第36話 恋愛成就の鈴

 もちろんこれは、この場を乗り切るための緊急回避策。だけど俺自身驚いた。

 まさか自分の口からこんな言葉が出るなんて。


「彼氏だ? いやだって、さっき彼氏は居ないって……」


 男は戸惑った様子で桜木のほうを見た。

 察するに、桜木に声を掛けて彼氏持ちじゃないことを確認した上でしつこく絡んでいたようだ。


 って、そうすると、俺って地雷を踏んだんじゃないか?


 かなりまずい。男は桜木に確認しているのだ。この状況で桜木自身に俺の言葉を否定されたら――いや、当然だろ。


 緊急回避だと? それは俺の勝手ないい訳じゃないか。桜木は数多の男子に告白された伝説の少女。それを俺なんかが何彼氏とか言っちゃってるんだ? これ、痛いよな……俺ってかなり痛いよな……。


 咄嗟に出た自分の言葉が、如何にヤバい言動なのかふつふつと実感が湧いていく。

 もっと違ったやり方があっただろうに……考え方によっては、俺の言葉は告白に捉えられかねない。


 桜木から出る言葉はどうせ「ごめんなさい」だ。もう聞き飽きたよそんな言葉。

 高校生になって半年か。まぁ、もったほうか。結局、俺はどこに居ても変わらない。フラれ続ける伝説の男なんだ。


 高校に入ってから今日までの出来事が、走馬灯のように俺の頭を駆け巡る。

 そんな俺の動揺をよそに、桜木の口が動く。

 

「隠すつもりは無かったのですが、これで分かって頂けますか。私はこの方とお付き合いをしているのです。ですから、連絡先は」


 意外にも、桜木は否定しなかった。


 いやいや、そういう方向に考えるな。これはあくまでこの男を諦めさせる手段に乗っただけだ。

 桜木は相当苛立っていたのだろう。その証拠に顔を真っ赤にしている。


「ま、マジかよ……くそぉ、こんなかわいい娘の彼氏がこんな平凡な奴だなんて……」


 余計なお世話だ。


「わ、分かった。でもさ、君。その制服は早慶院だろ? 誰かかわいい友達紹介してくれな……いてててっ⁉」


 誰でもいいのかよ……。


 男が話していると、突然痛がり始めた。


「あんたさ、あたしが居るのに堂々とナンパですか⁉」


 男の後ろからその耳を引っ張りながら言ったのは、中村だった。


「な、中村⁉ ってことは、その人が――」

「そう、このボンクラがあの石田先輩」


 これが石田先輩だったのか。まぁスポーツマンで顔はいいのだろうが、かなり軽い人なんだな……いや待て。桜木がここに居るんだぞ。中村と接触させては――。


「まぁ、こんな美人なら仕方ないか。次こんなことしたら許さないからね! ……この度はこのバカが失礼しました」


 中村は石田先輩を𠮟りつけると、桜木を見て言った。


「い、いえ。あなたはさっきの……」

「あ、改めまして。あたしさっきは失礼を」


 かなりまずい。中村、空気を読むんだ。頼むから俺の過去は――。


「さっきのは嘘。告白してフラれたのはあたしなの。なんかキュウちゃんが美人と一緒だったから、かましてやろうって……ごめんなさい!」

「そうでしたか……私こそ、早とちりしてしまって……私は桜木華です。部長……く、九里君とは同じ学校で」

「彼女さんでしょ? キュウちゃんの」

「え……あ、は、はい……」


 中村の急なパスに、桜木は戸惑いながらも肯定する。


 絶対に余計なこと言うなよ絶対に余計なこと言うなよ絶対に……。


「キュウちゃん、いい人だから」


 中村は笑顔で、そう一言だけ言った。桜木はさらに顔を真っ赤にしながら微動だにしなかった。


 まだ怒ってるんだな……。


「それじゃ、お騒がせしました」

「すいませんでした……」


 中村と石田先輩はそう言って、その場から立ち去る。

 そして俺とすれ違いざまに、中村は小声で言った。

 「あんな美人の彼女が居るなんて。キュウちゃん、想像以上にかっこよくなっちゃってさ。あのとき告白受け入れとけば良かったな」と。


 なんだよ、今さら何を……。


 嵐のような二人が去ると、そこには俺と桜木だけ。

 お互い、さっきまでの威勢はどこへやら。そこには沈黙が訪れた。


 どうしよ……何もしゃべらないのは気まずいぞ。


 そうは思いながらも、何を話していいのか全く思いつかない。


「あ、あの……部長……」


 先に沈黙を破ったのは桜木だった。


「さ、先ほどの言葉……部長が、わ、私の彼氏と……」

「ごめん! あの状況を脱するには他に思いつかなくて。気を悪くさせたなら謝る」

「そんな。とんでもない。おかげで助かりました。ありがとうございます。ただ――」


 ただ? なんだ? やっぱりまずかったか? なんか桜木の表情が曇ってる気がする。


「あの言葉、他の娘が同じ状況でも、やはりそう言いますか?」

「そ、それは――」


 なにこれ……。他の娘が? って、こんなこと、しょっちゅうあるシチュエーションじゃないし、想像出来んぞ……。


 俺は言葉に詰まった。だって考えたことも無かったから。


 でも桜木はずっと顔を真っ赤にして怒ってるし。ここで変な答え方したら余計に……。


 だがいくら考えても言葉が出ない。無言の時間だけがそこに流れる。


「そ、その……」

「変なこと聞いてごめんなさい。部長、鈴鳴らしに行きませんか?」

「鈴?」


 それって例の恋愛成就の……だよな? 一緒に鳴らした男女が、って言い伝えの。

 ってことは、桜木はもしかして俺のこと⁉


「私非科学的なことは信じないので、神宮さんが言っていた伝承もただの迷信ですよ」

「え?」

「それを証明しましょう」


 桜木はそう言ってにっこり微笑む。

 機嫌は直ったようだが、つまりは俺と一緒に鳴らすことで、付き合うことはないからその伝承が迷信なんだと証明したいと。

 

 ……あっぶねぇ。危うく、桜木が俺に気があるんじゃないかと勘違いするところだった。


「あ、あぁ。そうだよな。迷信なんて非科学的だもんな」


 俺は桜木の提案に同意した。

 そのとき、桜木の口元が動いた。言葉こそ発してないが、その動きから推察するに「嬉しい」? いや、まさかな。

 鈴のところに二人で歩きながら、俺はそんなことを考える。

 そして鈴が近付くにつれ、鼓動は早くなり息も荒くなっていく。

 もちろん、こういった類の話は信じるに値しないのだが。いかんせん、憧れていたのも事実。

 桜木は誰が見ても美人だ。そんな彼女と一緒にそういうロマンティックなことを出来るのが正直嬉しい。なんだかんだ、俺もロマンチストな一面があるのだ。

 同時に、先に桜木が否定した感じだと、俺とは付き合うことはない。つまり全くの脈無し。この行事はあくまで、迷信を否定するためのもの。

 すると俺の感情は天国から地獄に堕ちる。


 俺の気持ちはそうして何度かの急上昇急降下を繰り返しながら、ついに鈴の前で立ち止まる。


「部、部長。で、では一緒に。す、鈴を……」

「う、うん……」


 二人一緒に綱を持つが、互いの手が触れ合うと俺は意識する余り、ビクついて手をどけてしまう。


 きっと気のせいだろうが、桜木も同じようにビクっと……いや、気のせいだ。考えるな俺……。


 そして再び二人で綱を握る。

 極度の緊張から桜木の顔を見ることが出来ない。顔を合わせたらきっと背けてしまう。まともに目を合わせられない。


「部長。きょ、今日はお誘い、エスコート……あり、ありがとうございました」

「お、俺こそ。至らぬ点が、た多々あったけど……」


 これを鳴らせばもしかしたら、俺と桜木は……。


「じゃ、じゃあ。せぇので」

「う、うん」

「せぇ――」


 それは桜木の言葉の途中だった。


「部長、華ちゃん⁉ 良かった、間に合いました! やっとあたし、お仕事終わりましたぁ」

「じ、神宮⁉」

「神宮さん⁉」


 俺たちは焦って咄嗟に綱から手を放した。


「あれ? みんな一緒だったんだ?」

「華様、お迎えに来ました」


 続いてステージの整理を終えた星井と、桜木を迎えに来た嶋が一緒にやって来た。


「カウンセリング部、全員集合ですね。せっかくですから、みんなで一緒に鈴を鳴らしましょう」


 神宮の言葉に、俺たちはそれぞれ答える。


「そ、そうですね……(ちっ、もう少しでしたのに)」

「あ、あぁ(見られてませんように)」

「これが例の鈴なんだ? (武士君と一緒に鳴らせられるんだ)」

「はぁ(華様、まさかなんの進展もなし⁉)」


 結局これが良かったのか、どうか……。

 自分の中では桜木といい感じだったのではないかと言う期待と、それが中学生のときのような思い込みだろうとの不安が葛藤しながらも、いつもの面々が揃った現状に安心しているのだった。

 こうして俺を含むカウンセリング部員たちは、それぞれに心の中で祈願した。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 本作をお読みくださりありがとうございました。

 これを以て、一応の完結とさせていただきます。

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恋はホコタテ ~誰もが恋する彼女は、誰にでも恋した彼の素っ気ない態度に振り回される⁉~ たなかし @tanakashi

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