第3話 隔離政策

疫病に対する対策会議(?)をした翌日、私はロイドが隔離施設として候補に挙げていた、港の倉庫街へやって来ていた。

今更ながらの話だけど、スフェーンの街は海に面している港町だ。

海運用の貿易港も存在するぞ!

……冬だから、一隻も船は来てないけど。


「病人を一箇所に隔離するには、この倉庫街が良いでしょう。この時期は物資の流入が少ないので、どこもかしこも空です」

「確かにスペースがあって、一箇所に隔離できそうではあるけれど……こんな、潮風が直接当たるような場所で隔離したら、病人が死人に変わるわよ?」


確かに、これだけガラガラな倉庫街なら、人を隔離するには良いかもしれない。

けれど、こんな海沿いの潮風がもろに当たる場所で隔離したら、死んだり……死んだりする。

流石にこんなところには隔離できないよ。


そのことを指摘し、何故こんな場所を選んだのか訊こうとするが、ロイドは自信に満ち溢れた顔で、こう返してきた。


「それに関しては問題ありません。この倉庫街の倉庫は、どれも気密性が高いので、潮風の影響を受けません。簡易的な暖炉を用意すれば、問題ないかと」

「……扉が海側に面しているから、開くたびに強烈な冷風が入ってくるわよ。それに、こんな密室に何人も詰め込んだら気が狂いそうな上に、煙突もない気密性の高い場所で焚き火なんて…集団自殺でもしようとしてるのかしら?」

「ふむ……所詮、倉庫街ですか」


……ロイドって頭良いはずなんだけど?

こんな簡単なミスするだろうか…?

あれか?もしかして、私は試されてるのか?

だとしたら、私は馬鹿じゃないってところをしっかりと見せないと。


倉庫街を後にすると、私達は次の候補地に向かう。

そこは海からは反対の場所で、潮風はいくらかマシだ。


「ここは…集会所だったかしら?」

「はい。先代様は1度しか出向いてはおられませんが…街の重役達が集まり、話し合いをする際にはここが使用されています。それなりの広さがあり、大人数を収容できます。……まあ、流石に約2000人を収容するのは不可能ですが」


街の中心部から、少し海とは反対の方向へ行ったところにある大きな建物。

この街の集会所であり、ここで街の色々な方針を決めたり、意見を出し合ったりしている。

……まあ、お父様は1度しかここに来てないらしく、周囲の意見などガン無視していたそうだ。

見て見ぬふりをしてきた私に言えたことじゃないけど…典型的な悪徳領主だな。私のお父様。


「ここなら冬の北風も防げますし、看病もしやすいでしょう。どうですか?ソフィア様」

「そうね…とりあえず、ここは採用ね。次の候補地に行きましょう」


集会所は、しばらくは患者を隔離する施設にして、民にも近付かないよう命じておく。

あと、職員には感染対策を徹底させないと。

アルコール消毒液すら無いこの世界で、感染対策なんてマスクを付けるくらいだけど…しないよりは、遥かにマシだ。

インフルエンザは空気感染するとはいえ、マスクの効果が全く無い訳じゃないんだから。


「――ソフィア様?」

「ん?どうしたのロイド?」

「いえ、何か深く考え込んでおられる様子でしたので。集会所に何かご不満が?」

「いいえ。不満は無いわ。――ああ、そうそう。疫病が収まるまでの間は、集会所を使わず、領主邸の相談室を使うように言っておいて。あと、集会を開く際は必ず私を呼ぶようにとも」


私はお父様とは違う。

しっかりと意見を聞いて、必要なものを必ず用意できるようにしておかないと。

……まあ、それが用意出来るだけの余裕があればの話だけど。

本当に…マジで冬場の金策をどうにかしないと、疫病対策だけで予算が底を尽きる。

これを機に、何か儲けられる物はないだろうか?


「……消毒液?いや、アルコールが無いし、そもそも消毒用と飲料用は別だしなぁ」

「ソフィア様?」

「なんでもないわ。気にしないで」


インフルエンザの流行の時に売れるものと言えば、消毒液とマスクだろう。

あとは薬だ。

解熱剤とか、風邪薬とか。

もちろん、そんな先進的で近代的な医療薬品はこの世界に存在するはずもなく。

ポーションと呼ばれる魔法薬も、別に病気に効くとは言われていないし……そもそも今の患者全員に配ろうものなら、財政破綻どころの話じゃない。

それくらい高価だから、そんなモノを売った所で民が買える筈もなく…

生活必需で、民でも手が伸びる程度の価格で売れるモノかぁ……食糧とか衣類とか――あとは、この冬場なら薪かな?

私の部屋も、暖炉があって冬場はそれなりにあったかいんだよね。

あったかくて、何かそこに行きたくなるような理由がある施設を作れれば良いんだけど…


「…ゲームカフェ的な店はどうだろう?……いや、こんな時期に一箇所に人を集めて密集させたら、感染拡大の元だ。やめたほうが良い」

「ゲームカフェとは?」

「そうね……色々な娯楽を楽しみながら、飲み食いが出来るお店ね。酒や軽食を片手に、ボードゲームやカードゲームを楽しむの。仲の良いもの同士で集まってよく行きがちなのだけど…この状況でそんな事をすれば、そこから疫病が広がるわ」

「なるほど……では、建設は疫病が収束してからでしょうか?」

「そうね。1度娯楽の味を覚えさせれば、何度だって行きたくなる。使用料や飲食代でガッツリ稼ぐのもありね」


特に、ギャンブルなんていい例だ。

勝てることのほうが珍しいのに、どうしてもやめられない。

私も、前世では当たるはずのない宝くじを買いまくって、いくら無駄にした事か…


……ん?宝くじ?


「ロイド。紙をたくさん用意する事って出来る?」

「紙ですか?たくさんとは…具体的にどの程度でしょう?」

「数千枚。あるいは数万枚よ」

「それは厳しいでしょう。有力な貴族でもなければ、そう簡単に用意できる量ではありません」


流石に紙は無理か。

そこそこ生産されているとはいえ、需要は尽きないし元々それなりに高い。

買おうと思えばいくらでも買えた前世とは違う。

纏まった数を用意しようと思うと、それなりにお金がかかる。

…なら、別のモノを用意しよう。


「……紙は使い捨てだし、木の棒のほうがいいか。箸――って言ってもわかんないか。えーっと、矢と同じくらいの太さの木の棒。アレを沢山用意する事ってできる?」

「出来ますが…そんなモノを作ってどうするのです?」

「ちょっとした賭博よ。当たりのくじを引いたら、賞金が貰える賭博。その確率が異様に低いのだけれど…引ければ一攫千金。場合によってはしばらくは働かなくても遊んで暮らせるほどの金が手に入る賭博よ。面白そうじゃない?」


宝くじなら、人が密集することもないでしょう。

多くても多少列が出来るくらいだ。

その程度なら、感染拡大の温床になる可能性は低いはず。

アリだと思うんだけどね〜?


「賭博ですか……それは法的に無理でしょう。処刑されても知りませんよ?」

「運試しよ運試し。ただ棒を買ってるだけじゃない」

「ですが、それに賞金をかけるのは…」

「その横で、『たまたま』その棒を高値で買ってくれる店があるだけよ」

「……なんですか?その、見るからに怪しい店は」

「ただの、『特定の棒を高く買う店』よ。“たまたま”、隣には『色々な棒を売っている店』があるだけ」


コレが俗に言うパチンコだ。

そう。お金を払ってボールで遊び、落ちてきたボールは自分の物に出来るお店の横に、“たまたま”そのボールを『買いたい』って言う店が、“本当に偶然”あるだけ。

何かおかしい事ある?


「……なぜそのような危ない橋を渡られるのです?」

「儲かるからよ。例えば、くじが一本1ゼニーで、当たりくじは1000ゼニーの賞金があるとする。それを聞いた2000人が、1人1本くじを買いに来て、1人だけが当選したら?」

「…こちらは1000ゼニーの儲けが出ますね。ですが、1ゼニーなら、もっと多くのくじを買うでしょう」

「2000人が1人3本買って、当たりは1本だけ。その時の儲けは?」

「5000ゼニー……確かに、儲かりますが…そう上手くいきますか?6000分の1ですよ?」

「賞金を10000ゼニーにすればいいじゃない。そうしたら、一攫千金を求めてより多くのくじが売れるわよ?だって、もとは1ゼニーだもの」


年収の1000分の1。

前世だと…400万の1000分の1だから、4000円か。

……まあまあ高いな。

でも、当たれば年収の10倍の金額が貰える。

10年働いたのと同じ金額が手に入るわけだから……そう考えると、割と売れそう。

確率の事がバレなければね?


「確かに、素晴らしい方法ですが……今から用意なさるのですか?」

「まさか!万が一にも、当たりを連続で引かれようものなら、こっちが大赤字よ。これも、疫病が終わって街の財政を立て直してからね」


そもそも、売れなきゃ意味がない。

大量の棒を作った意味がなくなるんだから。

こんな苦しい時期に、初めて見るギャンブルに手を出すなんて事はしないはずだ。

やるならもっと余裕がある時。

そして、やる余裕を作るにはまずは疫病を何とかしないと。

……マシで嫌なタイミングで起こったな、疫病。


「―――さて、商売の話はここまでにしましょう。次の候補地です」

「もう着いたのね……なにかに熱中すると、時間の流れが早く感じるわ」


馬車を降りて辺りを見渡すと、この街唯一の神殿が目に入った。

……あと、嫌なニオイを放つ人の亡骸も。


「現在も病人の受け入れ先として機能している神殿を、一時的に病人専用に切り替えるというのはどうでしょう?」

「いい案だとは思うけど…神殿側はそれに納得するかしら?」

「その交渉を、これからするのです。さて、ソフィア様。お勉強の時間です」

「…マジで言ってる?」

「口調が崩れていますよ?貴族令嬢らしくっ、お淑やかに」


この男……領主になって1日しか経ってないような、経験ゼロの女にそんな大役を……

えぇ…?マジで私が交渉するの?

嘘でしょ?


「民の安寧は、あなたの交渉術にかかっています。さあ、胸を張って堂々としてください」

「ねぇ…ロイドがやってくれない?私ヤなんだけど…」

「誰かに聞かれても知りませんよ?」

「うっ!……ロイド。私にはまだ荷が重いわ。役目を変わってもらえない?」

「駄目です。覚悟を決めてください」

「んなっ!?……くっ!この事は絶対に忘れないわ」

「ええ。忘れないでくださいね?ソフィア様」


私なんかが交渉の場に立って大丈夫なんだろうか?

…いや、領主になった以上、いつかは通る道。

ここで練習できるとポジティブに考えないと。

……だとしても、なんの前触れもなく、いきなりそんな事を言ってきたロイドはやっぱり許せない。

覚えてろよ…死ぬまでこき使ってやるんだから!





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