第7話 偏見

マスクを広める活動を始めて、もうそろそろ3時間ほど経つだろうか?

一回に何人もの民を説得することが殆どだった事もあり、3時間で数百人にマスクを布教できたはず。


地味に広め続けてマスクをつける人が増えれば、あとは同調圧力で勝手に増えていくことだろう。

そうなるまでの辛抱だ。


確実にマスクが広まっていることに嬉しさを覚え、軽い足取りで次の人を探していると、前方に3人ほどの男性の集まりを見つけた。

私はそこへ向かうとその3人に声を掛ける。


「こんにちは。皆さんはここで何を?」


私がそう問い掛けると、男達は顔を見合わせ明らかに見下している雰囲気を出し始めた。


「俺達が何をしてたって、俺達の勝手だろ?あんたこそ何やってるんだ?こんな時間から街をほっつき歩くなんて、お嬢様は退屈で羨ましいぜ」

「全くだな。女には領主の任は思いから逃げてきたとかそんなところだろ?エメラルド家はもう終わったんだ、さっさと席を開けやがれ」

「俺達がそこに座ってやるよ」


……何だこいつ等?


相当な不快感に、思わず表情が歪みそうになるが、グッと堪えて平然を装う。


「私だって暇ではないわ。今はこの疫病を抑えるために、マスクを広めようと声掛けをしているの。あなた達も、マスクをつけてくれないかしら?」

「マスクだぁ?そんなんで疫病を防げるかよ。これだから女はよぉ」

「そんな下らねえ事をする暇があるなら、腹をすかしてる奴等に手料理でも振る舞ったらどうだ?お前にはそれしか出来ないだろうがよ」


う〜んこの……

典型的な男尊女卑思考のバカだ。

まあ、私のことを馬鹿にするのは大いに結構。

それはこいつらが無教養で、無知な考えなしのだという恥ずかしい事実をひけらかしているだけだから。

…まあ、無知で無教養だから、自分達が恥を晒していることにすら気付かないけど。


「確かに、マスクをしたからって疫病にならない訳じゃないわ。何もしないよりは良いってだけ。でも、何もしないくらいなら、なにかしたほうが良いでしょう?」

「だからマスクを広めるって?ハッ!そんな事しか出来ないなんて、女のお前には領主は務まらねぇって事の証明じゃないのか?」


バカに怒っても意味がない。

生きている世界が違うんだ。

相手にしたって無駄だ。


「そうかもね。確かに、領主でありながら、こんな事しか出来ないのは、私はこういった立場には向かないのかもしれないわ」


適当に流して他をあたろう。

こいつらを放っておいても、後で勝手に同調圧力でなんとでもなる。

私は領主として多くの人を助けなければならないけれど、全てを助けられるような大層な存在ではない。

救えぬものも居るんだよ。


「私は領主に向かないのかもしれない。だからこそ、私の言うことは、命令以外聞かなくてもいいわ。自分がどうしたいかで判断して」

「おいおい、やる気あるのかよ?そんなだから領主が務まらねぇんじゃねえの?」

「やっぱ女だな。ガツンと言えない時点で終わってんだよ。早く辞めろ」

「そう。…私は忙しいの、他を当たるから今のことは適当に忘れてくれていいわよ」


そう言って踵を返し、男達から離れる。


あんなのを相手したって時間の無駄。

無視だよ無視。


「……ソフィア様。あいつ等消しますか?」

「駄目よ。あんなのでも、私の民なんだから」

「ですが…」

「私も、専属侍女の意見に賛成です。あれほどの侮辱…打ち首にするべきかと」

「ふたりとも物騒ね。別に誰かのものを盗んだり、誰かを殺した訳でもないんだから、目を瞑ってあげれば良いのよ。法に触れるようなことはしてないんだもの」


一応、不敬罪的なものでしょっぴく事はできるけど、それは許してあげよう。

残念ながら、この街には名誉毀損や侮辱罪という行為が犯罪になる法はないからね。

……後でそういう事を取り締まる法を作らないと。


「良いんですかい?ソフィア様。ああいうのを放っておくのは、周りから舐められる原因だぜ?」

「あの程度でしょっぴいてちゃ、あなたまでヤらなきゃいけなくなるじゃない。それに、ニーナも同じよ。法があるからには、平等でないとおかしいもの」


そういうちょっとした贔屓が、将来の汚職に繋がるんだ。

こういう所から、そういったことには手を染めないって、強い意志を持つことが大事。

だから、彼らの女性蔑視も私は寛大な心で許そう。


……それはそれとして、この男尊女卑の思想はどうにかして取り除かないとね。

やっぱり、学校を建てて教育機関でそういう事を教えるべきなのかな?

元日本人としては、すべての人に平等に教育の機会を与えたいところだけれど……現状、子供どころか一部の富裕層にすら学を届けられないほど、金が無いんだよね。

学校は後回しで良いかな。


「……もし気が変わられましたら、ぜひお申し付けください」

「はいはい。そんな時は来ないだろうけど、頼りにしてるよ」


差別はいけないことだ。

だけど、それ理由に差別する人を攻撃することは、もっといけないことだ。

正しい知識を正しく伝え、理解や共感をしてもらってこそ、理想的な人間関係を築ける。

だから私は、彼等を責める気はない。

……それまでの道のりは、険しそうだね。


改めて自分が目指すものの難しさを理解し、苦笑していると一組の老夫婦がこちらへ歩いてきた。


「こんにちは。私はソフィア・エメラルドと申し―――」

「この人間の皮を被った化け物め!!」

「えっ?」

「いけません!ソフィア様!!」


頭を下げる私に対し、ご老人は杖を振り上げた。

それを見たニーナが素早い動きで間に入り、ご老人の腕を掴む。


「貴様!ソフィア様に何をする!!」


護衛の片割れ、若くない方のベテランのおっさんが、ニーナに腕を掴まれたご老人の首に槍を突きつけ、殺意のこもった怒号を上げる。


「おい!こいつを拘束しろ!」

「はっ!」


おっさんの命令に、若者の方の護衛は素早く動いてご老人を拘束しようとした。


「待ちなさい!」


しかし、それを私が制し、ニーナとおっさんに鋭い視線を向ける。


「まずは彼の言い分を聞きましょう。何か、私に非のある事を言いたいのかもしれないわ」

「ですが!」

「問題ないわ。もしもう一度このような事をするようなら、またあなた達が止めてくれるでそょう?」


ニーナとおっさんを下がらせると、腕を抑えてうずくまっているご老人に声を掛ける。


「どうして、このようなことを?」


優しく、相手を刺激しないように慎重に問いかける。

私も腰を低くし、見下ろすような体勢にならないようすると、ご老人は私を睨みつけてきた。


「悍ましい魔人の子!ワシはお前が領主だなんて認めんぞ!!」

「……それだけでしょうか?」

「そうだ!魔人は世に災いを齎す存在!生かしてはおけぬ害悪だ!!」


なるほど…つまり、魔人との混血である私が領主になったことが気に入らないと…

私にいきなり杖を振り上げた理由はそれか。


「確かに、魔人は強大な力を持つ存在です。ですが、すべての魔人がそうだというわけでは無いでしょう?400年前、かの冥王軍を退けた四大英雄の1人も魔人ですし…」

「違う!!あんなモノはデタラメだ!!」

「デタラメ…ですが、子供に聞かせる物語になる程には有名な話です。信憑性は高いと思いますが…」

「あんなもの所詮物語だ!!実際は違う!!」


う〜ん…なんというか、話にならないわね。

頭の堅い人はこれだから…

でも、それはそれだけ自分に自信のある人ということで、リーダーシップに優れている。

沢山の人をまとめることが出来る力のある存在だ。

……だからこそ、厄介なんだけど。


「…仮に魔人が悍ましい存在だったとして、私が何かしましたか?私はこの街の領主として、より良い未来を――」

「しただろう!何がより良い未来だ!!この疫病の原因はお前だ!!」

「はあ?」

「魔人のお前が俺達を苦しめるために、疫病を振りまいているに違いない!!そのせいで…!そのせいで!俺の息子は死んだんだぞ!!?」


言い掛かりも甚だしい。

というか、失礼にも程があるだろう。

ただ私が魔人との混血だってだけで、そこまで言い切るなんて……やっぱり、名誉毀損罪を早急に作るべきか?


「……息子さんがお亡くなりになられた事については、申し訳ないと思います。エメラルド家の一員でありながら、この疫病への対応が遅れた事が招いた悲劇です。二度とこのような事が起こらぬよう、努力していく所存です」

「黙れ!何が悲劇だ!何が努力するだ!!俺の息子を返せ!この化け物がぁ!!」


杖を乱暴に捨て、殴りかかろうとしてくるご老人。

それをニーナが目にも止まらぬ早業で組み伏せ、あっという間に縛り上げてしまった。


「ぐぅ!離せ!離せぇ!!!」

「黙って聞いていれば…ソフィア様への数々の無礼――――ソフィア様が寛大な御方でなければ、今この場で貴様の首を刎ねていた。ソフィア様の慈悲に感謝すると良い」

「ニーナ。そんな高圧的な態度を取っては駄目よ。それと、そんなに強く抑えつけては駄目。回復魔法を掛けるわ」


そう言って、私は拘束されたご老人に回復魔法を掛ける。

ニーナに組み伏せられ、少なからず怪我をしているはずだ。

それを治さなければ…


「ソフィア様。街の衛兵が来ました。あとは彼等に任せて、一度屋敷へお戻りください」

「そうは言ってもねぇ…」

「お気持ちは分かりますが、このような状況です。あまり派手な事はなさらないでいただきたい」

「……分かったわ」


おっさんに諭され、仕方なく屋敷へ帰ることした。

駆け付けた衛兵に状況を説明し、拷問などは絶対にしないよう言い付けると、私のことを睨み続けるご老人を引き渡し、屋敷へと戻った。






屋敷へ戻った私は、執務室の椅子に腰掛け、今日の出来事を振り返る。


「…こんな世界じゃ仕方がないとはいえ、私はあまり信用されていないようね」


マスクを広める時もそうだった。

触れないようにしてきたが、殆どの人が私に対して敬意を抱いている様子がなかった。

私の意見に従ってくれているようだけど、信用はされていない。


『女で魔人との混血』


私はため息をつき、椅子の堅い背もたれに寄りかかった。





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