第5話 真相

◆◇


「羽鳥さん、悪いけどもう一度だけ俺に時間くれないかな」


俺が再び羽鳥蘭に声をかけたのは、早川から羽鳥の手紙を受け取った翌日だった。本当は先生の言うことなど聞かずにスルーしてしまうこともできた。でも、偶然にも新から羽鳥蘭の調査を頼まれて実行していた俺が、こんなところで手を引くのは後味が悪いと思ってしまった。それに、早川が俺に伝えてきた事実を、彼女に確かめなければ俺の気が治らないという、ひどく独善的な理由もあった。


「……」


羽鳥は最初、俺の言葉に耳を傾けようとしなかった。きっと、前回失敗してしまったことが頭をよぎったんだろう。気持ちはとてもよく分かる。だが俺は引き下がらずにこう続けた。


「手紙を、預かってるんだ」


その一言に、ビクッと身体を震わせる彼女。よし。彼女の心に巣食っている悩みの種は、あの手紙だという確信が持てた。


俺は生唾を飲み込んで、彼女の返事を待った。そして、しばらくすると彼女はとうとう「どこで話す?」と聞いてきたのだ。


「放課後、この間と同じ特別教室で」


「……分かった」


ようやくアポを取ることにした成功した俺は心の中でガッツポーズをとった。



まだ夕暮れというには早い時間だが、最近日が短くなっているのか、西日が教室に差し込む時間が早くなっている。西向きの特別教室は、橙色の光に包まれていた。


「手紙、返してくれる?」


特別教室で再び俺と対峙した彼女は開口一番にそう聞いてきた。


「ああ。でも少し、俺の話を聞いてほしいんだ」


「話?」


「そう。俺の探偵ごっこを締めくくる、茶番劇を」


場違いな俺の言葉に羽鳥蘭は首を捻る。反応はイマイチだが、まあいい。これは俺と新の、男のロマンが詰まった演出に過ぎないのだから。


「1ヶ月くらい前か、きみの様子がおかしいというのはクラスメイト全員が気づいていた。授業中、特に数学の授業の時、決まっておどおどしたりミスをしたりを繰り返す。朝はきょろきょろと職員室のほうを眺めている。落ち着きがない。俺たちの知っている羽鳥蘭は、もっと冷静でしなやかな人間だった」


突然始まった俺の話に、羽鳥蘭はびっくりまなこを開いたままじっと耳を傾けている。

「きみ」などという気障な二人称を使いつつ、教室の中をうろうろと歩き回る俺は古典的な探偵小説の読み過ぎかもしれない。


「新に頼まれてきみのことを少しだけ観察させてもらったんだ。でも結局、どうしてきみが突然、挙動不審になってしまったのか分からずに時間だけが経って。きみと話をした時も、気を悪くさせてしまったかもしれない。勝手なことして悪かった」


「いえ……」


羽鳥蘭の表情が次第に溶けて、切ないような、寂しいような複雑な感情が顔に滲み出ていた。


「それでやっぱり分からないからもう諦めようとしたんだけど、昨日早川から呼び出されてこれを渡された」


俺は鞄の中に忍ばせておいた「せいしろうさんへ」という手紙を取り出し、彼女に差し出した。彼女はそれを受け取ることはせず、目を大きく見開いて見つめた。


「数学のノートに挟まってたんだって。最初早川は、自意識過剰だがラブレターだと思い込んで開けてしまったそうだ。なにせ、宛名が「せいしろうさん」だったからな。知ってるだろ。早川の下の名前。で、開いてびっくり。自分へラブレターだと思っていたそれは、全然自分とは無関係な内容だった。この手紙、本当は別の人に贈る予定だったんだよな」


羽鳥蘭は俺の問いに、こっくりと頷く。そして、ずっと塞いでいた口をそっと開いた。


「……ええ。この手紙は私の祖父に書いたものなの。最近ずっと体調が悪くて、ボケも始まってて。だから、少しでも元気を出してほしくてサプライズのつもりで書いた。でもそれがある日突然なくなっていることに気づいて。思い返してみたら数学の課題を済ませたあとに書いたものだったから、数学のノートに挟まったまま提出してしまったんだって思い至ったの。その時早川先生の下の名前が、祖父と同じだってことにも気づいて焦ったわ。あんな、小学生みたいな平仮名だらけの手紙、誰かに見つかって読まれでもしたら恥ずかしくて。おじいちゃん、漢字を忘れてるから平仮名ばっかりになっちゃって。早川先生に見られたんじゃないかって、ずっとドキドキして眠れなくて……」


そうか。だからここ最近、ずっと気が気でないという様子で過ごしていたのか。


「なるほど。そういう事情だったんだな。おじいさんって、例の地主だっていう?」


「ええ。私、おじいちゃんっこだから、おじいちゃんにはずっと元気でいてほしいって思って」


「そっか。すごい、おじいちゃん想いなんだな。そういうの、すごいと思う」


羽鳥蘭の横顔が、夕陽で朱く染まっていく。その横顔が、あまりに美しくて教室で二人きりでいることが後ろめたく感じられるほどだった。


俺は彼女のまっさらな心の声を聞いて、手紙を彼女の手に握らせた。彼女は驚いて、俺をじっと見つめる。


「あ、いやごめん。そういうつもりではなくて」


勝手に彼女の手に触れてしまったことを謝り、教室からさっと出ようとした。


「美山くんありがとう」


振り返ると手紙を胸の前でぎゅっと抱きしめる彼女が、繊細そうな瞳をきゅっと細めていた。夕暮れに佇むこんな彼女を見れば、彼女のことを好きになった新の気持ちが、少しだけ分かる気がした。



後日、新にケーキを奢ってもらいつつ、羽鳥蘭の真相を告げると「なーんだ」とほっとしていた。羽鳥が早川のことを好きではないと分かったのが相当嬉しかったようだ。


「俺にもチャンスがあるってことかー。圭一でかした!」


調子のいい新は、自分のケーキの上に乗ったフルーツまで俺の皿に乗せてくれた。


「まあでも、俺にもそのチャンス、あるってことだから」


さらりとそう言う俺の目を見て、瞳を刃のように尖らせた新と、この後30分ほどケーキの奪い合いをしたのは、また別の話だ。


【終わり】

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深層の令嬢の真相 葉方萌生 @moeri_185515

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