第41話:真相
皆の表情は驚愕に染まった。
数秒の沈黙の後、一触触発の雰囲気に呑まれた。
それと打って変わってリオネは余裕そうな――何も考えていないようにも見えるが――表情だ。リラックスしているのが一目瞭然だ。
「ここどこ!?」
「また知らない所……いい加減疲れてきたわね」
「あたしの実家なんてこんな部屋なかった……」
「私の実家を思い出します……」
「「あれ?」」
レギーナとフィリアは普通に驚いている。なんなら辟易しているようだ。仕方ないだろう、これで今日三回目の転移なのだから。
一回目は誘拐された時。二回目は廊下に戻った時。そして三回目の書斎。
俺も正直少し疲れている。
ラナトルとリクはまぁ……爵位の違いだな。
「はいはーい! みんなちゅうも~く!」
パンパンと二回手をたたき、話を遮り注目を集めるリオネ。俺は警戒し、魔術をいつでも詠唱できるよう喉元に言葉を留め置く。
「ということで! お姉ちゃんたちとお兄ちゃん! み~んな合格だよ!」
「合格……?」
リオネが言う合格の意味は、この入学試験の場においてただ一つしかあり得なかった。
「そうだよ! ほら、最初にリオネ言ったでしょ? 『リオネの元までたどり着ければ勝ち』って!」
確かにそうだった。あの朝食会場での折、先着20人は勝ちだと宣言している。
そうか、あれはまだ数時間前なのか……怖いくらいだ。本当にまだそれだけの時間しか経過していないことに違和感すら覚える。
「それで、俺たちはどうなるんだ?」
「え? それはもちろん、合格だから試験は終わりだよっ。あと10人が、リオネの出した課題を終わらせられればそこで試験は終わり。あ、朝までに20人に届かなくても終わりだけどね」
「ようやく開放されるってわけか」
「そうだよ! おめでと~! パチパチ~!」
からかうかのようにわざとらしくはにかみ、身体でそれを表現してみせたリオネ。つくづく小悪魔と呼びたくなる仕草ばかりだ。
「ねぇ、私から一つ質問していいかな?」
口を開いたのはスティアだった。
表情は硬いものの、なんとか笑顔になろうとしているのが見て取れる。
「いーよ。どんなこと?」
「もし課題を達成出来なかった人たちはどうなるの?」
「それは私も気になってました!」
「同じく」
「あたし絶対に失敗してただろうし、拾ってもらえて正解だったよ……」
これについて、俺の予想は何らかの罰則があるくらいだというものだ。そこまで重いものを課すことはしないだろう。
なぜなら、リオネははっきり「合格」や「課題」と言った。なんなら試験は終了とも言っている。入学試験ならば人を殺すほどの事はしないだろうと踏んでいるので、あくまでペナルティの範囲に収まるんじゃないかと思ったのだ。
「んーっとね。何もないよ。強いて言えば追加で筆記試験があることくらい。それで残りの枠を埋めるの。だって、勝った人はみ~んなA組だから!」
「ほ、ほんと!?」
「嬉しい……!」
突然沸き立ったのには理由がある。A組とは最上級のクラスであり、高待遇の権化であるからだ。
具体的に言えば、専用のサロンが使えたり、寮や学食が豪華になったり、立ち入り可能な区域が増えたりする。中にはそれを目的にしている人だって少なくないのだ。
俺は正直どうでもよかったが、あることには損はない。嬉しいといえば嘘になるだろう。
「でもなんでそんな事決められるの……?」
ふと誰かが放った疑問によって世界は硬直する。実際にそうなったわけではないが、そう錯覚させるのには充分すぎる威力を持った言葉だった。
「じゃあ改めて自己紹介しようかな。――リオネはスロングス帝国執行官第六席! 今はこの王立高等学院学院長を務める、リオネ・ヘスペリデスだね! これからよろしくっ!」
「「「……はあああああ!?」」」
意味がわからないって! ちょっと待て、が、学院長がこの幼女ぉ!? 一体何を考えているんだよ国はさぁ!?
だって! 遊びのような態度で貴族を巻き込み、魔物と戦わせ命の危機に晒しているような思考を持つ人物だぞ。これは正式に抗議文を送る必要があるのでは?
無邪気にはしゃぐ姿を見ると愛らしく見え、可愛がってあげたくなってしまうが騙されてはいけない。普通に敵国の幹部だし。
「ちなみに、これは両国間において正式に決定されているよ! 条約も締結しているから変更は不可能! 少なくとも一年はリオネが学院長だよー!」
「思考を先読みするなぁ!」
「えっとね、これは第二席のお兄ちゃんに教えてもらったの! こう言えばいいよって!」
なるほど……第二席は相当頭が切れる人物のようだ。これから関わることはないだろうが、警戒するに越したことはないだろう。
「えっとね、学院長のお仕事はちゃんと分かってるし、いっぱい訓練してきたから大丈夫だよ! お姉様……じゃなくて、女皇陛下? にもいいよって言われたもん!」
「その話詳しくお願いしてもいいかしら!?」
いきなり食いついたのはスティアだった。さきほどまでは静観を貫いていたのにもかかわらず、ここに来てこの反応。まぁ気持ちも分かる。
女皇――即ちスロングス帝国の頂点に君臨せし者。世界でも指折りの実力者なはずだ。
しかしゲーム内では既に亡き者として登場することはなかった。いわゆる設定上の強キャラというやつだ。俺と似たようなものだが、ラスボスは俺なのできっと負けることはない……と思う。さすがにまだわからない。
「お姉ちゃん、別にそんなおもしろいお話でもないよ? リオネ、陛下に『学院長として頑張れる?』って言われたから、『うん!』って言ったの。そしたらどうすればいいのかをいっぱい聞いたの! ちゃんと全部覚えてるよ!」
「な、なるほど……ありがとね」
「うん! いいよ~!」
スロングスは帝国なだけあってかなり厳しい世界であったと言われている。法律もギチギチ。自由が少ない国だというのが常識なのだが、まさか最上層はこんなにも緩いとは……考えもしなかった。だから滅んだのかもしれない。
「あ、もうそろそろ時間だ! じゃあね、お姉ちゃんたち! 強いお兄ちゃん!」
わざわざ俺の事をまっすぐ見つめ、健気に手を振ったリオネ。
皆も振り返すと、笑顔のままどこかへと消え去った。瞬きした間にだ。
「あ、そこの扉から外に出られるよ! 中にいる皆とは会えないけど、朝になったら全部解除されるから気にしないでね!」
遠くから聞こえたようなリオネの声。恐らく魔術だ。
しっかし、また扉かよ……そう思って開ければ、昨日の朝に見た景色が――人は少ないが――広がっていた。
雪はさほど積もってはいないが、やはり冬の厳しい寒さが肌を刺す。
はぁ……とりあえず、どうにか時間を潰して明日まで待つとしよう。
俺たちは合格なのだ、憂うこともない。シャフィたちもきっと無事だと信じる。
だって、彼女らはそんな簡単に負けるほど弱くないから――!
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