第2話 課題

「ロイド。此度の疫病の症状はどんなものかしら?」


私は『ソフィア・エメラルド』

剣と魔法のファンタジー世界にある、『スフェーンの街』とその一帯を支配する領主です。

まあ、領主と言っても、先代のお父様が病気で死に、そのあとを継ぐはずの兄達も病気で全滅したため、私に鉢が回ってきただけ。

自らの力で、今の地位を手に入れた訳では無いのです。


そんな訳で、領主になった私ですが、最初の仕事は疫病の対応。

かなり絶望的な状況だけど、このまま放置するわけにもいかない。

まずは情報収集として、私の補佐官であるロイドに話を聞く。


「此度の疫病の症状ですが、主に高熱・悪寒・喉の痛み・筋肉痛・関節痛・咳等が挙げられます」

「なるほど……(症状だけ聞くとインフルエンザね)」

「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、独り言よ。気にしないで」


なるほどね……

症状から考えるに、インフルエンザに似た病気だろう。

確かに、今はちょうど冬の終わり頃だし、とても乾燥している。

衛生環境も良くないでしょうし…インフルエンザが流行するのも納得ね。


「とりあえず、病人はいくつかの大きな施設に隔離し、そこで食べやすい食事を与えて寝させなさい。定期的に、濡らした布を吊るせると理想的ね」

「はぁ?」

「疫病の疑いのあるものは、一旦家の一室で隔離させ、安静にさせるよう命じなさい。それで、ある程度は抑えられるはず」

「……かしこまりました」


この顔は…信用してないね?

まあ、そりゃそうか。

この世界では、まだどうして病気になるのか分かってないはずだし、衛生観念も杜撰なはず。

そんなだから、きっと街全体で衛生状態がよろしくないだろう。

まずは、そこの改善からしていくべきか…


「疫病はそれで対策させるとして…ロイド、民たちは汚染水をどう処分しているの?」

「多くの場合は、川や水路にそのまま捨てられています。そのため、川の水は汚染されているでしょう」

「なるほど…まあ、そこの対応は追ってするとして、まさか窓の外に何も考えず捨てている、なんてことはないでしょうね?」

「この街ではそういった事はありませんね。ですが、何故そのような事を聞かれるのです?それよりも、迅速に対応すべき課題があるのですが……」


う〜ん…下水道の整備は、まだまだ時間が掛かりそうだね。

そういう意識改善もしていかないと…


「そうね。疫病以外だと、何が重要かしら?」

「食糧ですね。例年と比較して、今年は比較的凶作でした。以前からスフェーンの街周辺の農村は、この地を支えられるだけの食糧を生産できていません」

「そこに凶作が追い打ちをかけてきたのね。食糧の価格は周辺の街と比べても高騰してるのかしら?」

「ええ。間違いなく」


食糧問題か…

確かに、衛生状態があーだこーだ言ってる暇はないかもしれない。

いくら衛生状態を良くしても、食べるものがなければやっていけない。

冬場は食料の値段が上がるというのに、凶作だって?

満足に食事が取れないと、免疫力低下に繋がる。

これは、領主である私が手を打つべき案件ね。


「この時期に行商人が来るとは思えないわ。こちらから買いに行ったほうが確実ね」

「他の街まで、食糧を買いに行かせるのですか?」

「ええ。幸いなことに、スフェーンの隣には農業で栄えている街があるでしょう?」

「ゴルドーの街ですね」


『ゴルドーの街』

スフェーンの街と隣接する、農業で栄えた街で、秋になるとどこまでも広がる黄金の畑が見られる。

肥沃な土地を利用して農業を発展させ、収穫した農作物を売ることで収益を得ているらしい。

あそこならきっと食糧があるはずだ。


「すぐにゴルドーの街へ派遣する人を選別して。予算は……10万ゼニーでどうかしら?」


これだけ出せば、かなりの食糧が買えるでしょう。

一般的な世帯年収の100倍だ。

領民の腹を満たすのに十分な食糧を、たっぷり買えるだろう。

……まあ、今のうちの財政的には、その10万ゼニーは相当な痛手何だけどね?


「ソフィア様…10万ゼニーなど、そう容易く用意できるものではないかと」

「そうね。でも、用意するのよ。私が大枚をはたいて大量の食糧を用意し、それを民にタダで配給すれば、この街の食糧の価格は下落するはず。財政は苦しくなるけれど、食糧の価格高騰はいくらか抑えられるのではなくて?」

「それは……ですが、そんなことをすれば商人から反感を買うことになります。ただでさえ売上が落ちる冬季に、商品の価格を下げられては、たまったものではありません」


う〜ん……

確かに、ロイドの言っていることも分かる。

前世の記憶で、私がJKだった頃飲食店でバイトをしていた。

その店は単価が高く、特に理由もなくフラッと立ち寄るような店でもなかった。

だから、秋の終わりごろになると売上が落ち、シフトをあまり入れてもらえなかったと記憶している。

夏が過ぎ、秋が中頃に差し掛かると、皆財布の紐を締めるものだ。

それは、この世界でも同じだろう。

確かに、商人から反感を買いそうだ。


「なら、この疫病に罹った者に対し、支援金を配布するというのはどうかしら?懐に余裕ができれば、少しは財布の紐も緩むはずよ」

「その支援金は何処から調達するのです?」

「骨董品を売った200万ゼニー。そこからまかないましょう。現状、この病に罹患している者は2000人。一人あたり…100ゼニーでどうかしら?」


20万ゼニーくらいなら、安く買い叩かれてもなんとなるはず。

これから患者が増える可能性を考慮しても…まあ、足りるだろうね。


「確かに、それならまかない切れるでしょうが…」

「気持ちは分かるわ。その200万ゼニーは、この街を立て直す為の貴重な資金。1銭たりとも無駄には出来ない。だけど、今この街を蝕む病魔と戦うことは、無駄な出費かしら?」

「過去にも何度も疫病は起こりましたが、春になる頃には収まっていました。もっと別のことに、力を入れるべきです」


過去の傾向から見るなら、まあそれは間違っていないのかも知れない。

だけど、前がそうだったから、今回もそうだという確証はない。

この街が抱える課題は、疫病だけじゃない。

その課題に向き合うには、民の協力は必須だ。


「前回がそうだったから、今回もそう。その考えは危険よ。いつか大きな災いを齎すわ」

「ですが!」

「ロイド!!…コレは、命令よ」

「っ!……かしこまりました」


苦しい時に手を差し伸べてくれない者に苦しい時が訪れたとき、その時手を差し伸べてくれる人はいるだろうか?

『人は城 人は石垣 人は堀』

私は疫病に苦しみ、飢えている民を見捨てたりはしない。






「―――では、私はこれで」

「ええ。期待しているわよ、ロイド」

「お任せください。必ずソフィア様の期待に答えてみせましょう」


私の決めた方針を元に、ロイドと話し合いをして細かい部分も決めた。

意外と決めなければならないところが多く、ちょっと長くなってしまったが、ロイドのおかげで何とかなった。

流石はロイド、長年補佐官をやっているだけはあるね。


「――これは独り言ですが……『優しさだけでは領主は務まらない』という事を、頭に入れておいて下さい」


ロイドは去り際に、そんな事を言って部屋から出ていった。

……呆れられたかも知れないね。

分かってるよ、甘いって事くらい。

だけど、それでも私は民を見捨てない。

民を想ってこその領主。

時には、非情な決断を下さなければならないとしても……それは、今じゃない。

今は、苦しむ民に寄り添い、その苦しみから解放する。

そのために動くことが、私のすべきことだと、私は信じている。

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