第5話 屋敷にて

豪華で立派な姿見の前に立ち、自分の姿を確認する。

明るい紫のロングヘア、ルビーよりも紅く煌めく瞳、雪のように白い肌の誰もが振り返って2度見するような、美しい少女。

もはや、そんな言葉に恥ずかしいと思うこともなくなった。

今の私は、自分の容姿に絶対の自信を持っている。

そんな私が顔の殆どを覆う布を巻き、口と鼻を隠している。


「…これなら、マスクとして機能しそうね」


私がそんな事をする理由は、民にマスクを広めるため。

マスクをするとしないとでは、やはり大きな差がある。

その事を考えれば、やはりマスクを広めて全員に付けてほしいところなので、まずは私がマスクを付けることにした。


「お似合いですよ。ソフィア様」

「ふふっ、ありがとうニーナ。改良を重ねれば、ファッションの1つとして売りに出せるかも知れないわね」

「そうですね。1000年に1度の美少女であるソフィア様が宣伝なされれば、瞬く間に世界へ広がることでしょう」

「それは言いすぎよ。というか、前よりお世辞が壮大になってないかしら?」


彼女はニーナ。

私より2つ年上で、私専属の侍女をしている、ハーフエルフだ。

もう10年近い付き合いだから、嘘やお世辞の類はすぐに気付ける。

……ただ、最近は付き合いが短くても分かるくらい、お世辞が壮大で規模が大きくなっている。

瞬く間に世界へ広まるとか…SNSでもあるまいし。


「ニーナ。あなたもなにか見繕っておきなさい。これは、あなた含めこの街の全員にしてもらうんだから」

「かしこまりました。では、ソフィア様の下着で――」

「それはやめなさい」


ニーナはこういう下ネタが好きだ。

もちろん、私以外の前でそんな一面は見せないし、専属侍女として相応しい態度で居てくれている。

しかし、いざ2人だけになるとこれ。

まあ、常にかしこまられるよりは遥かに楽だから、全然いいけど。


「はぁ…とにかく、屋敷にあるもので適当に使えそうなものを見つけてきて、私と同じようにしなさい」


私はニーナに背中を向けて、後頭部にある結び目を見せる。

掃除をする時に付けてるマスクをイメージしてもらえたら、分かりやすいかも知れない。

あんな感じのモノを、この街で広めたいのだ。


「ふむ…やはりソフィア様の下着を――」

「氷漬けにされたいの?」

「……かしこまりました。ソフィア様が昔着ていた服で我慢します」

「はぁ……もう好きにしなさい」


何故こうも私はニーナにからかわられるんだろう?

私はニーナの妹じゃないんだけどなぁ…


「ニーナ。他の侍女達にも、このマスクを付けるよう言っておいてちょうだい。私はロイドの所へ行ってくるから」

「お任せください。せっかくなので、ソフィア様の着ていた服を全員で加工して、マスクを用意しますね?」

「――あの花のワンピースを使ったら、張り倒すからね?」

「まさか!アレは私が少ないお給与で、なんとか用意したソフィア様へのプレゼントですよ?そんな事はいたしません」

「少ないお給与って……あなた、侍女の中では一番多く貰ってるじゃない。全く…ここには私しか居ないからって、そういう事してると、いつかボロが出るわよ?」


ずーっとふざけているニーナを軽く叱り、部屋を出る。

扉を閉める前に振り返ってニーナの方を向いて微笑み、手を振って私はロイドの待つ執務室へ向かった。









《ロイド視点》


扉がノックもなく開き、誰かが入ってきた。

そんな事をするのは、この屋敷には1人しか居ないだろう。


「おはようロイド。どう?似合ってるかしら?」

「……掃除でもされるのですか?」

「違うわよ!…いや、そう見えなくもないけど」


マスクを付け、掃除でもするかのような様子で入ってきた、紫の髪と赤い瞳の少女。

このスフェーンの街の現領主、ソフィア・エメラルド様だ。


「冗談ですよ。良くお似合いです、ソフィア様」

「はぁ……私、舐められてるのかしら?(ボソッ」


この反応は……ニーナになにか言われたのか?

ソフィア様は昔からニーナにからかわれる事が多かった。

小さい頃に、『同年代の侍女を与えて、遊ばせてあげたい』という先代様のご意向でニーナが選ばれ、まるで姉妹のように仲が良かった。

そして、よくソフィア様はニーナにからかわれ、イタズラをされていた。

その影響なのか、今でもニーナはソフィア様をからかっている。


「ニーナとは、今でも仲良くしているようですね」

「仲は良いわよ。以前と何も変わらない態度で接してくれるのは、ニーナだけだもの。他の者は、皆堅苦しくなってしまったわ」


当然だろう。

ソフィア様はこのスフェーンの街の領主。

以前までのような『子供』ではなくなったのだから。

しかし、ニーナはこれまでと変わらなぬ態度でソフィア様と接し、ソフィア様に寄り添っている。

おそらくは、この先もそうだろう。


「…ソフィア様の隣にいつまでも居られるのは、おそらくニーナだけです。何十年、何百年先も、ソフィア様はニーナにからかわれる事でしょう」

「それは嬉しいわね。別れは、辛いもの」


……ソフィア様は、家族を亡くした時でさえ、涙1つ流さなかった。

確かに、あの傍若無人な先代様の事を思えば、理解できなくもない。

だが、ソフィア様は母親譲りの美貌と、唯一の女児であることから、先代様からとても愛されていた。

蝶よ花よと甘やかされ、欲しい物は何でも手に入った環境で育ったにも関わらず、家族の死を前に涙1つ流さなかった。

『やはり魔人の子は魔人だ』と、我ら従者はソフィア様の事を気味悪がっている。

隠してはいるつもりだが、私も未だにソフィア様の事は気味が悪いと思っている。


「さあさあ、そんな話は置いておくとして、現実的な話をしましょう。マスクを付ければ、疫病に罹る可能性をいくらか抑えられるわ。そして、他者に疫病をうつす可能性も、大幅に下がる。だから、民にマスクを付けるよう広めたいと思っているの」

「…かしこまりました。では、そのように命じておきます」


……コレだ。

我々がソフィア様を気味悪がる理由。

ソフィア様は、誰から教わった訳でも、自分で学んだ訳でもないのに、分かったような口で正解を言い当てる。

マスクを付けるだけで、疫病に罹らなくなるなど、到底信じることは出来ないが、経験上間違ったことは言っていないのだろう。


以前、気まぐれにソフィア様がここを訪れた際、ソフィア様は当時私が頭を抱えていた問題に対する答えを、簡単に言い当ててしまったのだ。

もちろん、その当時は信じなかった。

こんな、蝶よ花よと甘やかされ育った女児に、為政のことなど分かるはずがないと。

同僚と話は合い、『子供の戯言だと』笑っていたが、時が経つにつれ、それが正しいことが明らかになっていった。


長年、それに携わった者達が、何も知らない子供に負けたのだ。


「そろそろゴルドーの街に送った者達が帰って来る頃じゃない?食糧は一時的に、屋敷近くの空っぽの倉庫に入れておきなさい。そして、総量と一人あたりどれほど配給すればよいかが分かり次第、無料で配ること。いいわね?」

「心得ております」

「それは結構。せめて、2週間は持って欲しい所だけど…はたしてどうなることやら」


…本当に、つい先日領主になったばかりの、無知な子供なのだろうか?

ソフィア様も16歳になる。

年齢上はすでに大人だが……基礎的な教育以外、何一つ学んでいない子供のようなもの。

しかも、その基礎的な教育も、我々が教えるまでもなく理解していた。

それどころか、より発展した事さえも理解している。

神からこの世の叡智を与えられ生まれたと言われれば、納得してしまうような、異様な知恵者。

それがソフィア様だ。


「…ん?私の顔になにか付いてるのかしら?」

「いえ、何もついておりませんよ。ソフィア様の美貌に、改めて見惚れていただけです」

「ふふっ、褒めても何も出ないわよ」


……満更でもなさそうだ。

こういう所は、まだまだ子供だな。

だから、ニーナにからかわれるのだろう。


「美貌ね……よし!ロイド、私は少し街を回るわ。街の現状を知るのと、マスクを広める為に、私が広告塔になるの」

「は、はぁ?」

「あなたは……忙しかったら代理を立ててくれれば良いわ。無理に着いてくる事もないし、護衛はニーナが居れば十分よ」


また街に出られるのか…

疫病に罹り、ソフィア様まで倒れられてはこの街の未来が心配になるが…この人を止めることは出来ない。

先代様ならいくらでも言いくるめられたが…ソフィア様はそうもいかない。


この人は先代様とは別方向で話が通じない。

見ている世界が違うのだろう。

ソフィア様の目には、世界はどのように写っているのか?

きっと、私には理解できぬ世界なのだろう。






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