失った恋と滲む街灯
セツナ
「失った恋と滲む街灯」
「別れよう」
最初に言ったのは私の方だ。
思い返せばいつも、ケンカになる度に別れを切り出すのは私の方だった。
あなたはその度に悲しそうな顔で「嫌だよ」と言うのだ。
だから、今回もそうなると思ってた。
甘えていたのだ。
あなたの優しさに、2人の絆に。自分の身勝手さから目を背けたまま。
「分かったよ」
あなたは、いつものように悲しそうな顔をして、それでも別れを選んだ。
きっと、もう疲れたんだろう。
いつからか、私達の関係は不協和音のようにずれてきた。
そのズレを正そうとお互いに合わせようとする度に気持ちは裏返り、不協和音は酷くなっていく。
付き合ったばかりの時は心が近付く度に胸が高まり、綺麗な音を弾ませていたと言うのに。
合わないリズムと上手くいかないもどかしさを抱えながらも、それでも好きだったから、一緒にいた。
あなたも私を好きだと信じたくて試すように切り出していた別れ話に、ちゃんと別れがついてきただけ。
それは、あなたを試すために別れ話を続けてきた代償だろう。
あなたを見ると寂しそうな顔のまま私を見つめている。
ごめん、とか。やっぱり嫌だ、とか。素直に言えれば良かったのに、その想いは口から出てはくれなかった。
代わりに唇から漏れ出したのは
「ごめんね」
という言葉だった。
***
別れて、離れて、背を向けて歩き出して。
見上げた空は陽が沈んだ後の、けれどまだほんのり明るさの残る空だった。
去年の今頃、ちょうど同じ場所をあなたと歩いた事を思い出す。
「寒いね」
なんて言い合って、冷たい指先を絡め、歩いたこの道。
2人でいれば寒さなんてどうでも良かった。
あなたと一緒なら、どんなに辛くても大丈夫だと信じていた。
そっと後ろを振り返る。
もしかしたら、振り返ったあなたと目が合うかもなんて、映画みたいな奇跡を信じて。
けれど、その景色の中にあなたは居ない。
ふいに視界が涙で滲んだ。
あぁ、もう本当に終わってしまったのだ。
あなたと一緒に帰った道も、些細な事で喧嘩した事も、仲直りだねって手を繋いだ事も。
全部もう終わってしまったんだ。
涙が次々と溢れてくる。
好きだった、どうしようもなく好きだった。この人しかいないと思った。けれど手放してしまった。
あなたの笑い声が好きだった、笑った顔も仕草もふざけた言葉も、真剣な顔も。いつも私のことを気にかけてくれた。私を愛してくれていた。
「ごめんね」
もう一度、呟いた言葉はもうあなたには届かない。
辺りはもう夜で包まれていて、道を照らす街灯はぼんやりとした灯りを滲ませていた。きっと私は今酷い顔をしているだろう、と頭の隅で思いつつ繋ぐ相手のいなくなった右手をポケットに入れる。
どんなに辛くても、歩き出さなきゃいけない。
その先に共に歩くあなたは居なくとも、辛くても悲しくてもこの道を行かねばならない。
私があなたの幸せを望むように、きっとあなたも私の不幸せなんて望んでないと分かるから。
ポケットの中で握った指に、指輪の感触を感じる。
しばらくは捨てられない思い出の形を噛み締めながら、私は歩き出す。
あなたの居ない、未来に向かって。
-END-
失った恋と滲む街灯 セツナ @setuna30
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