第9話 食糧配給

「すごい量ね…でも、これでも持って2週間程度と考えると……気が遠くなるわ」

「そうですね。財政状況の改善が、今後の課題になるでしょう」


私とロイドは、ゴルドーの街から買ってきた大量の食糧を眺めて、そんな会話をする。


この世界にも小麦のような植物があり、それをパンのような食品にして食している。

本当は別の名前があるのだけれど、面倒なのでこれからも『小麦』と『パン』と呼ぼう。


「早速街のパン職人を呼びましょう。そして、この街全員分のパンを作らせるの」

「そうはおっしゃっても、職人にも仕事がございます。無理に徴集しては、職人に逃げられてしまいます」

「ちゃんと給料を支払えばいいじゃない。配給が始まれば、どの道店のパンは売れなくなるわ。それなら、こっちで働いたほうが儲かるでしょう?」

「そう上手く行きますか?」

「庶民は安売りや無料が大好きなのよ。きっと大丈夫!」


私も、新卒一人暮らしの時は、とにかく安売りされているものを買ってた。

生活が苦しい時は、まず食費を削る。

そんな中で、無料配給なんてものかあれば、すぐに飛びついてたね。


ロイドにパン職人を呼ぶよう命じると、私は再度大量の小麦(製粉済み)を眺める。


「失敗したら大損。頼むよ、成功してくれ!」


誰にも聞こえないようにそう願い、私も大量の小麦粉が運び込まれた倉庫をあとにした。







「かなり集まったわね」


私の招集を受け、街中からパン職人が集まってきた。

数は40人ほどだろうか?

人口8000人の街に、これだけのパン職人がいる。


……私には、多いのか少ないのかまだ良くわからない。

でも、これだけの人数が居れば、きっとなんとかなるだろう。


私はお立ち台に上がると、精一杯大きな声を出す。


「スフェーンの街のパン職人達よ。よく集まってくれた。私はこの街の新たな領主、ソフィア・エメラルドだ!」


マイクがあれば、こんなに大きな声を出す必要もないんだけど…そんな便利なものは、ここにはない。


「君たちに集まってもらったのは、これから行うある政策に協力してもらうためだ。この街では今、食料品の価格高騰が目を逸らすことが出来ぬ速度で起こっている。そのため、私は民に対して無償の食糧配給を行うことにした」


無償の食糧配給

当然、パン職人達は顔を見合わせて騒然となっている。

これまで、街が生み出す利益という、甘い蜜を啜るだけだったエメラルド家の人間が、そんな事を言い出したんだから、まあ当たり前だ。


「君たちにはこれから、私か用意した小麦粉を使って領民全員分のパンを作ってもらう。これは決定事項だ!異論は認めん!!」

「ま、待って欲しい!!」

「ん?」


1人の若い職人――職人見習いか?――が、手を上げて異議を唱えた。


「我々にパンを領民全員分のパンを作らせようとしているのは分かりました。ですが、それでは我々の店はどうすれば良いのでしょうか?」

「っ!?そ、そうだ!タダでパンを配るなんて…そんな事されたら、商売上がったりだぞ!!」

「俺達にだって家族がいるんだぞ!?それに、食料品の値上がりで苦しんでるのは、俺等も一緒だ!!」


若い職人に続き、集まったパン職人達から抗議の声が殺到する。

パンが売れなくなれば、パン職人達の生活は苦しくなる。

彼らにも生活があるんだから、当然の事だ。


「静かに!!」


ロイドが声を張り上げ、持っていた剣の鞘を地面に叩き付けて大きな音を鳴らす。

その音と声に驚いたパン職人達は、一気に静かになった。


「ありがとう、ロイド。…あなた達の不満は理解できるわ。だからこそ、心配しないでもらいたい」


ニーナに目配せをし、用意していたモノをパン職人達の前に持ってこさせる。

なにかが山のように積まれ、それを隠すように布がかけられたワゴンを持ってきたニーナは、その布を素早く引いた。


「「「おお…」」」

「まじかよ…」

「あれで、コレを受けろって…?」


パン職人達は、ワゴンの上に積まれた沢山の貨幣を見て、様々な反応を見せる。

例外なくその貨幣の山に釘付けになり、私の前だという事は頭から抜け落ちているようだ。


「我々の予想では、用意した小麦粉は2週間で無くなると予想している。なので、日給10ゼニー。2週間で140ゼニーをこちらから支払おう。少なく感じることがあれば、申し訳ない。この街の財政状況では、それが限界だ」


本当はもう少しあげたいところだけど、うちはそんなに金持ちじゃない。

小麦粉の大量購入に、隔離施設の確保、パン職人の雇用、その他諸々の維持費にと様々な出費のせいで、色々とカツカツだ。

本当なら、激安で売りに出したい。

だけど、疫病や寒さに苦しむ民達の懐を考えれば……それに寄り添うには、金を取るわけにはいかない。

そんな訳で、賃上げは出来ないんだよ、パン職人達。


「……いや、それでいい。それで受けよう」

「本当ですか!?」

「ああ。だが、塩はそちらで用意してくれ」


塩…そう言えば、パン作りには塩を使うんだったかな?

どんな効果があるのかは分からないけど、まあパン職人が言うんだから、必要なものなんだろう。


「分かったわ。塩はこちらで用意しましょう」


塩ならこの街でも沢山作ってるし、用意は簡単なはず。

確かに、小麦粉だけ渡されてパンを作れって言われても、他の材料はどうするんだって話だしね。

……となると、薪も用意してあげたほうがいいのかな?

いや、薪はこっちで用意すると、値段が高騰して大変なことになる。

パン職人には悪いけど、やめておこう。


「他になにか意見のある人はいるかしら?」


そう尋ねてパン職人達を見るが、特に反応はない。

意見はないようだ。


「作ったパンは配給所を用意するので、そちらに持ってきて欲しい。それと事前調査で小麦粉をどの程度使えば、どの程度のパンが用意できるかは確認できている。多少のズレは仕方がない。失敗することもあるだろう。…だが、あまりにもそれが多い場合はこちらもそれ相応の対応を取ろう。横領罪として、最悪打ち首もあることを忘れるな?」


小麦粉を盗もうとする不届き者が出ないように、しっかりと釘を差しておく。

この小麦粉は別にパン職人のものじゃない。

私のものだ。

だから、勝手な真似をすれば普通に横領罪で引っ捕らえられる。

何なら、領主の財産からの横領罪だから、普通に打ち首にだって出来るんだ。

……まあ、そんな事すれば領民からの好感度が下がるだろうから、そうそうやる気はないけどね?


…まあ、多少厳しい罰を与えるつもりではある。

例えば、片腕切断とか?


「ニーナ。屋敷に戻るわ。その硬貨は回収しておいて」

「かしこまりました」


後のことはロイドに任せ、私は屋敷へ戻る。

この策が上手くいく事を祈りながら。

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転生領主の生存戦略 〜反乱コースを回避し、贅沢三昧の人生を〜 カイン・フォーター @kurooaa

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