第2話 新入り

目覚めると、そこはベッドの上で、腕に刺された点滴やカーテンで仕切られているところから病院であることがわかる。動こうとすると体に貼ってあった電極が剥がれてしまう。


 次の瞬間には心電計に表示されていた心電図は起伏が無くなり、一直線になった。すぐさま担当医と看護士さんが彼の病室へと駆けつけて来る。


「心肺停止を確認!至急、心肺蘇生法を行う!って…何…だと」


 担当医の男と看護師たちは彼を信じられないといった表情で見つめていた。


 あれから30分程の問診が行われたが結果的に精神状態、記憶等に異常は無いそうだ。休憩時間中、少年はふと気になったことを看護師の糸森(と書いてあった)さんに聞いてみることにした。


「あの、今って西暦何年ですか?」

「え?今ですか?西暦2025年の7月14日ですよ。貴方がこの病院に運び込まれてからちょうど1週間ですね」

「1週間?」

「そうですよ。ずっと寝たままでこちらも目覚めるか心配だったんですよ」

「そ、そうですか。…分かっているとはいえ、実感が湧かないな」

「なにか?」

「いえ、なんでも」


 少年は今の状況の整理を始めることにした。


「(まず、俺の名前は石神修司いしがみ しゅうじ。西暦2015年に異世界、「リゲラ・ディストシオン」に召喚され、勇者として何度も魔王を倒してきた。そして、10年ぶりにこの世界へ帰って来たらいきなり謎の少女に助手になれと言われて今に至ると)」

「…意味わかんねえ」


 ただ一つ疑問が残る。謎の少女、白華は俺が意識を失った後、何をしていたのかということである。


「すみません。僕への面会希望者っていますか?」


 白華がお見舞いに来るのが一番詳細を聞きやすいんだが…


「ちょっと待ってね。えーと…1人いるわ。名前は、白華リフィアさんね。今日の10時から来るみたい」

「(良いタイミングだ。とりあえず会ったら色々聞いてみることにしよう)」


 しばらくの間、修司は隣のベッドの人が観ているテレビ番組を盗み見することにした。


 時刻は10時を回る。日は昇り、朝というより昼と言った方が良いくらいだ。


 他の患者のベッドはカーテンで閉め切られているので話し相手が居らず、ただひたすら窓の外を眺めていると病室に誰かが入ってくる。見た目は小学校高学年くらい。歳的に合わないはずのスーツもその少女が着ると様になっていた。


「馬子にも衣装ってところか」

「前に揶揄わないでって言ったでしょ。はいこれお見舞いの品だ」


 白華は手に持っていたフルーツの籠を棚に置くとその中のりんごを手に取り皮を剥き始めた。案外手際は良いみたいだ。


「1週間ぶりね。体の調子はどうかしら?」

「ちょっとだるいくらいだ」

「そう…言っとくけど貴方が倒れたあと、病院へ搬送してもらったのだけど診察した医者はとても驚いていたわよ。だって、脊椎の欠損が激しくて全身付随になる可能性が高かったのにほんの1週間で完治ギリギリまで再生するんだもの」

「そりゃ凄い」

「他人事みたいに言うんじゃないわよ」


 白華は皿の上に切ったりんごを盛り付けていく。


「うさぎか」

「普通に切った方が良かったかしら?」

「いやいい。昔よく祖母がうさぎ形に切ってくれたのを思い出したんだ」


 修司はシャクシャクとりんごを食べ始める。


「そういえばご家族はどうしたのかしら?誰もそれらしき人影は無かったけど」

「もう居ないよ。俺が小さかった頃に交通事故で…」

「…失礼なことを聞いてしまったわね。謝罪するわ」

「別に大丈夫だ。もう踏ん切りはついてるしな」


 修司は最後の一切れを食べ終わったところで白華は片付けながら糸森さんに何か確認を取っていた。


「場所を移動しましょう。許可は貰ったわ」

「一応俺は重症患者なんだが」

「今はなんともないでしょ。それに行くと言っても屋上までよ」


 白華は反論の余地は無いとばかりに車椅子を用意する。


「…分かった。じゃあ行くか」


修司は平然と立ち上がる。その横で白華は自分の目を疑うように瞬きを繰り返していた。


「車椅子を持ってきたけど、どうやら無駄足だったようね」


 修司と白華は点滴スタンドと共に病室を出る。エレベーターで最上階まで登り、屋上への扉を開けるとそこには澄んだ青空と遠くに見える入道雲、そして夏を感じさせる日差しと暑さがあった。


「暑いな。梅雨は終わったのか」

「そうよ、ちょうど1週間前に夏入りしたのよ」

「雨降ってた気がするが」

「貴方が意識を失った後にすぐ晴れたわよ」

「そうか」


しばしの沈黙。


「そういえば何故身元不明の俺が普通に入院できたんだ?」

「私が無理いってこの病院に入れてもらえたのよ」

「入院費は大丈夫なのか?俺の財産だけじゃとても…」

「心配要らないわ。ここ鼠谷財閥の経営している私立病院でね。受け入れるって許可したのは鼠谷代表本人なのよ。それに鼠谷代表が入院費は自分が出すと言ってるわ」

「…彼の意図が全く分からないな」

「そうね。いつか彼と会う機会はあると思うしその時にでも聞いてみましょう」

「大財閥の当主と直に連絡取れるってお前の伝手はどうなってんだか」

「その内貴方にも話すわ…さてと、前段はこんなところかしら。本題に移りましょう」


 白華は一呼吸置いたところで冷静な口調で話し始める。


「それで、決まったかしら?私の助手になるという話」

「所詮ガキのお遊びって言いたいところだが、お前は何か違うものを感じる」

「そう、それは嬉しいわね」

「いいぜ…なってやるよ、ちびっ子探偵さんのワトソン君にな」


 修司は不敵な笑みを浮かべる。


「…本当にいいのかしら?もしかしたらもう二度とここには帰ってこれかもしれないのよ?それでも良いのね?」

「ああ。ここを出たところで行く当ては無いからな」

「決まりね。今日から君は私の助手よ。よろしくね石神修司君」

「ちょっと待て。何故俺の個人情報を持っている?ネットからじゃ拾えないだろ」

「貴方のことを調べさせてもらったからね。市の住民票とか出生届とか。…そういえば調べてみたら貴方、10年前に失踪してるらしいわね。10年の間何をしていたのか非常に興味深いからいつか聞かせてね」

「ああ、な」


 修司は自分が思っているよりこの少女が危険であることを認識した。


「それで退院はいつ頃になるかしら?」

「予定だとあと1週間後くらいだ」

「じゃあ退院できたら私の事務所に来て。住所は貴方のスマホに送っといたから」


 修司は壊れたはずの自分のスマホを渡される。開いてみるとブロックや削除された連絡先の中に白花の連絡先が追加されていた。


「…い、いつの間に」

「いつでも待ってるわよ。じゃ、お大事にね」


そう言って白華は屋上から去っていった。


「もう少し風にあたるか…」


修司は暑すぎたため五分後には自分の病室に戻っていた。


 白華がお見舞いに来てから1週間後、修司は無事に退院することが出来た。病院を出て最寄りの新宿駅から副都心線で30分。和光の実家に荷物を取りに戻ったものの…


「マジかよ」


 そこは既に更地になっていた。


「ハハ、まあしょうがないっちゃしょうがないよな入居者が10年以上失踪してさらにそいつには親族もいないんだから」


 他を頼ろうにも友人や親族などとっくに離れてしまった。彼は孤独だった。


 夕刻、修司は途方に暮れて公園のブランコに1人座っていた。


「ハハハ、財布が無いから泊まる場所以前に食べる物も無い。これからどうしようか」


 丁度そこに公園の横を通る親子が彼の目に入った。


「お母さん今日の夕飯なにー?」

「今日はね裕太の好きなハンバーグよ」

「やったー!お母さん大好き!」

「…微笑ましいな」


 修司がしばらく親子の様子を見ていると、さすがに視線に気付いたのか修司を怪しげな目で見る。


「なにか?」

「いえ、なんでもありませんよ」


母親は何事も無かったかのように子どものところへ戻っていく。


 老けていたため分かりにくかったが、先程の母親は修司のクラスメイトの女だ。10年も経っているため子どもがいてもなんらおかしくはない。


 まあ、10年も前に失踪したクラスメイトなど覚えているはずもないだろう。修司は自分が居たという痕跡はどこにも無いということを改めて実感することになった。


 その日は公園で野宿をした。ちなみに修司は異世界で旅していたおかげかこういうことには抵抗が無いようだ。


 次の日、修司は白華から貰った住所の場所へ向かうことにした。始発の電車に乗り、大都会の迷宮に迷い込むこと1時間。


 東京都渋谷区千駄ヶ谷。渋谷や新宿など、地元でゆったり生きていくつもりだった修司にとってそこは眩しすぎる場所であった。


「こんなところ、俺には縁がないと思っていたんだがな」


 修司がGorgreMapを見ると既に目的地が視認出来る距離まで来ていた。辺りを見回すとそれっぽい2階建の姫垂探偵事務所という看板が吊られている建物を見つけた。


「ここか。どうやら事務所っていうのは本当らしいな」


 修司は近くまで行ってチャイムを押そうとすると後ろから声を掛けられる。


「貴方、ここで何をしてるのですか?」


 振り向くと180cmくらいのスーツを着た女性が居た。


「いや、ここに来るよう言われてて」

「ここら一帯は現在立ち入り禁止です。誰に呼ばれたか知りませんがとにかくこの場から離れ…」

「何を話してるのかな?」


 事務所と思われる場所から白華が出てくる。どうやら今日の服装はスーツではなく白いワンピースに麦わら帽子という夏を感じさせる服装だった。


「リフィア白華、貴女まさか…」

「やっぱり修司君か。退院おめでとう。迎えに行けなくてごめんなさい」


相変わらず大人ぶった話し方をしているが修司は慣れてきたのか彼女らしいと感じられるようになっていた。


「いや、お見舞いだけでも充分有り難かった」

「そう、なら行った甲斐があるわね」

「外は暑いからさっさと入りなさい」


 白華は修司を事務所へ招き入れる。それと明らかに嫌そうな表情をしているのでおそらくスーツの彼女が苦手なのだろう。


「待ちなさい!リフィア白華!何かするつもりですか?!今度は絶対止めますよ!大体ですね、貴方がヤバいことをする時はいつも…」


 白華が勢いよく扉を閉める。結構大きい音が鳴るので近所迷惑にならないか心配なところだ。


「邪魔だわあの人。後で彼女の所轄にクレーム入れようかしら」


 白華はそれから何事も無かったかのようにこちらへ向き直る。


「ふう。さてと、ようこそ姫垂探偵事務所へ。改めて自己紹介するわね。私はリフィア・ラッハ・白華。主に異能力事件の捜査を行なっているわ。そして貴方には私の助手兼戦闘要員としてここで働いてもらうわ。今後とも宜しくね修司君」

「い、異能、力?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る