超能力

ボウガ

第1話

 ある囚人A。ほかの囚人の中で噂がたって、昼食時にちょっかいをかけられた。

「なあ、お前美人な奥さんがいるんだってなあ」

 しかし、Aはほとんど返事もしない。それもそのはず。以前から無口で、暴行罪から逮捕されたという話だが、やけにひょろひょろで、他者とのコミュニケーションをとらない事で有名だった。

「こいつ、なめやがって」

 と話しかけた囚人は、彼を目の敵にし始めた。それから接触のある度に彼にタックルをしたり、殴ったり、ツバを吐いたりする。しかし、奇妙なのは、彼は何も仕返しもしないし何の反応もしない。

「おい、こいつ泣かそうぜ!!誰か手伝うやつはいねえか!!」

 同じく暴行等で逮捕された彼は、血気盛んにはやし立てるも誰も言う事を聞かない。それどころか、ひそひそ噂をしたり、冷や汗をかいて距離をおいたりしている。

「なんだよ、こいつら、こいつがなんだってんだ」

 殴られた傷から出た血をぬぐい、ぼーっと立つA、その真っ黒な瞳は囚人に向けられていたが、どこか遠くを見ているようでもあった。


 その数日後、Aにつっかかっていた彼は亡くなった。独房の中で不審死だった。取り調べが行われたが他殺の線はないようだった。しかし囚人の皆は噂した。

「だからあいつにはちょっかいをかけない方がいいのに」

「あいつはムショに来たばかりで、しらなかったんだ」

 Aは、数々の暴行や殺人未遂などの罪があったが模範囚であった。看守からの信頼も厚かった。時間を遵守し、規律もまもる。社会にいたころもパキパキと働くサラリーマンだった。営業で口がうまく、頭の回転も速かった。

 

 ここにきたすぐに刑務所で一番威張っている“ボス”のBに目をつけられた。ケツをほられそうになったが、結局Bは、Aに悪さをする前に不審死を遂げた。誰もが鼻にかけたのはAの言動だ。

「俺は大したことはしていない、自然と体が動いてしまうんだ、別に模倣的な人間になりたいわけでもない、俺はある人間に“飼われている”」


 あるとき、彼の面会に噂の彼女がきた。うつくしく、言葉もきれいで、やさしそうだ。しかし、彼女は目がみえないようだった。

「A、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「ごめんね、また私のせいで」

「気にするな」

 Aと付き合っていた彼女Cは、彼が事件を起こした当初の事を思い出す。街でナンパされ、断ったが付きまとわれ襲われそうになったところでAに電話をかけた。すぐにかけつけたAだったが、彼女は、目が見えないという事がナンパしていた男にばれ、力づくで地面に押さえつけられていた。

 

 敵は筋肉質で恐ろしかったが、Aは自然に体が動いた。手も足も体の軸も、的確に敵の攻撃をよけ、急所を狙う。だが、A自身が望んでも、その攻撃の手を止める事はできなかった。もちろんCが叫んでも。結局ナンパ男はひん死の重体になったのだった。


「ごめんね、おばあちゃんの“呪い”のせいで」

「いや、気にするな」


 彼女が帰ったあと、中の善い看守が、Aのもとを訪ねた。

「聞かせてくれないか?本当は何があったのかを」

 この看守は、変わり者で、犯罪者に同情的だった。そして彼らの話を集めているという、あまり売れてはいないがそうした本も出したことがあるという。


 そう、Aは看守には話していた。自分の“能力”の秘密。知的能力、運動神経、そして、自分に牙を向けたものを不幸な目に合わせる“運”。看守は―性善説から―Aの事に興味があった。幼少期から“善人”として育てられた彼は、しかし、悪をおかして善に目覚めるものこそが善人であると信じていた。それは、悪い事を”ひとつとして”許さない両親の影響であったが、その息苦しさをごまかすのが“悪事をおかし、罪をしって、成長した人間”の姿だった。


「違う、俺の意思じゃないんだ」

 そして、Aはとうとうと話始めた。


 面会にくるCとAは小学生の頃からの関係で、かつてCはいじめられていた。それもひどいもので、母親が不倫をして父と離婚した関係もあったのだが、もとは有名人だったこともあり、人々、親たちのやっかみすら買ったのだ。


 そんなCには祖母がいて、霊媒師をやっていた。時折そのことを馬鹿にしてくる連中もいたが、そんなときCはいってやったのだ。

「おばあちゃんを悪くいうと、呪い殺されるよ」

 Cの祖母は、その頃もう大病をわずらい、いつまで生きられるかわからないといった状態だった。祖母とはとても仲が良かったが、いじめのことは心配させまいとしていわずにいた。だがある日、学校にいるとき祖母の他界をしらされた。ひどく落ち込み、泣いていたのだがその時Aがよりそってくれた。以前からそこそこになかがよく、いじめがひどいとかばうこともあったが、止める事はできなかった。


CさんはAの事が好きで、勢い余ってその時、そのことを告げてしまった。

「ご、ごめん、俺……そういうのよくわからなくて」

 Cさんは、悲しくなった。どこかでAさんと付き合えば完全に助けてくれるという望もあったのかもしれない。


 その日、ベットで祈りながら夢をみた。

「おばあちゃん、私、いじめられているの、おばあちゃん、私いじめられているの、助けて、助けて」

 ふと、眠りにつき意識がとぶかとばないかのころに、部屋のドアが開き、だれかが足元にたっている気配がした。それは同居していたころの祖母の寝間着の姿だった。

「だれが……お前をいじめるのか」

 そのとき、寝ぼけていたのも手伝い、ふられた悲しさも手伝ってこういってしまった。

「Aくん!!」

 その翌日、あさおきると、目の前が真っ白になっていた。ひと、祖母の仕事を思い出す。祖母は除霊や交霊術をする傍ら―人を呪う―呪術も扱っていた。そして祖母はいっていた。

「人を呪わば穴二つ、普通、魂が地獄に落ちる、だが私の前世は人徳があったようでな、なんとか、呪う人間にかかる代償を小さくすることができる、しかし、忘れてはいけない、“代償”は必ず必要になるぞ」


 翌日、母親と一緒に病院にいって、原因不明だが失明している事を聞かされた。しばらく学校をやすむことになり、その間に色々な事がおきた。いじめっ子の主犯格が死に、いじめていた子のほとんどが大きなけがや病気にかかった。


「A君は大丈夫なの?A君は!?」


 心配そうに尋ねるが、母親は、別にA君に変化はないという。だがあるとき、見舞いといってA君がその母親をともなって尋ねてきた。母親同士は友人だったこともありリビングで話していたが、AとCさんはCさんの部屋でお話をする事に。

「ごめんね」

 そんな言葉が、Cさんの口から自然と口をついてでた。

「いいよ……あんなの……」

「……」

 重い空気が流れたが、こらえきれずに、すべてを打ち明けてしまった。あの夢の事と、クラスの皆に不幸が続いた理由。

「やっぱりか」

 とA、やっぱり、とは、教室で噂になっているのだろうか?と心配になったが、A君は意外な事を口にした。

「あのあと、お前の祖母ちゃんが夢にでてきていうんだよ“A君を私のものにしてと孫に頼まれた”ってな」

「えっ」

 Cさんは意外だった。いじめの主犯格が死んだことを見ると、A君が主犯でない事は祖母は気づいていたのだ、そして、彼に思いを寄せていることを。

「こう続けたよ……だが、私はお前を許せないかもしれない、Cのことを善く思いながら、いじめからきちんと守ってやらなかったのだから」

「え?」

 “よく思っている?”恋愛感情は別としても、Cさんはうれしかった。目は見えなくても、Aが照れて頭をかいているような様子を感じた。

「それで、おばあちゃんは何をしたの?」

「俺にとりついて、“呪い、幸運”を一緒に授けると、自分は地獄に落ちることになるが、孫の不幸を見つけられなかった責任を負う、ってさ」

 Cさんはひどく落ち込み、涙を流した。どうすればいいかわからず、Aさんは彼女の頭を撫でた。


 それから、Aさんは“呪い”を受けた。ある霊能者にいわせれば

「半分悪魔で、半分天使のような、恐ろしい力のある霊がついていますよ」

 とのこと。前述のように、もともとすぐれていたわけでもない身体能力や、知的能力、運動能力の向上がおこった。そして、“Cさんを脅かす存在”を完全に呪い殺すか、完膚なきまでに物理的に叩き潰すか。という極端な方法で守るようになったのだ。


 看守がぽつりという。

「じゃあ、お前は善人なのだな……別に暴力をふるいたくて振るったわけではないと」

 Aは答えた。

「さあ……ただ今でも、夢にうなされることがある、Cの祖母がでてきていうんだ“懺悔しろ”と、きっと彼女はわかっていた、そうだ」

 Aは頭を両手で抱えてうなだれた。

「“彼女”が取りつく前から、俺はCの事が本当に好きだったんだろう、付き合っているし、結婚まで考えている……Cの祖母が極端な事を起こすまで、Cの苦痛をかばってやれなかった、守ってやれなかった、そのことをずっと後悔しているんだ、そういう意味じゃやっぱり“悪人”なのさ」



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超能力 ボウガ @yumieimaru

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