第6話 マスクを広めよう!

ニーナと数人の衛兵を連れ、私はスフェーンの街へ降り立った。

馬車で街の色々な場所を回っても良かったが、生憎とうちには常に顔を見せられる場所はないので、歩いて回ることに。


「こんにちは。疫病予防にはマスクが効くそうです。外出の際は、是非マスクの着用をお願いします」


外を出歩いている民に声をかけ、マスクの着用を促す。

あまりプレッシャーを掛けないよう、フレンドリーに話し掛け、笑顔を決して絶やさない。

マスク着用を広めると同時に、私の顔を覚えさせて領主としての活動をしやすくする意味もあるからね。


「…もしや、新しい領主様か?」

「ええ。私が新しく領主に着任した、ソフィア・エメラルドよ」

「女の領主か……いや、別に領主様に文句があるって訳じゃないぞ?」

「女が領主をするのは変?そんな事無いわ。女が王として支配している国もあるんだから。おかしなことではないわよ?」

「そうなのか…?」


この世界にはまだ、男女平等の概念が無いからね。

女が領主をするのは、珍しい事だろう。

でも、女が領主をしてたっていいじゃない。

人の上に立つものとして相応しいのなら、そこに性別は関係ないはず。


「そんなことより、家にマスクとして使えそうな布はあるかしら?」

「あるにはあるが…本当に効果があるのか?」

「もちろん!マスクをするとしないとでは、疫病に罹る可能性が3倍は違うのよ!」

「え!?そ、それは本当なのか!?」


もちろん、嘘である。

前世なら、そういう統計を取っていただろうけど……私、興味無かったから見たこと無いし、見たとしても『ふ〜ん?』で済ませて覚えてるはずがない。

それっぽい事を言って、マスクを付けさせればそれで良い。


「人は咳やくしゃみで身体へ入った悪いものを追い出すわ。そして、追い出された悪いものは目には見えないけれど、周囲を漂っている。そこへ何も知らない他人が通りかかり、それを吸い込んだら?」

「その人に悪いものが入るって訳か……それを吸い込まない為に、マスクをしろと?」

「理解が早くて助かるわ。何もしないよりは、マスクで悪いものが入るのを少しでも防いだほうが、良いでしょう?」

「なるほどな……俺、ちょっといい感じの布を探してくるよ」


よし、これでマスクを付ける人が増えた。

こんな感じで広めていけば、ある程度は疫病を抑えられるはず。

次は誰に声を掛けようかとあたりを見渡していると、ニーナが前に出てきた。


「先程の話は本当なのですか?」


ニーナも、マスクをしているか否かでそれほど感染率が変わるのか、気になっていたみたい。


「知らないわよ。でも、つけないよりは良いって事は間違いないわね」

「では…先程のアレは?」

「嘘に決まってるじゃない。大体、統計を取ってないんだから、詳しい数字なんて分かるわけ無いでしょう?」

「…本当なのですか?」

「大丈夫よ。“罹りにくくなる”だけで、“罹らない”とは一言も言ってないもの」


物は言いよう。

数字は嘘だけど、罹りにくくなるのは事実だし、こうでも言わないと誰もマスクなんてつけない。

もしそれで文句を言われたら、『じゃあ、マスクをつけなかったら罰金を払わせる法律を作ります』って言って、黙らせれば良いんだもの。

『そうでもしないと、誰もマスクなんてつけないでしょ?』ってね?


「さーて、この調子で街にマスクを広めるわよ。ニーナ。あなたも手伝ってね?」

「はいはい。報酬は、ソフィア様と添い寝するということで」

「抱き枕になってくれるなら良いわよ。あと、少しでも変な動きを見せたら叩き落とすから」


ニーナがまた私のことをからかってくるが、この程度なら全く問題ない。

添い寝くらい、ニーナがしたいと言うならいつだってしてあげるよ。


そうやって、ニーナへ対応していると、護衛の1人がニーナへ食って掛かった。


「ニーナ。ソフィア様に対して失礼です」

「あら?でも、ソフィア様は許してくださっているわよ?」


……ニーナ、多分この人はその程度では納得しないよ。


「専属侍女だからといって、許される事では―――」

「気にすんなよ。ニーナがソフィア様をからかうのは、有名な話だぜ?」

「分かってます。ですが、主人に対してそんな態度を取るなど…」

「ニーナは私の専属侍女であると同時に、私の姉のような存在よ。そして、それはこれからも変わらない。姉が妹をからかう事は、そんなに変かしら?」

「それは……」


声が若いし、まだ衛兵になって時間が経ってない新人なんだろう。

そのへんの緩さをまだ理解しきれてない。

まあ、新人だから仕方ないけどね。


「ニーナの態度については、あなたが気にすることはないわ。むしろ、こうやってからかってくれた方が、私としては安心するの」

「そうなのですか?」


ニーナは最後の砦だ。

もしニーナが変わってしまったら、きっと私は泣いてしまうと思うほどにはね。


「ええ。お父様やお兄様達が死んで、『ソフィア・エメラルド』から、『スフェーンの街の領主』へ変わった。そのせいで、屋敷の人間たちの態度は、目に見えて変わってしまったの。そんな中、変わらず私をからかってくれるニーナは、大切な存在なのよ」


私がその話をすると、まあ案の定空気が重くなった。

当然だ。

家族を失ってまだ1ヶ月も経ってない。

普通の御令嬢なら、部屋に引き籠もって泣いていてもおかしくない時期に、私はこうやって領主としての仕事に励んでいる。

そんな私がこんな話をして、空気が重くならないはずがない。


「…ソフィア様。髪にゴミが付いていますよ?」

「ちょっ!?なら何故撫でるのかしら!?」

「あら、失礼しました。私の勘違いのようで――ぐふっ!?」

「もう子供じゃないの。頭を撫でるのはやめてちょうだい」


私の頭を撫でるニーナの胸に肘を突き刺し、キツめに叱っておく。

でも、おかげで重い空気が少しマシになった。

流石はニーナだ。

今夜は久しぶりに、ニーナのオモチャになってあげよう。

……『もう子供じゃないから』って、いかがわしい事してきたら、とりあえず鼻をへし折るけどね。


「さてと、改めてお願いね?ニーナ」

「はい。私の巧みな話術で、領民全員を丸め込みます」

「それは、良いことなのかしら?」

「さあ?」

「『さあ?』って……あなたねぇ――」


楽しくおしゃべりをしながら街を歩く。

こうやって、ニーナと2人で街を出歩くタイミングを作っても良いかもね。

やるなら、もっと街に活気がある時が良いけど。


そんな事をふと考え、脳内のメモ帳に記入しておく。

『お姉ちゃんとデート』なんて、洒落を聞かせて。

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