第40話:真実は魔力に隠されている

 光がさんさんと降り注ぐ。真夏の太陽を想起させるほど――いやそれ以上の眩しい日差しが、目の前の空間を包み込んでいた。それによって光の壁が、廊下いっぱいに出来上がってしまっている。


「ま、眩しいな……」


 皆も同じ意見なようで、腕で目の辺りを塞いでいる。

 

 そして「あと何秒だ」、そう思った瞬間に光は消え去った。


 ミノタウロスがいた場所には――地面に影を残したが――何もなかった。恐らく完全に消滅したのだろう。さすがの威力としか言えない。


「さすがだな、スティア」

「えへへっ。これが私の実力だよ。えっへん!」


 腰に拳を当て、大きく胸を張るスティア。表情からは余裕さを感じられ、少し、いやかなり嬉しそうなオーラも出している。

 犬であれば一目散に駆け寄ってきて撫でてと言わんばかりの。ブンブンと振る尻尾を幻視してしまうくらいに。


 ……しかし大層なものをお持ちのようで。


「じゃあ先に進もうよ!」

「そうだね。私も同意よ」

「いや、ちょっと待ってくれ二人とも。少し気づいたことがある」


 一歩踏み出していたレギーナとそれに続こうとしたフィリアを呼び止め、注目を集める。それは言った通り、とあることに気がついたからだ。


「今のミノタウロス、魔力探知に異変があったんだ」

「え? どういうこと? 私は何も感じなかったけど」

「そうね。観察してみたけれど、特におかしな点はなかったように思わうわ」

「皆さんと同じ、です……ただ魔物の気配を強く感じました」

「あたしも。ほんっとエブディケートはすごいねぇ……」


 口々に出てくる言葉は、どれも同じようなものだった。それはつまり、俺以外は気づかないほどの微小な反応だったということだ。


「スティアも同じか?」

「そうだね。私も全然感じなかった。ヴァクトリアちゃん、だっけ。彼女が言ってたのと同じかな。邪悪な魔物、というのがすっごい伝わってきたよ。ただそれだけ」



 俺が気づいたことに気が付かなかったのが悔しいのだろうか、少し表情が硬いように思えた。健気に振る舞ってはいるし、敵愾心もない。ただ暗い何かが――彼女の太陽のようなオーラに一滴だけ混じりこんだ不純物のように見えた。


「なるほどな。それで本題の見えたものについてなんだが……それは細くどこまでも伸びていた『糸』だった」

「糸……ですか」


 皆は不思議そうな顔を浮かべていた。

 それもそうだろう。魔力の糸は、いくら細かろうと魔力探知で見ることが出来るからだ。多少は見ずらいかもしれないが、先程の戦闘時間はそう短いものでもなかった。数十秒も見ていれば大抵は気付ける。

 それなのに気が付かない。それは異常であると認識したのだろう。


「そ、それでその魔力糸はどこに繋がっていたの?」

「ごもっともな質問だな。それは――わからん」

「わからんってどういうこと!?」

「だって遠すぎたんだもの。俺でも魔力糸ほど細い反応を遠くまで認識するのは困難だ。気づいたのもスティアの攻撃でミノタウロスが倒される直前だぞ?」

「私が倒す直前……はそっか、集中してたし気づかないのも仕方ないよね、うん」


 自分に暗示しているような口調。それは悔しさを紛らわせているようだった。


「っ!? また来たよ!」


 突然顔を上げ叫ぶスティア。それをきっかけに俺も遠くから魔物の反応を感知した。今度は既に糸が見えている。数は……三体か。種族はスライム。ははっ、面白いのが来たなぁ!


「今度はあたしたちでやるよ! お二人さんは下がってて! あたしたちだってやれば出来るってとこ見せようよ!」

「「「おう!!!」


 ラナトルが先頭に立って指揮し始めた。それに呼応するのは俺とスティア以外の全員。それぞれが大きく声を揃えて返事をしている。そして戦闘態勢へ、息ぴったりの連携で移行している。


 なるほど、スティアと俺に任せていられないって事か。その意気やよし! あとは勝つだけ!

 しかしスライムの特性を理解しているならば冷静になるべきか。エクマギのスライムはそこらのラノベスライムとは違うのだ……多分。そこをしっかりと連携して効率的に攻略できるかが勝利の決め手だろう。


「種類は……炎と水と……闇!?」


 ふむ、珍しいな。光スライムと闇スライムは貴重なものだから、出来れば素材を回収してギルドに……は無理だな。いやいけるか……? ――いかんいかん。魔力探知をさらに深めることに集中しないと。もう少しで糸の元が分かるんだ……!


「あたしは炎が得意だから闇をやる! 上級魔術が使える人は何人いる!?」

「私は水いけます!」

「私は風!」

「二人だけか、なら他は炎と水を分担してお願い! 人数は均等になるように!」


 素晴らしい才覚だ。これはもう軍師と言っても過言ではないのではないだろうか。あとで真剣にそっち方面を勧めてみるか……ともかく。「スライムはその属性の魔術は無効化される」という特性を理解し対応出来ているようだ。皆も困っている様子がないことから同じなのだろう。

 

火炎爆刃フレアブレード!」

水流激刃ハイドロブレード!」

強風暴刃ウィンディブレード!」


 黒く禍々しいプルプルの生物に向かって、三人が同時に三つの刃を放つ。

 一つは赤く燃え盛り、一つは水流が渦を巻き、一つは風切り音が聞こえるほどに風がそこに収束している。

 それらが闇スライムへと着弾すると――爆発した。どうやらスライムはギリギリ形を保っているようだが、大きく跳ね飛ばされている。これで同士討ちの危険性がなくなった。


「いけない。集中……!」


 俺も俺でやることがあるので、外の世界を完全にシャットアウトして元を探る。

 魔力の動きなら分かるが、動かない魔力の探知はかなり難しい作業だ。俺は能力が高いとは言え、器用かと言われると素直に頷ける自信がない。


 スティアは完全に手持ち無沙汰になっているようなので、小声で「支援魔術を軽くかければいいさ」とだけ告げ、再び俺は目を閉じた。


「ここを曲がって……この先の……上がって……」


 ――見つけたっ!! いや待てこれは!?


「皆! 転移するぞ!」


 一瞬感じ取った魔力の動き。転移の兆候。


 刹那の間に景色は切り替わり、目の前に広がるのは廊下――ではなく、少し豪華な書斎のような場所だった。


 壁は本棚が埋め尽くしており、その本棚も本で埋め尽くされている。ざっと数百冊はあるだろう。

 天井からはシャンデリアがぶら下がっていて、この部屋を煌々と照らし、お洒落に彩っていた。


 そしてこの部屋の主を思しき人物は、背丈に見合わぬ大きな革の椅子に深く腰掛け、偉そうな態度を頑張ってとろうとしているようだった。

 桃色の髪は椅子の後ろに投げ出されており、ぶかぶかの服は椅子を覆い隠しているようだった。


「えへへ、待ってたよ〜?」

「執行官第六席、リオネ・ヘスペリデス……!?」

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