第24話 宝飾品の完成と、過去
ハイエルフ族の宝飾職人・クラウディアさんに依頼した宝飾品の完成日までは、"宝飾の街"クイユの冒険者ギルドで依頼を受けたり、工匠区でウインドウショッピングをしたりと、のんびりと過ごしていた。
依頼から2週間後、約束の日に宝飾品を受け取りに行った私を待ち受けていたのは…想像以上に素敵な宝飾品の数々だった。
イヤリングとネックレス、髪飾りのセットなのだけど、金細工に、太陽をモチーフにしたセットと、星月をモチーフにしたセット。そして薔薇をモチーフにしたセットがあった。
太陽をモチーフにしたセットにはルビーとダイヤモンド、星月をモチーフにしたセットにはサファイアとダイヤモンドが用いられており、薔薇をモチーフにしたセットには様々な色の宝石が用いられているーーー花弁一枚一枚に違う色合いの宝石が用いられ、グラデーションになっているのだ。
夢中になって宝飾品を眺める私に、クラウディアさんが声を掛けた。
「どうかな?気に入ってくれたかい?」
「もちろんです!どれも本当に、想像以上に素敵で…、こんなに素晴らしい宝飾品達を作ってくださり、ありがとうございます」
興奮冷めやらず、といった調子で口を開いてから、クラウディアさんの微笑ましいものを見るような視線に気づいて、言葉の後半は慌てて取り繕った。うう、子どもみたいにはしゃいでしまった…ちょっと恥ずかしい。
「そんなに恥ずかしがらなくても。貴方はまだ
そうクラウディアさんに微笑まれて、確かに、と思い直した。そういえば私、まだ実年齢0歳だった。
「ところで、私はこの宝飾品達で飾られた貴方を見たいのだが。身につけてみてはくれないかな?」
「そうですね、私もつけてみたいです。でもどうせなら、ドレスに合わせてみたいし…」
「ドレスを着るのなら、着付けは手伝うよ?」
うーん、どうしようか。初対面の時の印象が強いせいで、この人の前で脱ぐのは微妙に抵抗があるんだよね……今も、なんだか若干目つきが怪しいというか…被害妄想かな?
…あ、そうだ。どうせ着るなら、王都の屋敷でアグネス達にドレスを着付けてもらえば良いのでは?ドレスを着て見せるにも、
「クラウディアさん、今日ってこれから何かご予定とかってありますか?」
「うん?今日は特に予定はないよ」
「それなら、これから王都にある我が家にお招きしようと思うのですが、よろしいですか?」
「…なるほど、その王都にある家にはドレスを着付けてくれる人がいるんだね?」
「はい」
「喜んでお呼ばれするとも。私の手で着付けられないのは非常に残念だがね」
そう言いながら、クラウディアさんは宝飾品達を専用のケースにしまって、私に手渡した。なお、すでに宝飾品の対価は支払っている。あの額では安すぎる気もするのだけど…クラウディアさんがそれ以上の額を受け取ってくれないので、仕方ない。
クラウディアさんを連れて王都の屋敷に《転移》して、転移用の部屋から出ると、廊下を歩いてきた庭師のフローラと目が合った。
「おかえりなさいませ、主様〜……、えっ」
「ただいま、フローラ。…どうかした?」
「主様…後ろにいらっしゃるのは、もしやクラウディア殿下ではございませんか〜…?」
「ああ、うん。クイユの宝飾職人のクラウディアさんだよ。知り合い?」
フローラの問いに答えると、彼女は「はい」と頷いてから、いつものおっとりとした笑みを引っ込めた。真顔である。び、美人の真顔ってちょっと怖いな…。
「お久しぶりでございます、クラウディア殿下。お元気そうでなにより」
「お久しぶり…フローラ」
「…主様、お客様がいらしたこと、アグネスさんにお伝えしてきますね〜」
そう言って、フローラが立ち去る。…クラウディアさんには真顔だったけど、私に向けた顔にはいつもの柔らかな微笑みを浮かべていたので、ちょっとホッとした。
程なくしてやってきたアグネスに応接室へと案内されて、座り心地の良いソファーにクラウディアさんと向かい合って座る。紅茶をひと口飲んでから、先ほどからバツの悪そうな顔をしているクラウディアさんに尋ねてみた。
「さっきのやり取りについて、お尋ねしても?」
「ああ…うん、説明するよ。少し長くなるんだが…」
そう言い置いて、クラウディアさんは話し始めた。
曰く、クラウディアさんはエルフ族の国であるユジェルド王国の、先々代国王の娘なのだそうだ。彼女には兄と異母妹がおり、兄は先代国王となった人らしい。
そして異母妹は、先々代国王が平民の女性に生ませた子どもだったそうで、いわゆる庶子だった。それが、フローラ。
ユジェルド王国の王家の姫には、『世界樹の巫女』となって神事などの公務をこなす義務があり、クラウディアさんもその役目を担っていた。しかし、彼女は自分の夢ーーー宝飾職人となって自らの手で美しい宝飾品を作り出す、という夢を諦められず、国を出奔して隣国に渡り、ドワーフ族に弟子入りした。
当然、ユジェルド王国では大騒ぎになった。『世界樹の巫女』としての役目を担えるのは王家の血を引く未婚の女子のみで、当時の王族の中にはクラウディアさんしか未婚の女子はいなかったからだ。そして、そこで白羽の矢が立ったのが、彼女の異母妹のフローラだった。
市井で母親と共に暮らしていたフローラは、当時まだ10歳かそこらだったらしい。それが、突然やってきた騎士達によって母親と引き離されて、王城へと連れて行かれ、『世界樹の巫女』としての役目を果たすよう命じられた。
それから、彼女は数百年余りの時を『世界樹の巫女』として過ごした。それは、異母兄(つまりクラウディアさんの兄)に娘が生まれて、その子が成人するまで続いて……娘の成人後に、フローラは役目を解かれて市井に戻された。その頃には彼女の母親は病気で儚くなっており、また巫女として国中に顔を知られていたためにユジェルド王国内では暮らせなくなり、彼女は半ば追い立てられるように隣国へと移住した。
…つまり、クラウディアさんが自分の夢を叶えるのと引き換えに、フローラが犠牲になったのだ。想像以上に重い話に、私は何も言えずに紅茶を啜った。
本当に、私には何も言えないのだ。だってその出来事がなければ、フローラは我が家にはいなかっただろうし。クラウディアさんにも、素敵な宝飾品を作ってもらえなかっただろうし。
「…私は、この国でフローラとクラウディアさんに会えて、良かったですよ」
悩みに悩んで、私は自分の気持ちだけを口にした。
「ありがとう」
「ありがとうございます〜」
重なったお礼の声に、扉の方を見やると…いつの間にそこにいたのか、フローラが顔を覗かせていた。
「フローラ?」
「主様、私もお邪魔してもよろしいですか〜?」
「うん、良いけど…」
「では、失礼します〜」
室内に入ってきたフローラに、隣に座るよう勧めると、彼女は素直に私の隣に座った。
「最初に言っておきますけれど、私はクラウディア殿下が出奔なさったことに対しては、怒ったりしていませんからね〜?」
「えっ、そうなの?」
予想外の言葉に、私は思わず声を上げてしまった。それに対して、フローラはおっとりと答える。
「はい〜、ユジェルド王室は窮屈すぎて、殿下のように自由に生きたい方には辛かろう、というのが周囲の見解でしたからねぇ。
それに、私の母は確かに病死でしたけど、私が『世界樹の巫女』となってからはその身内ということで、裕福な暮らしを送っていましたので…不幸ではなかったんですよ〜」
そう語るフローラの表情は、いつもと変わらない。
「それに、ユジェルド王室の方々は私に優しく接してくださいましたよ。巫女としての役目が終わってからも、王室に残れば良いと言ってくださったり…さすがに断りましたけど〜」
「それは…初耳なのだが」
「お話ししてませんでしたからねぇ」
クラウディアさんの言葉に応えてから、フローラは「でも」と言葉を続けた。
「私、ひとつだけすっごく嫌なことがあったんですよ〜。だからつい、殿下に塩対応してしまいましたぁ」
「嫌なこと?」
「はい〜。巫女としての役目を終えたあとのことなんですけど、本来ならば庶子の私に来るはずもない縁談が山ほど来まして〜」
「縁談」
「中にはクラウディア殿下の元婚約者の方からの縁談も混ざっていたりして、お断りするのが大変だったんです〜。それに市井に戻ってからも、『世界樹の巫女』だった女に群がってくる有象無象が多くて〜、落ち着いて生活できなくて私まで隣国に出奔してしまいましたぁ」
な、なるほど。つまり、モテ期が凄かったせいでフローラは祖国を出てきたのね。
「それは、その…本当にすまなかった」
「いえいえ〜、私の方こそ塩対応なんてして申し訳ありませんでした。もう過ぎ去ったことですし、おかげさまで私は主様と出会えましたから〜」
そう言って、フローラは綺麗に笑った。輝かしい美女の笑顔、眩しいです。これは間違いなくモテるわ。
「それに〜、今日はきっと、ドレスと宝飾品で着飾った主様を見れるんですよねぇ。私達、楽しみにしていたんです〜」
ああ、そういえばそんな予定だった。すっかり忘れてたよ…。
『箱庭』持ち少女の、幸運な日々。 天宮カイネ @hariko0313
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