第8話 3人
(・・・・せめて布団の上におけよ)
仕方なくぐちゃぐちゃになったタオルケットを拾い上げ、畳んでから布団の上に置きドアの方に向かおうと足を反対の方に向ける。
すると、弟は手をぎゅっと握ってきてなんだか嬉しそうに俺を見上げた。
「どうした?」
「え~?」
「・・・・・」
何かあるのかと思って聞いたけど、特に何にもないらしい。
「・・・なんでもない。下に行くよ」
「兄ちゃん喉かわいた」
「冷蔵庫にキンキンのお茶あるぞ」
「知ってる~」
「そうですか」
ため息片手にグダグダ話しながらリビングに向かうと、そこにいたのはお母さんだけ。
夜ご飯の支度をして忙しそうに動いている母親の姿を見て、手伝いをすれば良かったと少し罪悪感を抱きながら声をかけた。
「あれ・・・・お父さんは?」
「・・・・」
(聞こえてない?)
「お母さん、」
「え、あぁっ・・・こうすけ」
「大丈夫?疲れてる?」
「うん、ちょっとね。でも大丈夫よ」
「・・・・そっか」
夏バテかなと、去年の夏もこんなんだったっけ?と少し疑問に思いはしたが、けいすけのお茶を取り出すために冷蔵庫の前に移動して扉に手をかけた。
「お母さん、お父さんどこに行ったの?」
「お父さん?・・・は、ちょっと・・・出掛けてるわよ。なんで?」
「出掛けてる?」
「うん」
(どこに?)
「どうかした?なにか用があるならお母さんが聞くわよ」
「・・・・・いや、いいよ。ただちょっと気になっただけだから」
「そう。それならいいわ。多分帰り遅くなるから」
「・・・・分かった」
社会人に学生のような長い夏休みなんてないのは理解している。が、しかしだ。土曜日なのに、しかもこんな夜の時間に、用事とは一体なんなのだろうか。
(誰かに会ってるとか?)
でもそうだとしたら誰に?
仕事で急に呼び出されたのなら、お母さんはそういうはず。冷蔵庫から取り出したお茶が思ったより冷たくて、すぐに手から離したくなった俺は台所の台に置いた。
「兄ちゃんお茶」
「待ってな、コップ出すから」
「うん」
俺の太ももにしがみついて、隣で夜ご飯の準備をしているお母さんを何故か覗き見しているけいすけに、コップに注いだ冷えたお茶を手渡す。
「はいよ」
「ありがとう」
「あっちで飲め」
「兄ちゃんも一緒に」
「うん、行く行く」
ダイニングテーブルの席について、テレビをつけると今のこの時間帯はニュースばかり。
「ふたりとも、もうそろそろご飯できるから」
「父さんは?待たずに先に食べる?」
「うん。そう言われてるから、先に食べちゃいましょ」
「分かった」
リモコンでチャンネルを次々変えていくと、お祭りのニュースや、花火大会、それに帰省する人のインタビューのニュースが画面に映し出される。
「・・・・帰省か」
都会にいる人の多くは地方から出てきているとよく聞く。なんで皆そんなに都会に出たがるのか。
「こうすけ、お皿出して」
「あ、はいよ」
席を立って受け取ったお皿は空のまま。
3人分の空の皿に追加して、既に割って中身だけの卵が入った別のお皿も出すように言われた。
「すき焼きだ」
「そうよ」
「いい匂い~」
「この皿には何いれんの?」
「何も入れないわよ。卵嫌だったら何もつけずにそっちのお皿に入れて食べて」
「・・・・あ~なるほど」
お皿勿体無くないかとは思ったけど、あえて言わずに更にお母さんから差し出された炊きたての白いご飯が入ったお椀を受け取る。
「僕は卵~・・・・ご飯は山盛り!!」
「はいはい。今出すからね」
「じゃあこのご飯は俺のな」
「え~?」
準備が終わり、お父さん抜きでの3人だけの夜ご飯。
お昼とは違い今度はけいすけも揃って「いただきます」をして食べ始めた。
テレビからは、花火大会の中継が流れている。
(都会・・・・凄いな、こういう時は行ってみたいと思うけど)
卵をかき混ぜてお肉と豆腐をとって卵に絡めた。
けいすけの分はお母さんが取り分けている。
「兄ちゃん美味しい?」
「ん?うん・・・・うまいよ・・・」
口の中に入れた柔らかい肉を噛んでいる時に話しかけられたから中途半端に飲み込んでしまった。普通なら変な感覚がして喉元に違和感が残るけど、それでもすぐにそんな違和感も吹っ飛んでしまったのは、テレビに映っていた警察官を見たからだった。
(・・・うわ~・・あんなに警察いんの?)
花火大会の中継自体はもう始まっているが、まだ花火は空に上がっていない。
「・・・お母さん」
「なに?」
「花火大会ってあんなに警察官いんの?警備のため?」
「え?」
消えた弟 しおあじ @nukonuko_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。消えた弟の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます