第2話:銭湯受付

 銭湯に着き入り口の暖簾をくぐると、正面には番頭らしき小柄なお婆ちゃんがちょこんと椅子に座っていた。


「いらっしゃい」

「あの、チラシについてるクーポンを持ってくとお風呂に無料で入れるって聞いて来たんですけど」


 切り取った命綱もといチラシの無料クーポンを差し出す。


「はいはい入れるよ。どうもありがとねぇ」


 クーポンを受け取ってにっこりお婆ちゃんが笑う。


「お店、素敵な装飾ですね」

 拓巳が言うと、「おやありがとねぇ」と再びお礼を返された。

 地図通り来た銭湯はこぢんまりしてて年期が入っているのは一目瞭然だった。

しかし、店の中は洗練されていてとてもきらびやかで驚かされた。


「いつもはこんなキラキラしとらんのよ」

「そうなんですか?」

「ほら、開店して100周年だから。はりきって店内も限定版に変えてみたの」

「へえ~」


 改めて周りを見渡してみる。


 壁にはモールやガーランドが飾られ、時計や棚、柱などにもキラキラ装飾が施されている。

 しかしよく見ると、飾りのモチーフは黒猫やコウモリ、十字架に棺桶、カボチャなど、どことなくゴシック風味のモチーフが多い。あと全体的にオレンジ色や紫色の配色だ。

 拓巳の表情を見て察したのかお婆ちゃんが言った。


「うちの銭湯の開店時期が10月の下旬でね、ハロウィンっていうんだっけ。それの時期と同時期だから飾りつけにも便乗してみたの」

「ああ、ハロウィン。そういえばそんな時期でしたね」

「昔はそんなのなかったのに、今は面白い時代になったわねぇ」

 言われてみればハロウィンが騒がれるようになったのはここ最近だ。

 スーパーやコンビニでもお菓子の限定味が出てるのを見ると、イベントに疎い自分でもちょっとわくわくする。


「しかしチラシのクーポン持ってきた人には全員無料なんて凄いですね」

「100周年だから気前よくね。チラシを配る範囲も広くしたし、たくさんの方がここを知って楽しんでくれればいいと思ったんよ」

「なるほど」


 実際自分もチラシが入ってくるまでこんなところに銭湯があるなんて知らなかった。

 広告の力はデカいな。


「ごゆっくり~」


 うきうきした気分で廊下を歩く。

 自動販売機のジュースの種類を横目で見つつ奥の方にあるゲームコーナーのクレーンゲームの景品を見る。銭湯に来たのになんだか旅行みたいで楽しい。


「さあ~風呂でさっぱりするぞ~!」


 拓巳は浴場を目指した。



###



 脱衣場にたどり着き、そそくさと服を脱ぐ。

 一日ぶりの風呂がとてつもなく恋しかった。

 受付で渡されたタオルを持っていざ浴場への扉を開ける。


「うおー広い!」


 こぢんまりした銭湯の外観とは正反対に浴場はとても広々としていた。

 浴槽はプールのように広く後ろの壁には壁一面に大きな山の絵が描かれている。

 銭湯には風景画が描かれているっていうけれど、迫力が凄い。

 浴槽に今すぐ飛び込みたい衝動に駆られるも、まずは身体を洗わなくてはならない。


「洗い場も広い」

 一通り感動して拓巳はわしゃわしゃと髪を洗い始める。


 泡をシャワーで流していると、



「あのーすみません。シャンプー貸してもらえますか。こっちのなくなっちゃったみたいで」



 右隣から声がした。


 どうやら自分の隣で誰か洗ってるらしい。


「あ、どうぞ。俺もう使わないんで」

「どうもどうも」


 渡そうと隣の相手の顔を見て驚愕した。


「この身体だとシャンプー足りなくてね~」

 相手は顔も身体も全身毛だらけだった。

 白いモジャモジャのような人間(?)が自分の隣で身体をわしゃわしゃと洗っていた。


(あれ何!? 雪男……? イエティ!?)


 自分の隣で未確認生物が身体を洗っている。世にも恐ろしいものを見てしまった。


(み、見なかったことにしよう)


 平静を装おうともう一度シャワーを浴びていると、

「おい“ユキオ”! お前の毛量じゃいくらシャンプーあっても足りねーだろ。マイボトル持っていけっていつも言ってるだろーが!!」


「ひいっ」


 左隣から怒鳴り声が聞こえて跳び跳ねた。

(ユキオって誰!? 俺のことじゃないよな!?)

 思考を巡らせていると「だって面倒じゃんー」と右隣から返事がしたので隣の雪男がユキオだと分かってほっとした。

(よかった俺じゃなかった)


「ったく。おい兄さん、これ隣の奴に渡してくれ」

 左隣からシャンプーを持った腕が伸びてきた。

「あ、はい」


 伸びた手を恐る恐る見る……よかった、人間の手だ。


「あの、隣の人からの差し入れです」

 そっと右隣の床に置いとく。

「どおも~」

「悪いね兄さん。真ん中座ってるばかりに橋渡しさせちゃって」

「いえ……」

「俺なんか洗う髪ないから楽だぜ~」


 にゅっと左から頭部が生えてきた。

 見せられた頭部はツルンツルンの坊主頭。

 なるほど確かに、など思うものもどういう反応をしていいのかわからず曖昧に笑ってみせたが、


「…………ひぃっ!!」

 思わず溢れた悲鳴を呑み込んだ。

 そう言って笑う坊主男の目が真ん中に一つしかなかったから。


「これだけ目がデカいとシャンプーがしみてさ。坊主にしてよかったわ」

「そ、そうですねぇ」

 声も身体もカタカタ震えていた。

 一刻も早く拓巳はこの場から逃げたかった。

「いいなーおいらも剃ろうかな~」

「お前が体毛剃ったら何が残るんだよ!」


 アハハハハ!

 左右で談笑が始まった隙に拓巳はそっと洗い場を離れた。


 どうなってるんだこの銭湯!?

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