みんな優しい人(「ローバの充日」第5話より)

@88chama

「ローバの充日」第5話 みんな優しい人

 この曲を聴くと泣いてしまう。

「パブロフの犬」ではあるまいに、涙が溢れて仕方ない、そんな曲がある。


歌詞をろくに理解しないでただ歌っている私を、娘はいつも理解に苦しむとあざ笑う。 ♪燕よ高い空から教えてよ ららら・ららららー と平気で歌う私に、なぜ一番大切な「地上の星」をららららでスルーするのか、その神経は? 中島みゆきに失礼だ、と半ば怒り気味である。


 確かにそれはそうだ。地上の星がタイトルで肝心なワードなのだから。 

こんな調子で歌う私だが、昔からそうだった訳ではない。これでも詩に関心があり詩集も持って暗唱もしていた頃もあった。でもいつからか歌詞が覚えられなくなり、そしてらららーでスルーして平気な人になった。



 そのらららーでスルーの私が、スルー出来ない曲に出会ってしまって、ボロボロ涙を流している。歌う彼の声とメロディーが琴線に触れるだけでなく、こんな私がところどころでキャッチする歌詞が心を揺さぶるからだ。作者の伝えたい意図と私が感受するものとが同じであるかは分からないけれど、私はこの曲に六十年以上も前に亡くなった長姉を想い出して泣けてしまう。



 二十七歳だった姉は四才と二才の二人の子を残して亡くなった。大切に育てられて幸せに暮らしていたこの子らは、無慈悲にも病気により母親と引き離されてしまった。

病気とは無縁の姉に突然起きた「病気」ですぐ入院となり、治療をしたがなかなか良くはならなかった。


 義兄は一生懸命に考えてくれて、評判の良い先生のいる病院に転院させてくれたが、それでもなお状態は悪くなる一方で、母は心配のあまり大学病院でしっかり診てもらって欲しいと訴えた。でも遠い所からわざわざ患者が通って来る程なのだからと、義兄の名医への信頼は絶大だった。 


 息も絶え絶えという状況になり、やっと駆け込んだ大学病院では、何故もっと早く来なかったのか、何故あと一週間早く、せめてあと一日早く連れてこなかったのか、何故なぜ・・と残念がられた。


 その何故と、せめてあと一日という言葉は、無念さをより強めることになり、母をはじめ家族の皆や沢山の人達の悲しみを増すものとなった




 私を泣かせてやまない「優しい人」という曲に歌われているようなこの優しい人は、幼稚園の先生をしていた、物静かで穏やかで辛抱強く、誰にでも優しい人であった私の姉を想い起させる。


 私と長姉とは十八歳の年の差があった。六人兄弟の末っ子の十歳頃の記憶は曖昧なものであるが、私は姉の優しさについては色々と皆から聞かされていたし、小さいながらも感じることも多くあった。



 世の中がまだそれほど豊かではなかった当時、裕福であった訳ではないが家族の皆は私に甘く、色んなものを買い与えてくれた。姉はまだ皆があまり持っていないような私のおもちゃを、よく園に持って行っては皆で遊び、その代わりにと園から紙芝居を借りて来て見せてくれたりした。



 当時も今と変わらず貧しい子や身体の弱い子、ハンデのある子など沢山いて、いつも片隅に追いやられていたそうだ。経済的に豊かだったり名のある役の保護者達は誇らしげに悠々と振る舞い、先生達の中にはそれにへつらい、あからさまなえこ贔屓をして当たり前の人もいたそうだ。


 その様子は姉にはえげつないものと映り、耐え難いものであったが、抗える程の勇気も力もなくそれが悲しいと、よく母親にこぼしていたそうだ。そんな子らには私のおもちゃでさりげなく遊んでやり、贔屓の酷い先生の見えない所で思う存分抱きしめてやる、それが姉の精いっぱいの小さな抵抗だったという。




 何故早く、せめてあと一日、に加えて姉の「病気」が「誤診」だったことに、周りの者たちからも訴えることを勧められた父は、それで姉が生き返る訳でもないからと、二人の子のこれからを考えることが大切と皆の説得につとめ、状況が落ち着くまでの暫くの間、二人のうち上の子は我が家で過ごすことになった。



 五才しか年の差のない私は急におばという立場になり、お利口さんになって、優しくなってと言われる日々が始まった。「あこちゃんはお母ちゃんがおらんようになって可愛そうなんだからね」 「きみこは優しゅうしてやらんとな」・・・   



 そんな日が何日か過ぎたある日、高校でも園でも一緒だった姉の大親友のかず子さんが様子を見に来てくれた。優しかった姉を偲び思い出を語っている時、母がかず子さんに私があこちゃんに優しくできない困った子になってしまったと訴えるように言った。


 姪がうちにやって来たその日に、幾つもあるお茶碗や箸を素直に貸してやらなかった私を、母は怒って同じものを買って来て姪に与えた。ちょっぴり反発した私は、ほんの小さな意地悪を幾つかして、更に母を困らせた。


 そんなことを告げ口されたと思い、小さくなっているとかず子さんが言った。「きみちゃんはちっとも悪うないよ。なんにもなんにも。」 「今まで自分だけのお母ちゃんだったのになぁ」 「そりゃぁ、あこちゃんも可愛そうだけど、きみちゃんだってかわいそうだわ」



 私はびっくりして、嬉しくて、情けなくて、色んな感情からかず子さんにしがみついて大声をあげて泣いてしまった。優しい子って言われてたきみちゃんはどこに行ったのだろうか。

 

 私は今でも時折「きみ子さん、あなたは優しい人ですか」と自分に問うてみる。あの日の何とも言えない感情は、何十年たっても忘れられないものとなったから。




 私はしみじみ思う。悔しく切ない気持ちを抑えて、孫のこれからを優先した両親、寂しがらないようにとあこちゃんを懸命に可愛がった兄姉達、結果は不運だったが病院を選び姉に尽くしてくれた義兄、私をかばってくれたかず子さん・・・

 亡くなった姉もみんなみんな、優しい人達だ。




 そんな優しい人達を懐かしむ心が、この曲に引き寄せられて涙となって溢れるのだろう。流れる涙は真珠のようか? いや、豚のローバに真珠は似合わない。 


 だから、今日も「ローバの充日」と笑って、一日を終わろうじゃあ~りませんか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みんな優しい人(「ローバの充日」第5話より) @88chama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画