学院編
第42話:はじまり
あのあまりにも濃密すぎた入学試験も終わり、気がつけば数ヶ月が経過していた。そしてついに、エクレイド王国にも春が訪れた。
「ふぅ……朝か。今日は待ちに待った入学式。早く準備しないとな」
カーテンの隙間から差し込む光に手をかざし、眩しさを感じながら眠い目をこする。次に大きく背伸びとあくびを一つ。ゆっくりとした動きでカーテンを開き、日光を部屋全体へと行き渡らせた。
そこまでしてやっと目が覚め、身だしなみを整え始めた――歯を磨いたり、少し跳ねた寝癖を直したり。
そして袖を通すのは、何を隠そう学院の制服だ。しっかりと採寸されており、幾つかの術式まで付与されている代物。かなり性能も高いため、下手な鎧なんかよりよっぽどこちらの方がいいのだ。
ふと息をついた瞬間、聞き馴染みのある小気味よいリズムが聞こえた。
「あ、おはようセラ。俺はもう起きてるよ」
「おはようございます、エディ様。入ってもよろしいですね」
この寮――と言っても、二世帯住宅に近い形だ――に引っ越してきたのは事件の数日後だ。そのため既に慣れている。セラも横に住んでいるので、こうやって朝は変わらず会いに来てくれるのは嬉しい。
ここは日当たりもよく、広さも日本人からすれば充分すぎるほど。設備もとてもきれいだし、収納だってたくさんある。これぞまさに理想的な住居と言えるだろう。これがAクラスの特権の一つだ。
「では、朝食をお作りしますのでしばしお待ちを」
既にいつものメイド服に着替えているセラ。腕まくりしているところを見るに、今日は一段と気合が入っているようだ。豪華な朝食になりそうだと思うと心が躍る。
……さて、その間は正直暇なので、入学試験のことを思い出すことにする。記憶の整理にもなるだろうしな。
――リオネが去ったあと、俺たちはホテルを離れて学院へと向かった。そこで事情を聞くと、リオネの話が全て事実であることが発覚した。それに合わせて俺たちが合格であり試験が終了したことも正式に認められた。
その後、学院側の厚意によって寮の一部を借り、宿を確保することができた。俺たちは何事もなく宿泊し、試験終了後はまた違う寮、つまりここでの生活が始まった。
一方、取り残されたシャフィやライラたちは怪我もせず無事だった。さすがにけが人はいたが死者もおらず、ある程度は平和的に解決したと言えるだろう。
数日後に行われた筆記試験では、このAクラスの残りの枠が決定した。しかしどうやら平民も参加が可能な一般試験でも枠があるらしく、残り三人についてはいまだ知らない。情報が流れてこないのだ。本当に奇妙極まりない。少しくらい噂が立つものだと思うんだが……
「エディ様。朝食が出来上がりましたよ」
「ありがとう。今日も美味しそうだよ」
「これも従者の務めですから」
並んだのはいつもより豪勢な朝食だった。
スクランブルエッグとベーコンがメインに、ワッフルと色鮮やかな野菜が添えられている。
よく味わいつつ食べれば、気づいた頃には全てを平らげていた。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうですね。ちょうどいい時間だと思います」
皿を軽く片付けて服を整える。
これで用意は完了した。
荷物も必要ないので、手ぶらでそのまま寮を出る。
「……もう数ヶ月経つけど、未だに家って言いたくなるくらい大きいよなぁ」
「さすがAクラスだと心から思います。貴族とは言え、年齢的にも一介の学生に与えていい大きさじゃないですよ」
この辺り一帯はAクラス専用の寮が立ち並ぶ区域。
舗装された並木道を見ると、頭の中に青春という文字が大きく浮かんでくる。
ゲームでも現実でも、綺麗な景色が——美しい日常の風景が好きだった俺にとってはまさに理想と言える場所だ。
そうして歩いていると、とある二人が出てくるのを見かけた。
「あ、にいさま! おはようございます!」
「おはようシャフィ。今日はいつになく元気だね」
「にいさまもその理由はわかるでしょう?」
「入学式、だよね」
「これでやっとにいさまと一緒に――じゃなくって、研究ができる……!」
何か別の理由が聞こえたような気がするが、にいさまパワーでそれを忘れることに成功した。シャフィの失言など俺の脳内には存在しないのだ!
と、そんなシャフィだが、彼女もまた学院の制服に身を包んでいる。それにしっかりと採寸されているのでピッタリのサイズだ。
まぁ、さすがにまだ成長するのを見越してか上下の長さには少しゆとりがある。奥行きも同じようになっているため、よくよく見ればダボッとしているように感じるかもしれない。
制服は青を基調とした無地で、胸元には剣と杖とペンが交差するような紋章が金色で刺繍されてある。下は女子は白のスカートで、男子は白のズボンだ。どちらも着心地はよく、ポケットなどの収納も多いので機能性も抜群。
「ライラもおはよう」
「おはようございますエディ様。エディ様もお似合いですよ」
「そうか? ありがとな」
ジスティア家四人が集まったならば、話題には事欠かない。最近は会うことも少なかったためなおさらだった。
数分歩きクラスの区域を出ると、次第に人も多くなってきた。見覚えのない人ばかりだが、見たことがある顔――恐らく入試のときだ――も見つけることができた。
皆一様に同じ制服を着ているのを見ると、学院に入学するのだと改めて実感することが出来る。
「おい見ろ! あれが噂の『黒天』じゃないか!?」
「本当だ、始めて見た! ……めっちゃ可愛くないか?」
「俺もそう思う。お世話になりました……」
突然誰かが発した言葉。その声は小さかったからか、きっと他の誰かには聞こえていないだろう。しかし似たような言葉がそこら中から聞こえるようになった。その内容は主に見た目の可愛さか武勇伝のどちらかだ。
そんな中、当の本人を見ればかなり気にしているようだった。横にいる淡い水髪の少女と数言交わし、いたたまれない様子で黙り込む黒天――ルミネ。
「ねぇ、あれってバーレイグ殿下じゃない!?」
「嘘、本当だ……! かっこいい……!」
次に注目を浴びたのは、以前よりもツヤが増したような金髪をなびかせ堂々と歩くバーレイグだった。
ルミネは男子からの人気が高く、バーレイグは女子からの人気が高い。恐らくこの学院の顔となるのだろう。
俺が顔になるとすれば、それはかなりの難題だ。人気と美貌、そして強さ。全てが彼らより高いと証明しなければならないのだから。
やるならば強さオンリーかなぁ……なんて思っていると、大きな黒い門があることに気がついた。これぞ有名な学院の正門だ。横には綺麗な書体で「王立高等学院入学式」の文字が書かれた看板がある。よほど筆の扱いが上手な人がやったのだろう。
「よし、気を引き締めていこう」
胸に手を当て、自分にだけ聞こえる声で呟き気持ちを入れ替える。
そして、新たな一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます