第4話 邂逅
「修司君さ、昨日言ってた異世界のアイテム売って金に出来ないのかしら?」
一晩中パソコンに貼り付いていたせいで頭がおかしくなったのか知らないがふざけた質問を投げかける。
「その話だがこの周囲で魔力濃度の高い場所とかないか?」
「そうね、明治神宮とかどうかしら?」
「了解した。荷物はあまり無いからすぐにでも出発できるぞ」
「その前にシャワー浴びてくるわね。昨日はお風呂入れなかったしね。それと君もシャワーくらいは浴びときなさい。正直なところ臭いわよ」
リフィアから苦言を呈されたため、修司はやむなくシャワーを浴びることにした。その後もリフィアに変装させられたり、店員にリフィアが見つかりかけたりしてネカフェを出たのはそれから1時間後のことだった。
ネカフェから歩いて5分。竹下通りの若者の群衆を抜け原宿駅横の第一鳥居から入っていく。
少し進むとちょっとした人混みが出来ており、観光客の中にカメラを構えた人たちが居た。恐らくテレビ番組の取材をしているのだろう。
「リフィア、できるだけ人目に映るのは避けたいんだが…」
「悪いけどもう目の前よ」
修司が視線を前に戻すとリポーターと思しき女性がマイクをこちらへ向けてきた。
「ここで観光客の皆さんに質問したいと思います!今日はどちらからお越しになられたのですか?よろしければお答えください!」
「埼玉です」
「ということで埼玉より遥々やってきた青年くん!今日はどんな目的で来たのですか?」
「か、観光ですよ。神社とか寺を観るの好きなので」
修司の解答がおぼつかなくなってきたところでリフィアが裾を引っ張ってくる。
「行きましょう。このままじゃ埒が空かないわ」
「あ、じゃあ貴女にも質問するわね」
「別に、間に合ってますので」
リフィアはそのまま修司を引っ張って先へと進んでいく。夏休みに入ったからだろう。子連れの家族が多く見られる。進んでいくたびに増えていく人混みとジリジリとひりつく日差しに修司達は不快感を覚える。
「リフィア。どこか休める場所は無いのか?流石にこの人の量には堪える…リフィア?……まずい、目を離した隙に見失ってしまった。探すにしてもこれは、な」
振り返ると先程よりも更に密度が上がっている。この人混みの中からリフィアを見つけ出すのは至難の技であろう。修司は一度先へ進むことにした。1時間後、全くリフィアを見つけることはできず、修司は汗だくの状態で木に寄り掛かっていた。少し視界がぼんやりしてきたところで目の前にスポーツドリンクが置かれた。
「お兄さん。水分補給は適度にするんだぞ」
修司が顔を上げるとそこには制服の夏服姿の少女がいた。
「君、誰?」
修司は差し出されたスポドリをゴクゴクと飲み干すと目の前の少女へ向き直った。
「ワタシ?ワタシは
「神社巡り?良い趣味してるね。ところでなんだけど、今日妹と一緒に来たんだけど逸れちゃって」
「ああ…確かにこういう所って人混みが多いから迷子になりやすいよね。オッケー!ワタシも手伝うよ。絶対見つけ出してみせる。約束するよ!それにこう見えてワタシ、約束は絶対に守る主義だから」
平然と嘯く修司に真帆は怪しむ様子すらなく信じてしまったようだ。今の修司の姿は外面用に変装した(させられた)状態だ。どこか優しくて聡明そうな雰囲気は普段の粗暴な態度と似ても似つかないだろう。
1時間後、そこには先程の木陰で休む2人がいた。
「ギブ〜。もう立てないよ〜」
真帆は制服が汚れるのも気に留めずに腰を下ろしていた。さっきまで結構な量があったスポドリのペットボトルも空になっている。
「すみませんね。こんなに付き合わせちゃって」
修司が謝罪をすると真帆は申し訳無さそうな表情をして俯いてしまう。
「ごめんね。君の妹を見つけるって約束したのに」
しばしの沈黙が流れ、真帆が重々しく口を開く。
「…あの、さ。もしかしたら君の妹さん、神隠しに遭っちゃったのかもしれないの」
「神…隠し?」
「そう。なんか宗教の聖地だとかパワースポットだとかで突然、人が消えてしまうっていう現象だよ。ワタシも気になって調べたんだけどどうやら空気中にあるマリョク?の濃度が高いと空間が歪みやすいとか」
真帆が例に挙げたのはどれも空間魔力濃度が高いという特徴がある。真帆の言うことが本当であるならばリフィアは異世界に飛ばされてしまった可能性がある。
「かなり不味い状況ですね。真帆さん、この明治神宮で最も重要な場所ってどこですか?」
「本殿。多分、そこしかないと思うよ」
「ありがとうございます。じゃあ行ってきま…」
「待って!!…ワタシも行く」
「やめておいた方がいいでしょう。死ぬかもしれないですよ…」
かなり危険な橋を渡ることになると察した修司は少し殺気を込めて、半ば脅しのように警告する。真帆が立ちすくんでしまい、口を開くことすら難しいようだった。
「…ッ!ワタシは、妹さんだけじゃなく貴方まで消えて欲しくない」
「はぁ、君にとって僕は偶然出会っただけの赤の他人であるはずだが?」
「それでも、一緒に過ごした知り合いが消えていくのを見るのは、見殺しにするようなことはしたくない。こんなところで怯えてなんかいられない!」
吐き出すように捻り出された声は発音が聞き取れないような不恰好な叫びだった。
常人なら下手すれば失神するような殺気を浴びてなお、声を上げる真帆に修司の表情が微かに動く。
「…なんで僕の周りには強い人が集まるのかな…」
うんざりしたような言い回しだが、その声色、何よりその表情が喜色に漏れ出ていた。
周囲には人が集まり始めていて2人はその場を離れた。本殿内部に入れたのはそれから10分後の事だった。
「ここが、本殿内部…なんか広すぎません!?なんか上にも階層広がってるし!ありえないでしょ」
明治神宮本殿内であるはずの場所は天井が吹き抜けになっており、かなりの数の階層があることを伺える。
「確かに広いですね。外観からは想像できないような広さしてますよ。やはり…」
明治神宮本殿は異界化している。空間魔力濃度の高い場所で度々発生する異界化。原因は魔力によって自然発生した結界が空間を丸ごと異界へと転送させてしまうこととされている。
「あ!修司さん。あの人影ってもしや…」
真帆の指差す先には何か人影があることが確認できた。だがしかし、普通の人間がこんなところにいるわけないだろう。よってこの人影は…
「真帆さん!そこから離れて!」
修司が真帆を突き飛ばす。瞬間、赤い閃光が修司の頬を掠めて通過する。閃光が壁に当たると爆発が起きた。
「痛っ!修司さん何やって…ヒェッ!」
真帆が先程まで立っていた場所の後ろにあった壁は黒焦げになっており、煙が上がっていた。
「早く立って!逃げるよ!」
「イヤァァァ!?」
錯乱状態の真帆を連れて修司は廊下を走り抜ける。修司が背後をちらりと覗くと先程の人影が追いかけてくる姿が見えた。その姿は魔物というには無機質な見た目をしており、ロボットやサイボーグの類に似ている。
「修司さん!な、なななんですかあの化け物はぁ!?」
「魔物です。ですが僕もあんな魔物見たことないですよ」
嘘は言っていない。修司が異世界にいた頃にも何回か異界へ行ったことはあるが、あのような魔物は見たことがなかった。
数分後。なんとか魔物を撒いたところで2人は物陰に隠れて腰を落ち着けた。
「危なかった〜。マジで死んじゃうところでしたよ」
「ええ、危機一髪でしたね」
「私も何がなんだかわからなかったけどようやく落ち着いてきたわ」
「「ん?」」
いつのまにか入っていたもう1人の声に2人は警戒して構える。
「なんで君も構えてるのよ修司君」
どこか聴き覚えのある声に修司が振り向くとそこに彼女は座っていた。
「2時間12分15秒ぶりね。寂しくなかった?修司君」
「リフィア…」
しんみりとした空気を破るように真帆は話を切り出す。
「それで修司さん。その子がその…」
「ええ、僕の探していた子です」
「正直なところあまり似てないって言いますかその〜…」
確かにリフィアと修司は眼の色、髪の色においては全く似ていないため兄妹とするには無理がある。
「あ、でも目元とかは似てる…かも?」
「嘘も方便ってやつですよ。これがリフィアを探してもらう口実には丁度良かっただけです」
「騙してたんですか!?別に嘘をつく必要無さそうですけど。ともかく、リフィアちゃん見つかって良かったですね!」
騙されていたにも関わらず、屈託の無い笑顔を浮かべる彼女に修司は表情を緩めた。
「それで問題はここからどうやって脱出するかってことよね」
「「あ、そうだった」」
「何?もしかして無策で飛び込んで来たのかしら?私の助手である君が?」
修司は黙り込む。考え込んでいるのか何かブツブツと喋っているようだが聞き取れない。散々悩んだ末に修司は苦虫を噛み潰したような表情をする。
「一応、策はありま、いやある。リフィアが望む結果にはならないだろうが」
修司からの提案にリフィアはコクリと頷く。
「良いわ。始めて」
「ばっちこいってところです!」
修司は眼鏡を外し、髪をかき揚げる。左手を前にかざすと、詠唱を開始した。
『其れは次元を貪り、世界に仇なすモノ
其れは空を喰らい、次元をも喰らう
彼の者が満たされることは無く、飢え、求め続けるだろう
顕現せよ【
此れが彼の者を満たさん事を』
空間中に溢れる魔力が奔流となり、修司の周りに収束していく。やがてその奔流は一振りの大剣へと形を成す。鞘に仕舞われながらも確かにその大剣は絶対的なまでの存在感を放っていた。
「…さっきのはそういう意味だったのね。別に良いわよ。お金なんてそのうち入ってくるし」
「うそぉ、私疲れてるのかなぁ…いでっ!」
真帆はありえないとばかりに自分の頬をつねるも痛覚が伝わってくる。だが、これが現実であるという事実を真帆は受け入れられないようだ。
「これが俺の選んだ道だ。魅せてやる」
『
抜刀される瞬間、リフィアたちの目には酷くスローでその様子が映された。鈍色の剣閃がなぞった跡には切られ、いや喰われたというべきか、歪んだ空間があった。リフィアたちが見ているものは実際にはラグのようなものであり本来ならば目で追うことも出来なかっただろう。世界が処理できない程の速さを誇る彼の居合はこの空間をいや、この世界を断ち切っていた。
瞬間、空間が歪み始め、何かズレたような感覚を覚える。修司達は何か不和感を覚えながらも空間の歪みは治っていった。
「帰って…これたのかしら?」
「帰って来ましたね…ってあれ?もう夕方になってるんだけど!?」
真帆の言う通り、戸の隙間から夕陽が差し込んでいて時刻は夕方であることがわかる。
「疲れたな。まさか明治神宮本殿が異界化しているとは」
各々床に座り込んでいると真帆がぐいっと近づいて来る。
「ねえさっきのアレって…」
「無論、口外禁止だ」
「それは分かってる!…そうじゃなくて、貴方は一体何者なの?」
今度はリフィアが間に割り込むようにぐいっと近づく。
「それを知りたいなら、うちの事務所に入ってもらわないとね。多分、一度この濁りに入れば二度と戻ってこれないと思うけどね」
リフィアは後ろの夕陽を隠すように空中へ魔術を転写する。真帆はその神秘的な光景と潜在的な恐怖に心を支配される感覚に魅了されていた。同時に真帆は理解した。これは触れてはいけない領域なのだと。そして思った。もっと彼等について知りたいと。
「…私、巳純真帆と申します。その事務所は今バイトって募集していますでしょうか?」
「ええもちろん。年中人員不足なのよ」
真帆は少し溜めるように口を開く。よっぽど重要なことなのだろう。少なくとも本人にとっては。
「時給は?」
「1300よ」
真帆は呆気に取られた表情をすると慎重に口を開く。
「1…500」
リフィアもこれには動揺したのか即座に言葉を返そうとする。
「ッ!1350!」
これに、真帆は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「1400!!」
「乗ったわ!」
値段交渉。しかも当事者たちは大真面目にやっている。まさか修司もこんなところで見るとは思っていなかったようで思わず笑ってしまう。
「プッ、ハハハ!」
「いきなり笑ったりしてどうかしたの?」
「すまない。懐かしいネタを思い出してしまった」
「そ、そうですか。突然笑い出したのでビックリしちゃいましたよ」
「さて帰りましょうか。巳純さん。貴女の連絡先は登録しておいたから後に連絡するわ」
「ハイ!これからよろしくお願いします!」
真帆と解散し、2人は鳥居を出る。
「…今日はどこのネカフェにする?」
「そうね…こことかいいんじゃないかしら」
リフィアが指したのは食べ放題付きで個室完備のネカフェだった。
「ダメだ。昨日はなんとかなったが絶対に怪しまれる」
「…待って、良い案を思いついたわ」
「聞かせてもらおうか」
数時間後。十分深夜と呼べる時間。ネオンに照らされた街を不用意に歩く2人の姿があった。
「君たち、こんな時間に何してるの?」
深夜にも関わらず未成年が出歩いているなら補導されるのは自明の理である。
「そ、その…」
「…はぁ、とりあえず乗りなさい。親御さんと連絡は着くかい?」
そう、案というのは警察に置いてもらうことだ。これで今夜の寝床は確保したと言えよう。
修司達は所内の椅子で淹れたてのコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
「事務所がボロボロで間抜けの殻になっていたがお前たち…一体何をしている」
この男は昨日リフィアへ依頼に来た警察の人間だ。何か依頼の変更があったようだが事務所は襲撃で応対など出来るような状態ではない。
「もしかしてお知り合いですか?でしたら是非引き取って頂きたいのですが…」
「はぁ、分かった。行くぞお前ら。少し早いが仕事の時間だ」
「ええ、了解したわ」
「ああ、行こうか」
こうして今日もまた、夜は更けていくのだった。
境界線は歪んで濁る 濁残り @tofu-114514-jp-1
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