第4話 お呼び出し

◆◇


あの日以降、羽鳥蘭は俺と絶対に目を合わせないようにして過ごしている。相変わらず挙動不審な様子は変わらない。そりゃそうだろう。自分と担任の秘密を知られてしまったのだから。彼女からすれば、いくら俺が秘密は守ると宣言したからと言って、そんな口約束をきちんと守ってくれるか分からなくて不安だろう。ここ数日、俺も羽鳥も身を縮こませて生活していた。



事態が急転したのは、羽鳥蘭の調査を打ち切っていつもの日常に戻り、二週間ほどが経過した頃だった。

本格的な木枯しが中庭の落ち葉をひゅるるっと巻き上げ、教室では生徒たちの制服が黒一色に染まり出したタイミングに、俺は担任の早川に呼び出された。俺は数学の教科担当で、数学の宿題を集めて提出したりプリントを配ったりする際には、早川の雑用係として働いていた。だからこの日も、また何か配布物の類で呼ばれたのだろうと思った。


放課後に職員室へ赴くと、コーヒーの匂いが立ち込めていて、喫茶店にでも訪れた気分だった。早川のデスクに顔を出すと、案の定彼はコーヒーカップを手に「よう」と片手を上げた。


「何の用でしょうか」


放課後なので、できれば早く家に帰りたい俺は、煽るようにして早川に用件を聞いた。

彼は俺が急いでいることを察してくれたのか、コホン、と咳払いを一つしてこう切り出した。


「実はちょっと頼みたいことがあってな。これなんだが」


早川はデスクの引き出しから、一枚の封筒を取り出す。薄桃色のシンプルな四角い封筒で、手紙だということはすぐに分かった。角のほうに、小さく「せいしろうさんへ」という宛名が書かれている。


「この間数学のノートを集めた時に、羽鳥のノートに挟まってたんだよ。それでその……」


「読んだんですね」


「そうだ。だってここに、俺の名前が書いてあるだろ? まさかとは思ったよ。でも、もし“そういう手紙”なら、勇気を出して書いてくれたものを、読まずに捨てるのは申し訳ないと思って」


「はあ。それで俺に何をしろと?」


早川の言い分は分かる。確かに、自分の教科のノートに自分の名前が書かれた手紙が挟まっていたら、それはもう彼の予想した内容の手紙だと思うだろう。俺が早川でも、読んでいたと思う。

でも、なぜそんなことを早川は俺に教えてくるのか。もしこの手紙が羽鳥からのラブレターなのだとすれば、部外者に伝える必要はない。一体彼は何を考えている?


「この手紙を、羽鳥に返してほしいんだ」


「返す?」


早川は再びコーヒーに口をつけると、「ああ」と頷いた。

もらった手紙を返すなんて、贈り主が可哀想ではないか。彼女のことを断るにしろ、自分から言うべきじゃないか。いちクラスメイトの俺に、なんたる役目を押し付けるのだ。

俺はそろそろ早川に文句を言ってやろうと意気込んだが、彼が「それがな」と話を続けたので俺は口をつぐんだ。


「実は——」

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