たまご、チキン、はちみつバタートースト

おんぷりん

プロローグ

 例えるなら、川の底にたまった灰色の砂のような生活だった。


 朝なんとなく目が覚めると、薄汚れたカーテンからは細い薄い太陽の光がかすかに差し……けれどそれは決して清々しい朝なんかではなくて、ゴミ溜めのような不用品ばかり積もった部屋を、ますます惨めにさせるばかりだ。

 腫れぼったい目、なかなか持ち上がらない瞼、怠い体。かさついた唇からもれる唸り声。

 ぼんやりと脳内の輪郭が曖昧なまま時計に目をやれば、それは七時から八時頃だったり、十二時を過ぎていたり、あるいは午後五時や六時といった、そろそろ空の青が消されそうな時間帯だったりもした。

 目が覚めたからといって何をするわけでもなく、テレビもない狭いアパートの一室で、布団の中でスマホをいじり、空腹になったらのそのそ起き出して、雑多なものが適当に詰め込まれた戸棚からカップ麺を取り出す。

 シンクには汚れた食器が積み重なり、冷蔵庫では適当に買った食材が腐りかけ、ゴミ箱からは紙屑が溢れる。

 ゲームをする。

 ネットに沈む。

 夜を更かし、眠り、起きて、今日も無駄にまた生きる。

 着替えるのが面倒で、一日中着古したパーカーとゆるいジャージのズボンで過ごす。

 特に生きたいとも思わないが、かといって死にたくなることもない。

 大学を中退してから今年で二年目。

 典型的な引きこもりで、典型的なニート。

 ひたすら自堕落で、世間に顔向けできない、コンビニとトイレと布団と風呂を往復するばかりの生活。


 三葉みつば和音わおん、二十二歳、無職、男性。

 ただなんとなく今日をやり過ごして、いつまでこんな生活が続くんだろうと思いつつ、二秒後にはまあいっかとスマホを開き、眠くなったら寝て、食べたくなったらインスタント食品で適当に済ませて、目が覚めたら起きる。

 そんな毎日がだらだらと続いていたある日、人生のスイッチが切り替わる出来事が飛び込んできた。



 始まりは、ぼんやりと漂っていたブルーライトを消して、いつものように戸棚を開けた、そのとき。


「……あ。カップ麺、ぇ」

 久方ぶりに出したせいで、がらがらとかさついてひび割れた声が、そう呟いた瞬間に。

 色鮮やかな毎日は、決して鮮やかとは言えずとも、ゆっくりと、ひっそりと、しかし確実にカーテンを開けた。

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たまご、チキン、はちみつバタートースト おんぷりん @onpurin

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