甘い香り


明美あけみさんが見つかった?」

「ええ、失踪しっそう前に行く予定だったコンビニの駐車場で、今朝。倒れているのを保護されました」


 7日の朝、同僚からそう連絡を受けた。

 1週間探していた明美さんが見つかったというのだ。



「無事なんですか!?」

「はい。けがなどもありません。……ただ」


 同僚は少し言いよどんだ。

 何かあったのだろうか。


 嫌な予感が胸をよぎる。


 正也まさやさんは残念なことになってしまっていたので、明美さんも……?


 あの異様いような光景を思い出す。

 どう考えても、人間の仕業しわざではない、あの光景。


 人一人が埋まっているというのに、周りの土はきれいに整ったままだった。

 まるで初めから、正也さんが埋まることを予想していたかのように。


 彼が埋まって初めて完成する作品のように……。


 ごくりと、息をのんだ。


「ただ?」

「彼女、記憶に混濁こんだくがあるみたいで……1週間行方ゆくえ不明になっていたことを覚えていないようで……」

「覚えていない……」

「はい」


 何かとてつもない恐怖を感じて、記憶をなくしたのだろうか。

 どちらにしても、彼女が生きていたことは朗報ろうほうに違いない。



「彼女は今、どこに?」

「△△病院です」


 何があったのか。

 彼女に話を聞けるかもしれない。


 コーヒーを飲み干すと、教えられた病院へと足を向けた。


 ―――

 ――

 ―


「――それじゃあ、コンビニに向かおうと外に出たのは覚えているのね?」

「はい。いつもすぐにつくはずなのに、その時はどれだけ歩いてもたどり着かなくて……。変だなーと思っていたんですけど。まさか、1週間も経っているなんて……未だに信じられなくて」


 明美さんの話では、家を出てからまだ数時間しか経っていないはずだという。

 コンビニまでの道をひたすら歩いていて、少し休もうと座り込んだら意識がなくなったらしい。


「駐車場で目が覚める前に何があったか覚えていない?」

「うーん……。本当に一瞬だったし、見間違いかもしれないんですが……」

「何かあったの?」

「あったというか……いたというか……」

「いた?」


 明美さんは悩むように腕を組んだ。


「男の人が、一人。優しい顔をして前を歩いていたんです」

「男の人……」

「はい。途中からどこを歩けばいいのか分からなくなって、途方に暮れていた時に。不思議ふしぎなのが、なぜか、お父さんだって思っちゃって」

「お父さん?」

「私の父は全く別の人なのに、おかしいですよね? 見たこともない人をお父さんだなんて……」

「……」


 あの家に隠されていた日記を読んでいたからこそ、嫌な想像をしてしまった。


 もしも。

 もしもの話だ。


 明美さんの父親が、死んだ正也でないとしたら?


 彼女は、誰の子供で、どういう目的で、育てられていたのか。


 ぞっと背筋が凍り付くのを感じた。


 鑑識かんしきに回していた骨の結果も、そろそろ出るはずだ。

 答えは、おのずと分かるだろう。


 それまでは……。


「そうですか。一先ひとまず、貴女が助かってよかった。まだ混乱していると思いますが、ゆっくりと休んでくださいね」

「ありがとうございます」


 病室からそっと出る。


 ふと、甘い香りがした気がした。


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甘い香り 香散見 羽弥 @724kazami

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