第2話 恋……?



そして放課後、俺は新に英語と数学の宿題を押し付けた。


「ぐえっ。自分の分もあるんだぞ!?」


「同じ課題だからいいだろ。あ、でもまったく同じ解答はやめろよ。お前の方を少し間違えるか、別の解法で解くかのどっちかにしてくれ」


泣きべそをかきそうになっている新だが、羽鳥蘭の謎を解き明かすのにこれだけの代償で済んだのだから、勘弁してほしい。


「まじかよぉ。俺、そんなに頭回らないんだけどぉ」


「そこをどうにかするのが男だろ。それより、羽鳥蘭の真相を解き明かすって言ったって、何から始めればいいんだ?」


「うーん、そうだね。とりあえず、彼女の行動パターンを観察して書き出してみるとか」


「なるほどな」


新にしてはまともなことを言う。俺は彼の言う通り、翌日から一週間、彼女の行動をチェックすることにした。



まず、朝学校に来た羽鳥蘭は、やはり教室の中をぐるぐると歩き回る。途中、教室の窓を開けて外を眺めているのか、5分ほどぼうっとしていることが多い。コの字型になっている校舎の二階がうちのクラスの教室だが、窓の向こうにはちょうど職員室が位置している。職員室の窓が開いていれば、先生の顔が見える。朝ならば目を凝らすと、先生がコーヒーを淹れて飲んでいるところまで視界に入ってくる。

羽鳥蘭は、職員室を見ているのか、はたまた単に外の風に当たりたいのか分からないが、ここ一週間ルーティンのように朝は窓の外を眺めていた。


さらに観察を続けると、興味深い結果が見えてきた。

普段は完璧少女の羽鳥蘭は、どの授業においてもここ数日ぼうっとしており、先生に当てられるとミスをする、ということを連発していた。だが、それが最も顕著だった授業がある。数学の授業だ。


「数学といえば、担任の授業だな」


「そうだ。早川の授業の時だけ、彼女の心拍数がたぶん、通常の二倍ほどに跳ね上がっている」


一週間の調査を終えた俺は、自動販売機で新に奢らせたコーラを片手に、ピロティに座り込んで彼に報告をしていた。ちなみに新はメロンソーダを飲んでいる。


「心拍数って、圭一、そんなことまで分かるの?」


「……いや。これはあくまで推論だ」


「なんだよそれ! 客観性に欠けるな」


コーラを奢らされた新は機嫌が悪いのか、ペッと唾でも吐き出しそうな勢いで顔を歪めた。


「でもあながち間違いってわけでもなさそうだぜ。彼女、数学の時だけ明らかにテンパってる。もはや、早川に恋でもしてんじゃないかって疑ってるくらいだ」


「は……恋?」


今度はびくっと肩を揺らし、口に運びかけていたメロンソーダを持つ手を止めた。なんだ、そんなに驚くことなのか。


「まあこれは完全に想像だけどな。それぐらい、ミスはするし忘れ物はするし、“うわの空”状態だ。あの完璧でクールな羽鳥からは程遠く感じるな」


「それは俺も感じてたよ……でも、恋なんて……」


だめだ。新は羽鳥蘭が早川に恋をしているという仮説を完全に信じ切っていて、これ以上何を言っても聞く耳を持ちそうにない。


「お前が羽鳥蘭のことを調べてほしいって言ってきたのって、もしかして……」


俺の目を見て「ああああああ」と訳の分からない雄叫びを上げる新。そうか。そういうことか。まあいいと思うぞ。ライバルは数えきれないほどいるだろうがな。


「とにかく今度は本人に聞いてみるよ」


「本人!? 圭一、なかなかやるなあっ」


「まあね」


実のところ、この妙ちくりんな探偵ごっこが楽しくなっていた。高校生活なんて、部活をしていない俺にとって、ただ惰性で過ぎていく青春の一ページにすぎない。

そんな灰色の高校生活も嫌いではなかったが、たまにはこういう、いわゆる“青春”的な活動をしてもよろしかろう、と心の神様が俺に囁いたのだ。

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