしないかい?」


 左側から覚えのある声が聞こえてきた。すぐにそちらを見ると、そこには金髪の少年が座っていた。

 ただ座っているだけなのに、なぜか気品や優雅さが溢れ出している。その姿はまさに王子――まぁ、実際にそうなのだが。


「別にいいぞ。俺もちょうど暇していたところだ」

「それは良かった。じゃあ……いやはや、まずは何から話そうか」


 少しばつが悪そうな顔で頬を掻くバーレイグ。


 そうだな……共通の話題といえば。


「そういえば、入学試験はどうだったんだ?」

「僕たちは知っての通り筆記試験があったよ。難易度は高かったんじゃないかな。過去より難化していることは間違いないさ。僕はさすがに勉強はしてたし、君たちと同じくAクラスだよ」

「そうか。これからよろしくな」

「こちらこそ」


 彼が淀みなく差し伸べてきた手をギュッと握り返す。

 バーレイグは蜂蜜よりも甘い笑顔でふっと笑った。


「あ、一つ耳に入れておきたい情報があるんだよ」

「詳しく聞かせてくれ」

「君たち10人はリオネの出した課題に合格した。それはいいよね」

「そうだな。事実だ」

「――三人、他に合格者がいるんだ。名前、性別、容姿など全てが不明の謎の人物が」


 前から聞いていた「残り三枠」の噂。もちろんゲームに存在しなかった展開だ。

 まったく、スロングス帝国のことといい、どこでこの世界は分岐したのだろうか……まさか俺のせいじゃないよな?


「通りで具体的な噂も立たないわけだ。わからないのなら詳しい情報も存在し得ない」

「いや、実はね。ちょっと気になったからその三人について調べてみたんだよ。けど……」

「けど?」

「一人は不正に作られた戸籍であることが判明した。もう一人はそもそも戸籍が存在しなかったんだよ」

「……は?」


 まず前提として、王子が権力を使って個人情報を手に入れているのは職権濫用な気がするが……そこは気にしないことにする。


 一人は不正戸籍、一人は存在しない人、か。謎がますます深まるばかりだな。のちにこれも解き明かさねばならないのかもしれない。


「ただ最後の一人はしっかり判明したよ。なぜか情報統制があったりして苦労したけどね…‥王子で良かったと思った瞬間だったさ」

「で、そいつの名前は?」

「名はルコ。性別は女。青緑エメラルド色の髪をしている少女らしい」

「げほっ!」

「だ、大丈夫か!?」


 よく知った名によく知った容姿を聞き、思わず咳き込んでしまった。


 本当に何をやってんだよ!? 話と違うじゃないか!


「大丈夫だ……ちょっと咳き込んだだけだから心配しなくていい」

「そ、そうか……」


 困惑するバーレイグにどう声をかけようか迷っていると、突然後ろから声が聞こえてきた。


「あ、エディくんにバーレイグさん! お早いですねっ!」

「もう、あなたが忘れ物したかもとか言って慌てたせいでしょう……? それはそれとして、おはよう。いい朝ね。入学式にはぴったり」

「スティアとナタリスか。おはよう」


 朝から元気なスティアに、いつもと変わらず冷静なナタリス。二人ともしっかりと制服に着替えていて、可愛さがより引き立っている。


「ねぇ、あそこにいるのって……」


 ナタリスが指さした方向を見ると、そこには舞台袖でルミネが座っているのが見えた。ちょこんと座っている姿は本当に可愛い。可愛い。可愛い!

 

 双方の目の前にある演説台の方をチラチラと気にかけていることから考えるに、ルミネはきっと総代としてそこに立つのだろう。顔をじっと見れば、緊張しているようにも感じた。歴戦の冒険者でも、数百人の前では緊張してしまうものだ。仕方ない。


 ……いや待て、今俺の顔を見なかったか? なんなら目があった気がする。あとその瞬間に目を見開いて戦闘態勢になりかけたのも気のせいか?


「ほらほら、そろそろ時間だよっ!」


 後ろを振り返ると、席は完璧に埋まり切っていた。

 未だ話し声は聞こえるが、秩序は保たれているように見える。


 ちなみに二人は俺の右側に並んで鎮座している。指定された席がそこなのだろう。知り合いが横にいるのは嬉しいことだ。それにこの列にいるということはナタリスもAクラスのようだ。


 中々楽しいクラスになりそうだな。


「あ、時間だ」


 誰が呟いたかはわからない。しかし、それを皮切りに話し声は波のように引いていき、数秒後には完全なる静寂が訪れた。

 

 もはやここにはきっちりと正しい姿勢で座り、微動だにしない者ばかり。人々の抑え込むような息が小さく聞こえてくる事を除けば、音がないとすら表現出来る。


「全員、起立!」


 舞台の端っこに立つ、スーツ姿の若い男。彼が発した声は大講堂中に響き渡り、全ての生徒を同時に動かした。もちろん俺もその一人。


「只今より、王立高等学院入学式を始める」


 男はそこで言葉を切った。重苦しい雰囲気が流れたまま、皆はまだ直立不動のままだ。


「総代演説」


 その合図でルミネが起立し、堅苦しい動きで演説代の前へと移動する。


「礼、着席」


 礼をし、同時に座ったところでゆっくりとルミネは口を開いた。


「皆さんはじめまして。Aランク冒険者のルミネです。今回私が総代をやるにあたって、言いたいことはただ一つ。――私は、とある目的があってここに来ました」

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