第3話:大浴場
「……ハッ!」
気がつくと湯船につかっていた。
先程の衝撃が強すぎて一瞬気を失っていた。
「あー、やっと落ち着ける」
ちゃぷんとお湯をすくいあげる。さらさらとお湯が軽く心地よい。
四十二度くらいの熱めのお湯と足を伸ばせるほどの広めの浴槽が疲れをぐっと癒してくれる。
ふうぅっと自然にため息がこぼれた。
「いい湯だあ」
壁に描かれた壮大な山の風景も近くで見るとますます迫力を感じる。
ハロウィン限定のデザインに変えられており、違う趣がある。
「となり、いいかな」
「あぁどうぞ」
「ふうぅーー。いやあー極楽極楽!」
後からやって来た男性が極楽極楽と鼻唄をうたいながら隣に座ってきた。
「本当に気分がいい。銭湯とはなかなかいいもんだ」
「疲れが癒されますね」
拓巳が相づちをうつと相手も首肯く。
「それにこの絵画。良い絵だよなこの山とか特に。風呂に景色が描いてあると風情があっていいよなァ。お兄さんあんた近所の人?」
なるほど。
銭湯や温泉には裸のつきあいというものがあると聞いたことがある。ひとつの風呂を通して見ず知らずの人たちとも交友が生まれるお湯マジックだ。
「はい。近所です」
「いいな近くにこんな良いとこあって」
「いやいや。あ、壁の絵もですけど、お店の内装、限定でハロウィンの装飾にしてるって番頭さんが言ってました」
「へーハロウィンか。粋だな」
「きっとこの絵も普段は富士山とかじゃないかな。恥ずかしながら俺、近所なんだけどここに銭湯あるって今日初めて知ったんですよ。広告のチラシ見て初来店した身です」
「そうか。広告の力は凄いな。実は俺らも広告を見て来てよ、あんなウチみてえな遠くの地まで広告出すなんてたまげたぜ」
「そんな遠くなんですか」
「遠く遠く! お、そうだ! ちょうど“これ”にそっくりでよ! 形も色もそっくり!」
「え……っ」
隣の男性が指さしたものは、後ろの壁に描かれた風景画の山だった。
(いや、迫力があって良い絵だと、思うけど、いや、でも、この山、どう見ても……)
変な汗が拓巳の背中を伝った。
「それにしてもお湯ぬるくねェ? お湯は煮えたぎるくらいがベストだろ。皮膚や爪が溶けるくらいの。ま、いいけどな!」
豪快に笑う男性を見て拓巳は震えた。
隣の男の口からは鋭い牙が覗き頭からは立派なツノが生えていたから!
「……」
これはO・N・I(鬼)。
「……」
振り返り後ろの絵を見る。
壁に描かれた山は血の色のような真っ赤な山で針が生えていた。頂からマグマが溢れ、そのふもとには小鬼や山姥がマグマを舐めて踊ってる地獄絵図が広がっている!
「いつもの湯は真っ赤でヌルヌルしててよォ」
「へえーー……(白目)」
「あ、ツレたちが来た。おーい! こっちこっち!!」
「ひええっっ」
呼ばれた援軍の鬼さんらが楽しそうにドタバタ向かってきたので這い出るように拓巳は湯船から脱出した。
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