第8話 魔人

屋敷へと戻った私は、自室のベッドへ飛び込み、脱力する。


「ソフィア様。服にシワが付いてしまいます」

「はぁ…別にいいじゃん。洗ってアイロンでもあてれば?」

「ソフィア様はそれをしないので、いいかもしれませんが、いざ自分がそれをする側になったらどうですか?」

「むぅ…ニーナのいじわる」


仕方なくベッドから起き上がると、目を丸くしている若い衛兵の姿が目に写った。


「ソフィア様……流石はそれはだらしないのでは?」

「なに〜?別にここには私達しか居ないのだから、気を抜いたっていいじゃん。いつもあんなのだと思ったら大間違いだよ」

「そうだぜ?ソフィア様がいつもあんな真面目だとおもってたのか?」

「そうそう。私だって、プライベートな時間は適当に生きてるわよ」


信じられないという表情を浮かべる若い衛兵。

そう言えば、この人なんて名前なんだろうね?


「そう言えばさ〜、名前なんて言うの?」

「え?…じ、自分はベネットといいます」

「ふ〜ん?そっちのおっさんは?」

「あれ?知られてなかったのか?おれはジョージだ。よろしくな、ソフィア嬢」


若い者のベネットとベテランのジョージ。

よし、覚えておこう。


「ジョージのおっさんはともかく、ベネットくんは魔人についてどう思う?」

「えっと…自分は特に……」

「ほんとに〜?」

「ほ、本当です!…お恥ずかしながら、あまり魔人について知らないものなので……」


あ〜ね?

ベネットくんは魔人についてあんまり知らないのか。

いいじゃん、この際教えてあげよう。


「魔人は亜人種の一種でね。……そもそも亜人種が何か分かる?」

「はい。エルフやドワーフ、獣人等の人間に近い見た目の種族の総称ですよね?」

「そうだね~。エルフは長寿で魔力を沢山持っていることで有名。ドワーフはエルフ程じゃないけど長寿で、とても器用な種族。獣人は……そもそも『獣人』って言葉が広義的な意味を持つ総称なんだけど、まあ、総じて身体能力が高い。じゃあ、魔人はどんな特徴があると思う?」

「魔人の特徴ですか…?……何か、特殊な能力を持っているとかでしょうか?」


特殊能力ね…残念ながら、魔人にそんな変わり種は無いんだなぁ。


「それはどちらかと言うと天人だね。彼等は多種多様な魔眼や邪眼を持って生まれてくるから」

「特殊能力ではない……では、魔人の特徴とは一体…?」


悩んでるね〜?

いいよいいよ、もっともっと悩んでくれたまえ、ベネットくん!

…まあ、もう答え合わせするけどね?


「ふふ、単純な話だよ。魔人はとにかく強い。亜人種最強の種族だ」

「亜人種最強…?」

「ええ。魔人は、獣人を超える身体能力に、エルフを凌駕する魔力、ドワーフにも勝る器用さを持ち、竜に匹敵する寿命を持つ最強の亜人種だ」


魔人はとにかく強い。

めちゃめちゃ強い。

生まれついての強者で、生態系ピラミッドで表すならば頂点に立つような種族だ。


「個として一国と同等の力を持ち、どんなに短命でも千年は生きる。中には少し移動するだけで国際問題に発展するほどの力を持つ魔人だっているんだ」

「なんですか…?その、天災みたいな存在は」

「実際、天災みたいなものだからね。竜と並ぶ生ける災害。それが魔人だ」


そんな魔人との間に生まれた私。

まあ、そんな化け物の子供なんだから、あのご老人が荒ぶるのも納得がいく。

だって嫌でしょ?

日本で言い直すなら、有力な政治家が突然全員死んで、代わりに大量の核を個人で保有してるバケモンみたいな人間の子供が、国のトップになったようなもの。

不安しか無いよ、マジで。

世界大戦でもおっぱじめる気か?って話。


「……まあ、そんな化け物の魔人だけど、別に自分から進んで国を滅ぼそうとしたり、誰かを不幸にさせたりはしない」

「え?そうなんですか?」

「そうだよ。彼等は温厚―――というか、基本的に他者に興味がなく、群れるという概念が希薄だ。家族という考え方すら曖昧で、結婚なんてしないし、自らの子供を残すためだけの関係。何なら生まれた子供にも興味がない」

「そんなの…それでいいんでしょうか?そんな悲しい生き方…考えられません」

「良いんじゃないかしら?彼等は数千年、数万年という時間を生きるし、個として圧倒的な力を持つから何者かに殺される事もない。適当に世界中をふらついて、たまたま出会った同種の異性と子供を作る。その子が死んだらまた別のと子を作れば良いって考えで生きてる種族だし」


数千年、数万年という時間を生きる種族にとって繁殖という行為は、どれほどの意味を持つのだろう?

ましてや、個としての力が強すぎるせいで天敵が居ない。

そんな、ほぼ完璧な生物が、繁殖をしようと思うとは考えられないね。

……まあ、そういう気持ちがあるから私が生まれたわけなんだけど。


「……なんというか、気ままに生きていそうな種族ですね」

「気ままに生きてると思うよ。じゃなきゃ、私の“本当のお母様”は、私が物心つく前に何処かに行ったりしない」

「……」


私の母、私が生まれて1年程度でここを去ったらしい。

私は転生者だからあの時もしっかりとした人格があったから覚えてるけど、あの人は私に対してちっとも興味を持ってない。

旅先で出会った人間の男と、気まぐれに子供を作ったに過ぎない。

あの人にとって私は、暇だったから作った折り鶴くらいの感覚の存在なんだろう。


「…まあ、あの人が私の元を去ったのは、この環境に置いておけば自分が手を加えなくとも、私が十分生きていけると思ったからだと思うよ?」

「…?」

「魔人は自分の子供に対しても興味がないって言ったけど、子育てをしない訳じゃない。生きていくのに必要な知識や技術を覚えさせ、1人で生きていくのに十分な力を身に着けたら子供の元を去るんだ」

「つまり……一応、子育てはしているんですよね?」

「そうだよ。自立できるだけの事を教えてくれる。だから、育児放棄を受けて死ぬって事は少ないと思うよ」


それなのに、あの人がここを去ったのは、自分が育児をしなくても子供が育つ環境があったから。

貴族に生まれて本当に良かった。


「…そう言えば、どうしてソフィア様のお母様は、ルドルフ様との間に子供を作られたのでしょうか?」

「そこなんだよね。私も、それがよくわからないんだ」


何故、あの人はお父様との間に私を作ったのか?

その理由は私も知らないし、ロイドもニーナもお父様でさえも知らない。

単に気まぐれなのかもしれないし、なにか理由があってのことなのかも知れない。

まあ、今更知りたいとは思わないし、どうでもいいけど。


「魔人の世界は実力主義。子孫を残すには、強くないといけない」

「そうなんですか?」

「そうだよ。魔人の異性が出会うと、まず殺し合いが始まる。そして、お互い相手が子供を作るに相応しい相手だと感じたら、カップルの完成する」


求婚のダンスをするみたいな感覚で戦う魔人。

まあ、そういう種族だからね。仕方ないね。


「女の魔人はその男がどれくらい強いかで、子を作るかを判断する。そして、男の魔人はその女がどれくらい強いかで、自分の子供を産ませるかを決める。だから、魔人に性別はあんまり関係ない。結局、強くないと子供を作れないからね」

「それは……大変ですね」

「そりゃそうだよ。人間の男が必死に金を稼いで女にアピールしたり、人間の女が必死に化粧やおめかしをするように、魔人の男女は自らを高めるのさ」


…まあ、そんな種族柄もあって、魔人はめちゃめちゃ強いんだろう。

強さが全ての種族だからね。


「……それを踏まえると、よりお母様が私を作った理由がわからない」

「確かに…」

「ルドルフ様って強かったんですか?」

「いや?私のほうが遥かに強い」


お父様は腕っぷしも弱いし、経済的にもそんなに強くない。

領主とはいえ、辺境の小さな街の領主だしね?


「まあ、あんな育児放棄ババアの事は放っておくとして…正しく理解してもらえたかな?魔人についてさ」

「はい。同時に、あの老いぼれがソフィア様を化け物と呼んだ理由も理解できました」

「実際化け物の子だから、言ってることは分からなくもないんだけど……如何せん、偏見が過ぎる。ベネットくんは、あんなのになっちゃ駄目だよ?」

「はっ!肝に銘じておきます!!」


若者のベネットくんに正しい知識を教え、少し気分が軽くなった。

なんとなく気分がいい私は、2人を部屋から出すと服を着替えてお昼寝することに。

ニーナの子守唄でゆっくりと眠りに落ち、気が付けば夕方になっていた。

いつまで寝ているのだと、ロイドに叱られたのは言うまでもない。



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