They play no part in the architecture of the universe

未来が「きこえる」ならば「彼」は、その最期に何を「きいた」のだろうか。


暗闇に落ちた空間で、美しい木が枝葉を鍵盤に伸ばし、音を奏でている。


この世界にいたはずの「作曲家」様が音響監修した映画館。録画された時間が違う、彼に関する2つの映像。


だが「彼」は、あまりにも「異なっていた」。


時間差は4年、1500日も経っていない。にも関わらず、美しい木は「枯葉剤」を撒かれたかのように、枯れていた。


まだ若い「彼」が紡ぎ出すは「人が作り出す音と自然が奏でる音の混成実験」。選ばれた観客がギミックで埋め尽くされた「彼」とその「音」を、興味深そうに、退屈そうに見つめている。


様々な「道具」を操る大きく力強い「手」は、そこにあるのが当然であるかのように導かれ、天井に映し出される「映像」に合わせて動いている。この映像の「彼」は万感の拍手の中、威風堂々と立ち去った。


「彼」がこの世界から失われる直前に、何度かに分けて撮影された「老いた彼」。


それはあまりに、残酷な美しさだった。


モノクロームに映し出される「彼」。力強い「手」は血管が浮き、痩せ細り、音で遊ぶ余裕もない。


「彼」自身も枯れ果てる直前としかいえない映像。だが、まるで鍵盤の方が「彼」に寄り添うかのように「音」が紡がれていく。


生命の美しさ、最期の輝き


技巧やギミック、アプローチなどは若い「彼」の映像の方が素晴らしい。だが、記録された圧倒的な美しさが誘発する「動揺」。


生前「彼」はこの映画館に対してメッセージを贈っている。


「曇りのない音」だと。


実際にその言葉を話す映像も上映された。


だが、少なくともこの「映画」について、それは違った。


誰かが、泣いている。


偉大なる「作曲家」の死を悼む「音」が「ノイズ」となってしまった。


モノクロームで映し出される「彼の耳」は影になり、黒く染まって見える。


ひび割れた枯れ木の年輪が浮かぶ「指」に鍵盤が絡みつく。弾いて欲しいとせがむように。


「記録」が映し出す「もういない誰か」


記録の最期、静かに立ち去った「彼」


残された「ピアノ」と「楽譜」


requiescat in pace


足音だけが、響いていた。

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The Nature of the Physical World ~音についての書評~ Coppélia @Coppelia_power_key

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