僕だけの、妖精メイド

みこと。

全一話

 侯爵家長男ユスティン・ベラルディ。

 それが僕の名と身分。


 僕のメイドは"迷い虫"だ。


 "迷い虫"とは、故郷の森を失った妖精の呼称。

 蔑称、ともいうかも。


 親木から力の供給を受けられずに弱った妖精は、人間に捕獲され使役される。


 妖精と言っても人間ひとと同じ大きさ。

 人より華奢で、透けるようななめらかな肌をしていて、少しばかり耳先が尖っている。

 背中には小さなはねがあるらしいが、これは未確認。

 服を脱いだ姿なんて、見たことないから。

 親木がないせいで、使える魔法は弱い。


 それが僕の、ただ一人のメイド。


 何があったのかはわからないが、彼女は侯爵邸に続く街路樹の脇にうずくまっていたらしい。


 僕に、人間の召使いはあてがわれなかった。

 人間のメイドは登録にも税金がかかる。僕に割り当てる予算が惜しかったんだろう。拾って来た妖精なら、無税だ。


 長男だよ? だけど、後継者じゃない。

 侯爵家の跡継ぎは、弟のカスト。


 屋敷で使用人たちにかしずかれ、貴族たちに認識されているのは、父の後妻である義母が生んだ弟。

 僕の存在は忘れ去られた。故意に。

 だから本邸脇の小さなはなれで、僕と妖精メイド……フィオレットは、暮らしていた。


「ん」


 言葉少なに、今朝のスープをフィオがテーブルに置く。

 食前の挨拶をして、僕はそれを口に運ぶ。


 あたたかな液体が喉を通り、お腹に落ちて、身体がポカポカになる。たくさんの薬草を調合して作った、フィオ特製の手料理。


 フィオは、ぶっきらぼうだ。


 それはそうなるだろう。

 望まぬ労役、縛られた契約。


 だけど、真面目だ。

 一切手を抜くことなく、僕の世話をしてくれる。


 素っ気ない表情で僕の服のサイズを合わせ、つっけんどんな仕草で一緒に絵本をめくる。


 風邪をひくとハチミツ粥を用意して、果実を絞ってジュースを作る。「食べれるか?」と聞きながら、いろいろ口に運んでくれた。


 褒めて欲しくてはげんだ時は、そっと頭をでてくれ、落ち込んだ時には、ずっと横についててくれて。


 言葉少ないフィオは、細かな態度で僕と語った。




 ある日のことだった。


 珍しく、家族が僕をキャンプに誘ってくれた。


 家族で遠出だなんて、何年ぶりだろう? もしかしたら初めてかも!


 僕は嬉しくて、知らせを聞いた日からずっと何晩もはしゃいで、フィオに"楽しみだ"と言い続けた。


 何かのキッカケで、僕のことを思い出してくれたのかな。

 ひょっとしたら、これからも時々家族で過ごすことが出来るんだろうか。


 そんな淡い期待を抱きながら、ワクワクとキャンプの日を待った。



 その日は天候が怪しかったけれど、キャンプは決行され、そして、翌朝。


 僕は増水した川の中州に、取り残されていた。


 "逃げろ"という連絡もないまま、気が付くと周りのテントはなく。

 家族も使用人たちもいなくなっていて。

 僕とフィオだけが、流れの速い川の真ん中に。


「上流で、雨が降ったのだろう」


 フィオがポツリとそう言った。


 そうか。そうか。上流の雨。

 でも、ここでも。

 僕の顔でも大洪水だよ。


 やっぱり僕はらない子なんだ。

 川の事故でいなくなって欲しい、そう思われた子なんだ。


 止まらない涙がボタボタとこぼれ落ち、次々と足元に染みを作った。



「──この機会に、選ぶといい」


 フィオが言った。


「またあの家に戻り、いない者として扱われ、亡き者にされそうになるか。それとも名をて、別人として今後の生をるか」


 何言ってるの、フィオ。僕はこのまま助からないよ。

 川の中から逃げ出せない。

 でもキミは……。キミにもしはねがあるなら、キミだけでも早く逃げて!!


 ごめんね、フィオ。いままでキミを縛って。


 親木がなくて強い魔法が使えないキミを、侯爵家が捕まえてしまった。

 僕はキミにて欲しくて、今までキミを逃がしてあげれなかった。

 こんなことに巻き込んで、本当にごめん──。


 泣きながら謝った僕に、彼女は問うた。


「親木がないなど、誰が言った?」


 え?

 だって、だから、侯爵家との契約を破れなかったんじゃ……。


 フィオは驚く僕の目を見据え、続けた。


「森の木だけが、妖精を生む存在ではない。水のせせらぎ、の煌めき。最初の淡雪、予期せぬ突風。どんなキッカケからも、妖精は生まれる。赤子の初めての笑みからも」


 フィオ? 何を……?


「私の親木はおまえ・・・だ、ユスティン。おまえの最初の笑顔から、私は生まれた」


 え!!


「だから私は、おまえがいるだけで力を得る。おまえのあらゆる感情が、私に魔法を与えてくれる」


 "おまえが泣いてばかりだと、私も哀しいが……"


 そう言いながら、フィオはエプロンをほどいた。


「我が力はちている」


 バッと広がる、虹色の大きなはね

 "迷い虫"では持ち得ない濃厚な魔力が、鱗粉のように宙に舞った。


「おまえを安全な場所に運ぶくらい、造作もないこと」


 えっ、えっ、えっ?


 あっという間に僕はフィオにすくい上げられ、お姫様抱っこをされてしまった。


「時間がないから、まずは助ける。その後で、おまえの生きる道を選べ」


 フィオが地を蹴るのと、濁流が中州を飲み込むのとは、ほぼ同時だった。


 僕の涙は地上に落ちることもなく。

 尽きない空のどこかに、散って消える。


 世界はとても広くて。

 本当に、広くて。

 覚悟さえあれば、どこへだって行ける気がした。



 フィオ〜〜! 僕、空を飛んじゃったよ~~!!?








 僕はもう、侯爵家には帰らなかった。


 噂でユスティン・ベラルディ公子の訃報を聞いた頃には、ラウルとしての人生を歩み始めていた。


 僕は何も持たなかったけれど、唯一優れたメイドを持っていた。


 泣き続ける僕を見かねて、僕の元にやって来てくれた妖精。

 侯爵家の人たちに"迷い虫"とさげすまれながらも、ずっと僕だけを想い、尽くしてくれた妖精。


 彼女に力を分けれるよう、僕は笑顔で過ごせる努力をした。



 ──妖精学者ラウル・シルヴェストリが魔石鉱脈を発見した功績で爵位を授かるのと、ベラルディ侯爵家が無理な領地経営で没落したのは、同年だったという──

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