第3話 聞き取り調査

◆◇



「えっと、私に何の用でしょうか、美山みやまくん」


窓から吹きつけてくる秋風が彼女の髪の毛を揺らし、彼女が右手で髪の毛を耳にかけた。白い頬や耳が露わになって、俺は目のやり場に困ってしまう。見てはいけないものではないはずなのに、あの深層の令嬢と呼ばれている羽鳥蘭の白い肌は艶かしく、同級生のそれとは全然違って見えた。


新とピロティで話してから3日が経過していた。ここ3日間、彼女に話しかけるタイミングをずっと窺っていた。彼女は常に一人でいることが多いのだが、話しかけてはいけない神聖なオーラのようなものを放っており、ただ声をかけるだけでこんなにも気力と体力を使うなんて思ってもみなかった。


放課後、誰も使っていない特別教室の鍵を借りて、彼女とそこで話をすることにした。鍵は、「テスト勉強をしたいので」と適当に嘘をついたら担任の早川が貸してくれたものだ。羽鳥蘭には断られるかと思ったが、声をかけると案外素直に応じてくれた。クラスメイトの誰も彼女に話しかけているところなんて見たことがなかったので、こうして二人きりになった今、俺の心臓は破裂しそうなほど激しく音を立てていた。


「ちょっと聞きたいことがあって。単刀直入すぎて悪いけど、最近羽鳥さんの様子が変だって噂が流れてるんだ。なんかさ、俺の友達がその理由を知りたがってて。決してクラスメイトのみんなに話すわけじゃないから、もしよければ教えて欲しいんだ」


おお。俺にしては理路整然と、簡潔に伝えたいことを伝えることができた。

俺の質問を聞いた彼女は、目を大きく見開き、分かりやすいほど動揺していた。なんだ、やっぱり他人には聞かれたくないことだったのか。それなら申し訳ないな。やっぱり大丈夫、と引き下がろうとしたのだが。


彼女は結んでいた口をそっと開き、蚊の鳴くように呟いた。


「せいしろうさんの……」


「え?」


せいしろうさん?

それって誰のことだ、と聞こうとしたところで、俺はぴんときた。

担任だ。担任の早川の下の名前は確か、「清四郎」のはず。でも、なぜ彼女は早川のことを下の名前で呼んだのだろうか。俺が首を傾げていると、彼女ははっとした様子で口元に手を当てていた。まるで、話してはいけないことを口にしてしまった時のようだ。いや実際そうなんだろう。彼女は俺の前で、早川のことを「清四郎さん」なんて呼ぶつもりはなかったんだ。それが、いつもの癖で出てしまった、という感じで口を噤んでいる。


「ごめんなさいっ!」


この場の空気に耐えきれなくなったのか、彼女は一心不乱に特別教室から飛び出して行った。


「おい、ちょ!」


俺としてはもう少し詳しい話が聞きたかったので、慌てて彼女を呼び止める。

しかし、彼女の逃げ足は早く、俺が教室の入り口から顔を出した時には、廊下の向こうに彼女の長いさらさらの黒髪が靡いて消えていくのが見えた。


「まじかよ……」


なすすべもなくその場に立ち尽くす俺。

新になんて報告しよう。いやその前に、彼女が「清四郎さん」と呟いたことを、新であろうが誰かに伝えてもいいのだろうかと疑問が渦巻く。ああ、深入りするんじゃなかった。新よ、俺はとんでもないことを知ってしまったようだ。お前に伝えるには荷が重い。どうか許してくれ——と脳内で遺書まで書き始めたところで、俺の頭はフリーズした。


とにかく、今は羽鳥蘭にこれ以上事情を聞くことはできない。

これ以上の調査は諦めるしかないのかも。

俺は新へのお詫びの品に、200円のアイスよりも高いものを考え始めていた。



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