12.きゅうさいしょち

「――おめでとう、ヤヨイ。君の選択肢は、正しかったというわけだ。それが証明されたようで何よりだよ」



 元の草原へと戻った私たちを出迎えたのは、やっぱりシュリだった。相変わらずの仮面をつけた姿で、軽く両腕を広げて歓迎しているような調子でポーズを取っている。

 その胸に飛び込む勇気は、私には全くない。そして、ヒューノットにはそんなノリが存在しない。

 結果として、シュリは空回りになってしまったけれど、慣れているようだった。


「正しかったというか、何というか、だけどね……」

「いいや、正しかったのさ。彼が無事である事が何よりの証拠だ。違うかい?」


 そう言われて、何となくヒューノットを見た。

 彼は、もう既にこちらに興味などないらしく、シュリの隣に立っている。

 よく知らないけど、あそこが定位置というか。ポジションとして正しいのだろうか。

 チュートリアル後にロードした時も、そこにいた気がする。


「あー、あのさ、シュリ」

「セーブなら、もう完了しているよ。君は無事に彼らを救って、ここに戻って来たのだからね」


 オートセーブ式だった。

 名前を呼んだだけなのに、察しが良い。まあ、助かるんだけど。


「さあ、世界を閉じるかい? たくさん動いて疲れただろうから、ゆっくりと休んで戻っておいで」

「ロードすること前提なんだ……」

「勿論さ。君はきっと、前に進みたくなる。彼が終わってしまった時に、もう一度始めたがっていた時と同じさ。物事を中途半端に放り出す事を、君は心のどこかで嫌がっている筈だよ。手放す事の出来ない憂鬱は、解決させたい気持ちの表れさ。実のところ、解けない謎なら捨ててしまった方が早いのだからね。それでも傍らに佇む事を良しとしているのは、いつか紐解く日を待っているという事だろう?」


 相変わらず、何を言っているのかはわかりにくい。

 ただ、積みゲーがたっぷりあることがバレているような気がした。

 何もかも中途半端だ。私は飽き性だから。なのに、終わらせないといけない気になっている。それは、確かにある。

 どうしてなのか、理由なんてわからない。たぶん、気分の問題だ。

 シュリは口許に笑みを浮かべると、胸に手を当てて深い一礼をした。


「――――ゆっくりお休み、傍観者プレイヤー




 シュリの言葉が終わったあと、ひと瞬きの間に景色が変わっていた。

 目の前にあるのは、デスクとモニター。後ろを振り返れば、カーテンを引いたままにしてある窓と何の変哲もない壁。帰ってきたというには、あまり時間が経っていないように見えた。


 汚れた靴は履いてなくて、素足だ。土ぼこりで汚れていた服は綺麗になっていて、砂っぽかった全身も元に戻っている。気がする。


 疲れただろうとシュリは言っていたけれど、感覚としては全然疲れていなかった。

 草原にいた時点では、確かにだいぶ疲労感があったんだけど。

 こちらに戻って来た、というかゲームが終わったからか。

 疲労感はなくなっている。


「…………」


 思うところは色々あったけど、ひとまずシャワーを浴びることにした。

 感覚的には汗をかいたし、汚れているような気がするし。それに、考えても結論が出ないのなら、考えるだけ無駄だ。習うより慣れろ、朱に交わっては赤くなれと言うし、ようするにそういうことなんだ。

 先人はいいことを言うなぁ、と適当に考えながら、ざっとシャワーを浴びた。

 髪を洗う間も身体を洗う間も、何となく気になって扉を見るけど、別にすりガラス越しに人が立っているとか、そういうホラーなことはなかった。


 浴室から出ると、外は夕方ではなくて夜になっていた。丸一日経ったわけじゃなかろうなと思って、スマホを覗き込んでみたけど、日付は変わっていない。

 時間は進んでいないようだった。本当にわからない。わからないというのなら、最初から色々とわからないんだけど。

 髪を乾かしてお茶を飲んで、お湯を沸かしている間にカップラーメンを用意する。沸騰したお湯を注いで三分を数える間に、デスクの前に戻ってきた。当然、カップラーメンも連れてきた。


「ううぅん……」


 シュリの名前を呼べば、正しく呼べていなかったとしてもロードになる。らしい。

 つまり、呼ぶというか考えていれば繋がるという感じなのだろうか。

 沈黙したままのモニターを眺めていたところで、確かにどうしようもない。

 椅子に腰掛けてスマホで検索してみた。

 攻略サイトは確かにある。バッドエンドの紹介コーナーを覗きに行けば、色んなパターンがあるようだった。

 その中にあった"フェルト街"の文字に、びくっとしてしまう。同じゲームをやっている訳だから、同じ場所に辿り着いたとしても不思議ではない。

 戦わない選択肢の果て、ヒューノットがあんなことになって、つまりあれがバッドエンドなのだろう。確かにヒューノットが主人公だとすれば、あれがバッドエンドで間違いない。思い出したくもなかった。


「……あれ?」


 待てよ。だとしたら、他の人の時には、シュリが声を掛けていないのか?

 そんな、対応が分かれるようなパターンがあるのだろうか。

 さすがにバッドエンドの中身を読むだけの度胸はなくて、すぐにメニューを開いて次のコーナーに移った。

 "主な登場人物"の欄には、ヒューノット、そしてシュリュッセルという名前が載っている。ただ、それ以外の名前はなかった。グラオさんやゲルブさんは、モブ扱いなのかもしれない。


 確かに、ボス戦という感じでもなかった。選択肢を選ぶだけなのだから、攻略も何もあったものではない。戦闘画面になられても、真剣に困ってしまうけれど。

 それにしても、シュリの名前って音だけ聞いても難しかったけど、文字にしても面倒臭い感じだ。

 これが正解なのかどうかも、ちょっと自信がない。ヒューノットの紹介は、『主人公。男。特に喋らない』としか書かれてなくて、ちょっと笑ってしまった。いやいや、割と喋るし口も悪いよ。と言いたい。

 そして、シュリの紹介には『案内人。スタート画面の人。一部プレイヤーの情報によると、仮面を外せる隠しイベントがあるらしい』と書かれている。

 雑。情報が雑。所詮はクソゲーだから情報提供者が少ないのか、面倒臭いのか。

 わざと隠しているのか。ただ、この情報が正しいなら、シュリの素顔というのは少し気になる。


「いや、いやいや」


 そうは言っても、そんな隠しイベントは薮蛇になる可能性もある気がした。

 溜息をついて、画面を上から下まで適当に眺めてみる。しかし、バッドエンドを経験したあと、救済処置のようなことが起きたという話は見られない。

 おかしいな。他のプレイヤーが選択したとき、シュリは何をしていたんだろう。

 いつの間にか真剣に読み込んでいたけれど、目が疲れてきて諦めた。カップラーメンを見ると、とっくに仕上がっていて汁っ気がなくなりつつある。うわ、最悪。

 慌てて箸を突き入れて食べてみたけれど、まあ、うん、ギリギリ許容範囲かな、という感じ。


 それからしばらく、攻略サイト内や掲示板を覗いてみたけれど、シュリの動きはさっぱりわからなかった。それとも、大抵の人はバッドエンドで諦めてしまったのだろうか。

 いやいや、中にはガチ勢みたいな、絶対にクリアしてやるみたいな、そんな人だっているはずだ。そう思って、色々と検索を掛けてみた。

 それでも、やっぱり特にこれといって、それらしい話は出て来ない。


 こうなったら、シュリ本人に聞いた方が早い。

 自分で書き込みする戦法は、結構メンタルに来るというのが前に判明したし。匿名掲示板じゃなかったら、あの白い石について書き込んでくれた人を追いかけるんだけど。

 まあ、うん。無理。ネットの海は、私には広すぎた。

 しっかりとスープまで飲み干して食べ終わったカップラーメンの容器をゴミ箱に落としてから、何ともなしにパソコンを立ち上げてみる。

 漂うラーメンの香りは、あとで換気するとして。モニターを眺めていると、まさかのブルースクリーン。


「…………」


 嘘だろおい、と言いたい気分のまま、電源ボタンを押して強制的に落としてやった。いや。いやいや。そんな馬鹿な。

 でも、確実におかしくなっていたっぽい。最悪だ。

 ひとまず立ち上がって、箸を片手にキッチンへと向かう。適当に洗って拭いて、箸立てに放り込んだ。

 お腹も満たされたし、シャワーも浴びたことだし、もう寝よう。そうしよう。


 ベッドに寝転がってからパソコンを見た。見たところで、私にはパソコンを修理する技術はないし、バックアップもあまりこまめに取っていない。諦めて目を閉じると、一気に疲労感が押し寄せた。

 握ったままのスマホを見る元気さえなくて、あっという間に夢の中へと引きずり込まれていく。



 デスク上に白い石が転がっているように見えたのは、気にしないことにした。

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傍観者-プレイヤー- YoShiKa @capricorn99

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