第4話 初交渉
神殿の戸を叩き、誰かが出てくるのを待つ。
戸を叩いて少しすると、ゆっくりと開いて中から祭服を着た顔色の悪い女性が出てきた。
おそらく、この神殿の祭女だろう。
「こんにちは、祭女さん。お忙しいところ失礼ですが、少しお話よろしいでしょうか?」
「は、はい……えっと、どちら様でしょうか?」
「え?……ソフィア・エメラルドよ」
「エメっ!?し、失礼しました領主様!!ど、どうぞお入り下さい!!」
私が誰かを理解した祭女は、一気に扉を開いて私とロイドを中へ案内してくれた。
私のことが知られていなかったのは予想外だったけど、今の領主が誰なのかはこの祭女も知っていたみたいだ。
……まあ、疫病でエメラルド家は私を除いて全滅したからね。
消去法で、私が領主になるって事くらいは、誰だって分かるか。
とても慌てた様子の祭女の後に続いて神殿の中へ入ると、そこら中に人が横たわっており、その誰もが苦しそうな表情をしている。
これでもまだ治療を受けられているんだから、症状は軽くなるはずなんだけど……やっぱり、この世界ではインフルエンザは相当な脅威ね。
「えっと、こちらに神官様がいらっしゃいます。どうぞ」
「ありがとう。あなたは仕事に戻ってくれていいわよ」
神殿の奥にある神官室まで案内してもらうと、祭女には持ち場に戻ってもらった。
チラッとロイドの方を見て、念の為確認を取り、私は扉をノックする。
「どうぞ」
中から枯れた男性の声が聞こえてきた。
入室の許可を貰った私は、扉を開けて中へ入り、ベッドに横たわっている人物の元へ歩く。
「お久しぶりですね、ノイス殿」
「おぉ…これはこれはソフィア様。お久しぶりですな」
苦しそうな表情をしながらも、何とか笑顔を取り繕い、慈愛に満ち溢れたオーラを放つ、白髪の目立つ年老いた男性。
この街の神殿の責任者である、ノイス神官だ。
「ルドルフ様がお亡くなりになられ、領主の地位を継いだと聞き及んでおりますが…本日は、どのようなご要け――ゴホッ!ゴホッ!」
「ノイス殿。無理はいけません。横になってください」
無理に起き上がろうとし、激しく咳き込むノイス神官。
私はそれを静止してまた横になるよう促すと、軽く肩を押してノイス神官をベッドに戻した。
「このような状況ではありますが、ノイス殿にご協力頂きたい事があります。どうかこの神殿を、病人達を隔離する施設として使わせては貰えないでしょうか?」
「ほっほっほっ…いきなり本題に入られるとは……ソフィア様も、あまり余裕がないご様子ですな」
「領主になるなど、夢にも見ませんでしたから。わからないことだらけなのですよ」
「そうですか……それは、苦労が絶えないことでしょう」
ノイス神官は、苦しい状況なのにも関わらず、冗談を言って場の空気を和ませようとしてくれている。
人当たりの良い神官として有名であり、街の人からも信頼されている優しい神官だ。
私も少しは緊張がほぐれ、肩の力が抜けた気がする。
「さて、本題に戻りましょうか。…この神殿を、隔離施設として使用するとおっしゃられておられましたが……それにはどのような意図が?」
「簡単です。病人を一箇所――とまでは言わずとも、特定の場所に隔離し、これ以上疫病が蔓延せぬように対策するのです。また、現在の感染者数を数え、どの程度広まっているのかを具体的に調べる指標としても用います。そのためには、多くの人を収容することが出来る施設が必要なのです」
「なるほど……それで、この神殿をお選びになられたわけですな?…ふふっ、ソフィア様は変わったことをお考えになられる」
「そうでしょうか?」
「ええ。仮にここを隔離施設として使用する場合、礼拝はどうなさいますかな?」
「もちろん、接近禁止です。神殿には入ってはなりません」
そうじゃなきゃ、隔離政策をする意味がない。
これ以上感染を広めないための策なんだから、非感染者が近付いたら元も子もないんだから。
「困りましたな……疫病が収まるまでは、神殿は使えないということでしょう?これでは、我々の仕事が出来ません」
「神の教えを説くことだけが、神殿の仕事ではないでしょう?神の教えに則るのなら、疫病に苦しむ人達を助ける事は、神殿の仕事の1つでは?」
「そうとれなくも、ないですな…」
「この神殿で隔離政策を実施する際に必要なものは、こちらで用意しましょう。もちろん、寄付金も」
「……なぜ、それほどのことをされるのです?」
ノイス神官は、理解出来ないといった表情で、私にそんな事を聞いてきた。
…エメラルド家の娘である私が、民のためにそこまでする事は意外な事だったかな?
「……結局は、私のためですよ」
「ほぅ?」
「この街が豊かになれば、必然的にこの街の支配者である私の懐も豊かになる。この街の生活が良くなれば、私の生活も良くなる。この街の食事が美味しくなれば、私の食事も美味しくなる。私がこの街を良くしようと思えば、それは結果的に自分の生活を良くすることに繋がるのです。だからこそ…この疫病を抑え込み、街に新たな風を吹かせたい。そうすればきっと、いつか必ず自分に返ってきますから」
因果応報、自業自得。
自分のしてきた事は、必ず自分に返ってくるものだ。
だから、人を思う心を持ち、他者に施していれば、いつか誰かに想われ、施しを受けることが出来る。
例え打算的でも、人の為を思っての行為に、文句をつける事など出来ないのだから。
「ノイス殿。私と共に、この街を救いませんか?この街を救うには、あなたの力が必要なのです」
ノイス神官の手を握り、目をしっかりと見つめて、真剣に頼み込む。
すると、ノイス神官は慈愛に満ち溢れた笑みをこぼし、わたしの手を自分の手で包みこんだ。
「立派になられましたな、ソフィア様」
ノイス神官は、私のことを小さい頃からよく知っている。
そもそも、『ソフィア』という名前自体、ノイス神官がお父様に提案したものだ。
それくらい、私とノイス神官の繋がりは太いのだ。
だからこそ、世のため人のために必死になっている私を見て、『立派になった』と思ったんだろう。
「私は、ソフィア様にご協力いたします。この神殿で、可能な限り多くの患者を隔離するとしましょう」
「っ!!ありがとうございます!!」
私は勢いよく頭を下げ、感謝を伝える。
そんな私に、ノイス神官は優しく手を伸ばし、頭を撫でてくれた。
こうして、私はノイス神官の優しさに助けられながら、なんとか隔離施設の確保に成功した。
あとはこの事を民に伝え、感染者の隔離するだけ。
定期的に食糧を配給し、十分な病床を確保すれば、疫病をある程度は押え込めるはずだ。
これ以上広まらない事を祈り、私は隔離政策を開始した。
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