面
JEDI_tkms1984
面
うちの実家の玄関、入ってすぐの
”古き良き日本の伝統家屋”みたいな家で、まあ小さな旅館みたいなたたずまいでしたね。
お面というのはヤシの実を半分に割って、目鼻口の部分をくり抜いたようなやつです。
目と口のあたりにヒゲのようなものが伸びていて、全体的に茶色っぽいので、見ようによってはお爺さんにもお婆さんにも見えるんです。
しかも彫り方のせいか、笑っている顔に見える時もあれば、怒っている顔や悲しんでいる顔に見えることも……。
幼い頃はそれがどうも不気味でしてね。
だって家に入るなり、そのお面に見下ろされるんですよ?
ミイラみたいだな――なんて子供心に思っていました。
それに……ですね……。
矛盾するみたいですけど、そのお面、たまに生きているようにも見えるんですよね。
茶色の表面が生きている人間の皮膚みたいに感じることもあって――。
祖父に訊いたら、先祖代々受け継いだ品だというんです。
大事にしているらしくて、「こわいから外して」とも言い出せなくて。
だから子どもの頃はできるだけその面を見ないようにしていました。
小学3年生の頃のお話です。
ある日、学校から帰った私はたまたまお面を見上げてしまったんです。
その頃はたしか冬だったので、日も沈みかけてたんですね。
だから玄関も電気をつけないと薄暗くて。
照明のスイッチはすぐ横の壁にあったんですが……私、見る気はなかったのに押す時に見ちゃったんですよ。
そうしたらそのお面、青白く光ってたんです。
全体がというより目と口の穴の部分が光っているような感じでした。
そのあとすぐに電気が点いて、お面は元の茶色に戻りました。
こわくなった私は慌てて居間に駆け込んで、母に泣きすがりました。
でも信じてはもらえず、
「じゃあ一緒に見に行きましょう」
と言って泣きわめく私を玄関まで引っ張っていったんです。
「ほら、何もないじゃないの。どうせ何かと見間違えたんでしょ」
と母は取り合ってくれませんでした。
その日の夜、父や祖父母にも訴えましたが結局、誰も信じてくれませんでした。
それどころか祖父には、
「あの面は我が家の守り神みたいなものだ。大切にしないと罰が当たるぞ」
とまで言われる始末です。
どうやら家族もそう考えているようで、私の言い分を聞いてくれないのも守り神だと思っているからなんですよね。
あ、これは何を言ってもダメだ。
なかば諦めていた私は、あれは自分の勘違いだと思うことにしました。
それから一週間後くらいだったと思います。
祖母が亡くなりました。
入浴中に発作を起こしての溺死です。
祖母は特に優しかったので、私はわんわん泣き続けました。
葬儀の時もずっと泣いていたことを今でも覚えています。
それでもお別れはしなくちゃいけないと、最期に祖母の顔を見た時――。
ゾッとしました。
青白い顔が、あの時に見たお面にそっくりだったんです。
まぶたも口も閉じてましたけど、まるで青白い光が顔の内側から照らされているようでした。
正直、祖母には申し訳ないですけどその時は”悲しい”とか”かわいそう”よりも、”気味が悪い”という感覚のほうが強かったですね……。
人は死ぬとこんな顔になるんだ……なんて不謹慎なことも思ったものです。
その後、しばらくは何もなかったのですが、私が中学に上がった頃にまた異変が起こりました。
部活で帰りが遅くなって、その日は夜七時過ぎに学校を出たんです。
実家の周り、街灯が少なくて各家庭の窓から漏れる明かりが帰り道の目印になるんですよ。
まあ、毎日往復している道だからそんなの無くても家には帰れるんですけどね。
家の電気って普通、白かオレンジじゃないですか?
でもその日、実家の玄関から漏れている明かりは真っ赤だったんです。
気味悪いですよ。
だって赤い光って救急車とかの回転灯もそうですけど、どんなに強くてもどこか暗い色合いじゃないですか。
なのに玄関の光は本当にきれいな赤色で、アクリル絵の具で塗ったみたいに鮮やかだったんです。
まさか私が学校に行っている間に照明を変えた、なんてことはないでしょうからとにかく不気味で……。
おそるおそる家に近づいてみると、他の部屋の明かりは白なんですよ。
玄関だけが赤くて。
いよいよ何かあるんじゃないかと思って、そっと玄関扉を開けて覗いてみたんです――。
すると例のお面が赤く光ってたんです。
前と同じように目と口の中から光が放たれているようでした。
瞬間的に私、何か良くないことが起こるって思いました。
祖母のことを思い出したのもありますけど、赤色って警告色ですから。
私、ポケットからスマホを取り出しました。
とにかくこの状況を写真に収めておこうと思ったんです。
シャッターを押すとフラッシュが焚かれて、その瞬間、お面の赤い光はパッと消えてしまいました。
それから居間にいる家族に写真をつきつけて、さっき見たことを話しました。
不思議なことに家族全員、誰も玄関の異変に気付いてなかったんです。
「ほら、これだよ! 赤く光ってるでしょ」って写真を見せました。
ところが写真に写っているお面は光っていなくて、元の茶色に戻っていたんです。
唯一の証拠がなくなってしまったので、半分は諦めていました。
どうせまた信じてもらえないだろうなって。
でも父と母は今度は私の話を聞いてくれました。
ふたりとも祖母の死と青白いお面のことがあったから、もしかしたらと考えたのかもしれません。
気持ち悪いからはずそうと私が提案すると、両親もそうしたほうがいいのかも、みたいな感じになって。
でも祖父だけは頑として信じてくれませんでした。
「そんなバカなことがあるか。何かの見間違いだろう」
という具合で聞こうともしないんですよ。
「あれは我が家の守り神だ。あの面のおかげでこの家は安泰なんだ。だから絶対にはずすな」
の一点張りで。
結局、祖父の意向でお面はそのままということになりました。
うち、古い体質で”祖父の意見は絶対!” みたいなところがあったので。
両親もこわがる私に、我慢してくれ、と言うしかなかったみたいですね。
家が全焼したのは、その一週間後くらいでしたね。
祖父の寝たばこが原因です。
古い家だからよく燃えるんですよね。
気が付いた時には火の手はかなり広がっていて、私と両親はどうにか逃げ出せましたが、奥の部屋で寝ていて祖父は残念ながら……。
消火の甲斐なく何もかも燃えてしまいましたが、なぜかあのお面だけは無傷で残ってたんです。
柱の一本さえ焼失したのに、ですよ?
両親は呪いだ祟りだと言って、祖父とのお別れそっちのけで神社に持っていきました。
父はすぐにでも捨てたかったようですが、粗末に扱うとさらに災いが降りかかりそうで……。
ところが神主さんが言うには、このお面は災いを招くたぐいのものではないそうなんです。
なのでお祓いの必要はない、大切に持っておいたほうがいいって。
おかしな話ですよね。
お面が光るたびに家族が亡くなって、火事まで起こったのに。
父は神主さんの言葉に怒って、お面を捨ててしまいました。
「この面のせいで我が家はたいへんなことになったんだ!」って。
まあ、そうなりますよね。
でもね、私、そのお面をこっそり拾って持って帰ったんです。
気持ち悪いっていうのは今でもあります。
ミイラみたいな見た目は変わりませんから。
だけどやっぱりゴミみたいに捨てるのは後味が悪いじゃないですか。
大火事の中で唯一残ったお面を捨てていいものか、って。
それにね、今はこうも考えるんです。
お面は本当に家の守り神で、青白く光ったり赤く光ったりしたのは、私たちへの警告だったんじゃないか――って。
青白い光は水に注意しろという意味で、赤い光は火に注意しろという意味だったんじゃないかと。
私が勝手に思ってるだけなんですけどね。
祖父もお面を守り神だと信じていたのなら、同じように私の言うことも信じてくれてたら……なんて考えてしまうんですよね。
でも仮に警告なのだとしたら、どうしてあのお面は私にだけ伝えようとしたのか……。
どうせなら家族全員に光っているところを見せればよかったのに、と思いますね。
結局、守り神なのか災いをもたらすものなのか……分からないままなんですよね。
神主さんの言葉を信じるなら悪いものではないらしいですけど。
あ、ちなみにそのお面、今は私の家にあるんですよ。
さすがにこわくて引っ越してきたときの箱に入れたままなんですけど。
こわいっていうのは、見た目もまあそうなんですけど、もし箱から出して光ったらどうしようかと。
警告だとしたらむしろ光ってくれなきゃ困るんですけどね。
もしかしたら今も箱の中で光ってるかもしれませんね……。
いつか……気が向いたら箱から出してみようと思います。
終
面 JEDI_tkms1984 @JEDI_tkms1984
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます