第3話 襲撃

「い、異能、力?スキルじゃないのか?」

「そうとも言うわね」


 予想だにもしないリフィアの発言に修司は益々困惑してしまう。


「スキルは異世界だけの特権じゃないってことか。案外この世界もファンタジーで出来ていたんだな」

「そうだわ。修司君の質問に答えておくわね。何故私が君を選んだのか?率直に言うとこの異能力を使ったからよ」


 異能力を使った。つまり白華は相手のスキルやそれに関連するものを「視る」ことの出来る能力だと考えられる。


「なるほどな。白華のスキルはさしずめ鑑定系の能力といったところか」

「君ねえ…異能力の詮索とかかなり失礼なことをしているのを分かってるのかしら。…まあいいわ。私の異能力は《看破ペネトレイト》。相手の持つスキルや魔力についての情報を知ることが出来るわ。まあ、私だと二つが限界ね。試して見ましょうか。…君は、やけに魔力操作が手慣れてるわね。魔力濃度が高い場所にでも居たのかしら?聖地、いやダンジョン……ありえないな。……いや、でももしかして……かしら?」


 修司は面食らったような表情をした。


「大当たり。ドンピシャだ。そう、俺の居た異世界、リゲラ・ディストシオンは空間内の魔力濃度が極度に高い世界だ。常人が行ったらまず魔力中毒で死に至るレベルの魔境だ」

「想像を絶する場所だったようね」

「…今思えばまともな文明や文化が少ないし、生き抜けたのが奇跡みたいな場所だよ」

「そう、君も苦労しているのね」


 そんな過酷な世界に10年以上も棲み続けなければいけなかったという修司の境遇に白華も同情してしまう。


「こんな感じよ。大体は把握できたかしら?」

「なるほど。汎用性の高い、便利なスキルではあるな。だが、その分戦闘には全く向いていない。俺を助手に選んだのもそれが理由か」

「看破の分析によるとね。でも君って本当に強いのかしら?確かにその驚異の再生力とかは凄いけど…その見た目的に」


 確かに修司の見た目は中肉中背でガタイが良いわけではないため、そこまで強そうには見えない。


「そこは安心してくれてもいい。これでも異世界で1000年くらい勇者してたからな」

「1000年って…面白い冗談ね」

「俺がここで冗談を言うとでも?」

「…」


暫しの沈黙の末、白華は驚きや憐れみの感情をすっ飛ばして、笑っていた。


「アハハ!どうやら私はこの盤面を一瞬でひっくり返せる駒を手に入れたみたいね!」

「駒じゃない。助手だ」

「あら、それは失礼したわね。謝罪するわ」


 修司が謝罪を受け取ったところで机に服が置かれる。


「これは?」

「ここの制服よ。もちろん魔術加工は施してあるわ。特注品なのだからありがたく貰いなさい」

「はいはい。じゃあ着替えてくるよ」


 修司は隣の部屋に入っていく。


 五分後。修司は支給されたパンツルックの制服をぴっちり着こなしていた。


「採寸は勝手にさせてもらったけど、このサイズで大丈夫だったかしら?」

「ああ、ピッタリだ。何より着心地が良いな」


 修司はかき上げていた前髪を下ろし、近くにあった伊達メガネとハンチング帽を身につける。


「ふふ、中々板についてるじゃない。馬子にも衣装ってところかしら」


 白華はニヤッと笑みを浮かべる。


「お前な」

「細やかな反撃よ。…ああそれと、基本の捜査はスーツでやるからその制服は使わないわよ」


 よくわからないとばかりに修司は硬直して瞬きを繰り返す。


「じゃあ何故この制服を…」

「…強いて言うなら趣味よ」


 修司はイライラした素振りを見せながらまた隣の部屋へ戻っていく。


「今日一日くらいなら着てていいわよ」

「二度とゴメンだ」


 修司はバンッ!と勢いよく扉を閉めた。


「はあ…これ以上ふざけるなら帰るぞ」


 修司は制服からYシャツに着替えてソファに座り込んでいた。


「悪かったわね。でも、貴方が思ったより制服を着こなしていたのは面白かったわね」


 白華は謝っているようだが如何せん目が笑っている。


「よし、帰るか」

「君が本当に帰る場所はあるのかしら?」


 修司はドアノブに手を掛けたところで止まる。


「…」

「私は修司君を歓迎するわ」

「どうせ、使い捨ての駒のようなモノだろう?別に良い。そういう扱いには慣れている」

「貴方私のことなんだと思ってんのよ!…コホン、続けるわね。私は君の帰るべき場所はここだと認めさせるわ!君が受け入れてくれるまでどれほど掛かるかとかは分からない!だけど…絶対に!」


 空間が静寂に包まれる。数秒後、修司は頭をポリポリと掻きつつ口を開く。


「…分かった。しばらくここに住まわせてもらう。…にしても、俺に啖呵を切れるんだ。大した器だよリフィアは」

「それが私の長所だからね」


 白華は無い胸を張って自慢げな顔をする。その様子に修司はやれやれとばかりに呆れ顔を浮かべるのであった。


「ところで修司君は、異世界に居たのなら何かアイテムとか無いの?伝説の剣とか鎧とか」

「ああそれな、今魔力が無くてアイテムボックスが顕現出来ないんだよ」


 沈黙…というよりフリーズしたと言った方がいいだろうか。リフィアの表情が冷たくなる。


「え?流石に冗談よね?」


 真顔のまま修司はそれを否定する。


「君…やっぱ使えないわね」

「はいはいそうですね。どうせ俺は使えないお荷物ですよだ…いや待てよ」

「どうかしたのかしら?」

「一つくらいなら多分こっちに顕現させられるはずだ」


 目の色を変えたリフィアが凄い勢いでこちらへ振り向く。


「前言撤回するわ。やっぱり修司君は使えるわ」


 ここまで見事な掌返しには流石の修司も呆れるしか無かった。


 カラカラン。どうやら入り口のベルが鳴ったようだ。


「またアイツかしら。今日だけで5回も突入されかけて、いい加減鬱陶しいのよ。それと話はまた後で」


 白華はとても嫌そうな顔をして扉へ向かう。


「いや、さっきと気配が違うな。誰か依頼に来たのか?」


 白華はニッコニコの営業スマイルに変えて扉を開ける。扉の先にはトレンチコートを着たスーツ姿の男が立っていた。


「姫垂探偵事務所へようこそ。世間話もなんですからとりあえず中へお入りください」


 男を席へ着かせると白華は早速とばかりに話を始める。


「今日はどのようなご依頼で?」

「最近、新宿で起きている連続怪死事件の調査を頼みたい。報酬は高くつける」


 男は前置きも無く本題に入り始める。冷静に見えるがその様子にどこか焦りを感じる。


「お茶です」


 修司は気を利かせて男に緑茶を差し出す。


「すまないね」


男は茶を一口含むと大きく息を吐いた。少し気が緩んだのか椅子に若干深めに座った。


「案外気が利くじゃない。助手に向いてるわよ君」

「そりゃどうも。というかあの男、警察か?」


白華はニコリと笑みを浮かべる。


「ご名答。彼は警視庁の警視正をしているわ。昔から仕事の斡旋してくれる太客よ」

「太客って…まあいい。じゃあ何故警視庁のお偉いさんが依頼に来るんだ。捜査には警察だけで充分じゃないのか?」


 確かに普通の捜査なら警察だけで充分だ。そう、「普通」の捜査であればの話だが。


「事件の詳細については?」

「これだ。といっても閲覧許可が出ているものだけだがな」


 彼は机に分厚い書類の束を置く。書類の量が多いため、要約するが、内容は6月中に新宿で起きている連続怪死事件、通称肉風船事件についてだ。事件の詳細としては今年の6月初頭、新宿駅構内のトイレにて死体が発見された。死体は腐敗が酷く膨張しており身元の確認ができないほどだった。特筆すべき点は検死の結果、死亡推定時刻が発見から15しか違わなかったことだ。しかも犯行が行われたのは昼下がりの新宿駅というどこにでも人が居る場所、時間である、腐乱死体をそう簡単に運べるわけがない。


 そのような事件が6月中だけで5件も発生したそうだ。これには流石の警察も捜査は難しいことだろう。


「…なるほどね」

「我々はこれが異能力犯罪であると考えているが、どうかね」

「これはクロね。…分かったわ。私たちも捜査に協力させてもらうわ」


 話が終わり、男は丁度茶を飲み終える。


「悪いが2杯目は無しだ。忙しいのでな。それと、本格的に捜査を始めるのは2日後だ。その際は顔パスで通せるようにしといてやる」


 男は着ていたトレンチコートを抱えて事務所を去っていった。


「…さて新しい依頼よ。修司君にとっては初仕事なのだから頑張りなさい」

「ああ、ベストを尽くすよ」

「期待してるわ」


 カラカラン!入り口のベルが強く鳴らされる。


「あら?忘れ物かしら。開けてくるわね」


 リフィアがドアノブに触れた途端、とてつもない悪寒が修司を襲う。


「ダメだ!ドアを開けるな!」

「え?」


 時すでに遅しと言ったところか。扉は開いてしまった。


「コンニチハ〜、早速ダケド…死ンデ?」


 扉の先に居た男が拳を繰り出す。その拳は恐ろしく速く、反応することすらも許さない。何が起きているのか分からないままリフィアは体を貫かれ…なかった。


「ジャストタイミングってところか」


 修司は胸の辺りで腕をクロスさせ男の攻撃を受け止める。


「…ハ?今ノハ完璧ダッタハズダロウガ!」


 男は扉を蹴破って中に入ってくる。そのギョロリとした目、長い舌など蛇を彷彿とさせる見た目だ。


「聞イテネェゾォ!ガキ1人殺スダケジャネェノカヨォ!?……マァ良イ。次ダ!次ノ攻撃デ殺シテヤルヨォ!」


 男は独特な構えをする。腰の重心を落とし、腕をダランと下げる。守りを完全に捨て、攻撃のみを意識しているようだ。


「シッ!」


 一瞬だった。目にも止まらぬ速度で繰り出された蹴りは鞭のようにしなりながら修司の体へ叩きつけられる。


 修司は吹き飛ばされてしまい壁へ打ちつけられる。


「グフッ!速い…な。だが、動きに無駄が多い。スキルで無理矢理形にした感じ、身体強化か」

「ンナッ!?」


 男の驚愕した様子から修司とリフィアは図星だなと確信した。


「身体強化系の異能力者、それにその構え、《三眼蛇》の家系かしら?こんな流れに居るなんて貴方、破門にでもされたの?」

「キッ、貴様!」


 またも図星。しかも彼にとって《三眼蛇》というワードは地雷だったらしい。見事に彼の逆鱗に触れたリフィアは凄い眼光で睨まれる。


「おいおい、俺を忘れたのか?」

「ナッ、グハァッ!?」


 振り返りざまに顎を蹴り抜かれた男はバックステップで修司から距離を取る。


「身体強化系のスキルは確定した。なら弱点は…」

「「遠距離型範囲魔術だ(ね)」」

「ッ!…ソコマデ知ラレテイルノカヨォ…分ガ悪イ、今日ハココマデニシトイテヤル。ジャアナ」

「お前も次までにそのカタコト直しとけよ」


 返事は無かった。それから数分程してようやく男の気配は索敵範囲から離れていった。


「なあリフィア。さっきの男に言っていた《三眼蛇》って…」

「大陸の方で活動している暗殺者の一族よ。特徴はあの独特な構えから繰り出される武術と製法が知られていない特殊な毒を使うことね」


 特殊な毒、襲撃してきた男は一度も使ってこなかった。まだ手札を残しておきたいらしい。毒は搦め手として非常に厄介なので先程の戦闘以上に周りを見れなくなるだろう。


「にしてもいつこちらに来たのかしら?情報屋もアイツについては掴めていなさそうだし、とにかく今は危険ね。貴方も警戒を怠らないようにね」

「了解。…にしても次から次へと厄介な案件が舞い込んできて、やっぱり東京は飽きそうにないな」

「嫌なことにもね」


 2人はため息を吐きながら顔を上げる。


「んで?この扉と壁はどうする?」

「どうするも何も…」


 先程の襲撃により事務所の入り口は粉々に砕け散っていた。


「改装してみたらって…」

「ここの土地代いくらだと思ってるの?」


 流石は都内。土地代が桁違いだ。改装する金なんてどこにも無いらしい。


「初日からこれって冗談だろ」

「私もこれは想定外よ」

「…ハ、ハハハ」

「フフフ…」


 あまりの被害に2人は笑うことしか出来なかった。ちなみにその日は近くのネカフェに泊まった。


 その夜、新宿ガーデンタワーの最上階ではパーティーが行われていた。主催者は鼠谷敦史ねずたに あつし。鼠谷財閥の創家出身。その優秀な手腕から24歳と若くして当主まで駆け登った傑物だ。このパーティーの目的としては収益の報告や親交を深めるためだが、実際はというと…


「うちは代表の2代前から傘下に居るんだ!それに鼠谷電力はうちが経営難から立て直したんだぞ!その恩を忘れたというのか!?」


 初老くらいの男性が代表に声を荒げている。鼠谷の巨躯と比べると、大人と子供程の差があるように見える。


「その節はどうもありがとうございました。ですが、御社の業績が芳しくないのもまた事実です」

「ふざけるなよ!ガキのくせに調子付きやがって」


 相手の男が今にも掴み掛からんとしたところで鼠谷はため息をついた。瞬間、鼠谷は眼光を強めて男を威圧する。人を射殺せんとばかりの威圧感を前に途端に男は震え始めた。膝をついたと思うと、男の下半身からは何か液体ようなものが流れ出ていた。


「御社との契約は今月限りで打ち切らせていただきます。ご理解の程よろしくお願いいたします」


 鼠谷は男を一瞥すると会場を後にした。


 ビルを出ると帰宅のため、送迎用の車を手配する。自動運転のため車内には自分しか居らずとても静かな時間が流れていた。


「…依頼は失敗したと報告が入ったようだが…」

「ゴメンネ〜。想定外ノ事態ガ発生シチャッテ」


 先程まで鼠谷1人しか居なかった車内に、いつの間にか男が座っていた。蛇を思わせるようなギョロリとした目と舌、先程リフィアたちの事務所を襲撃した男だった。


「《アルビノ》。目立つような真似はするなよ。いつも事後処理を行うこちらの身にもなってくれ」

「ハイハイ、善処スルヨ《ビッグマウス》。ソウイエバアナタガ目ニカケテイタ奴ハドウシタノ?」

「石神君か。昏睡中に精密検査を行ったのだが、彼は当たりだ。それも上澄み中の上澄みと言える程のね」

「ソンナ上玉ガナンデ最近マデ見ツカラナイノ?」

「私もそれが気になって漁ってみたのだがね。どうやら彼、10年もの間行方不明だったらしいんだよ」


 車内に備え付けてあるディスプレイに情報が映し出される。


「ソレッテ正ニアナタノ探シテイル子ミタイジャナイ」


「ああ、あの子じゃないにしても彼は優秀だ。うちに欲しいな」

「部下ニカシラ?ソレトモウチノ》にカシラ?」

「もちろん部下にだよ。ただね、彼ならすぐにでも大罪に上がれるんじゃないかな?いずれにせよそのうち会いに行ってくるよ」

「ソノ彼ッテマダ入院シテイルノ?」

「いや、確か2日前くらいに退院したよ。そうだ。もし街で見かけた時用に彼の顔写真を見せておくよ」


 ディスプレイに修司の顔写真が映される。その瞬間、アルビノは急に血色を変えてディスプレイを破壊した。


「彼と何かあったのかい?」

「何カアッタジャネエヨ!コノガキガオレノ依頼ヲ邪魔シテキタンダヨ!」

「それなら彼の実力も測れただろう。どうだい?益々欲しくならないか?」

「オレハイヤニ決マッテル!アイツハ危険ダ!早急ニ殺スベキダ!」

「そうか君はそういう判断を下したかい」

「……ハア、ワタシハ一度拠点ニ戻ルワネ。ワタシカラハヒトツ。アマリカレニ執着シスギナイコトネ」


 アルビノの気配が車内から消える。ディスプレイも壊れたままなので先程の出来事は幻覚などではない。鼠谷は席を倒して目を閉じる。


「…誰にも邪魔はさせない。全ては私の手の中に…」


 車は静かに夜の街を走り抜けていくのであった。

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