第3話「砕く一撃」

 飛高ひだか彩羽いろはにとって「ヒーローを目指す」というのは、特別なものであって特別なものではない。


 優秀な警察官であった「飛高ひだか典利のりとし」の命をかけて自分の職務に励み、犯罪者を相手に戦うその姿は「弱い人を守るヒーロー」そのものだった。


 仕事柄、家に帰ってこないことがほとんどだったけれど、その姿に憧れたから不満も何もなかった。


『彩羽。人はみんな、誰しもがヒーローになれるわけではない。けれどね、僕は思うんだ。ヒーローは、いつだって―――――』


 ……とても大事なことを教えてもらったと思う。

 忘れてはならないはずなのに、どうして忘れてしまったのだろうと思う。

 けれど、その時に教えられた言葉は今も彼女の胸を動かしている。


 その時の言葉の意味を教えてくれる父はもういない。けれど、教えはずっと心の中にある。


 それだけを信じて、彩羽は前だけを進み続けるのだ。



 ◇◆◇



 最初のターゲットである要石を発見し、これを破壊するためにやってきた飛高彩羽と勝山かつやま蓮司れんじは要石を守る、演習用式神を相手にしていた。


 拳による近接戦闘を得意とする彩羽は自分たちより頭一つ分大きい骸の武者を相手にし、一撃が大きいわけではなく複数を相手にすることに適した異能ミュトスを持つ蓮司が雑魚の餓鬼たちを相手にすることになった。


「せいやぁ!!」


 右の拳に異能ミュトスが込められた魔力を宿し、自分に刀を振り下ろそうとする骸の武者の肋骨を正拳突きで殴り飛ばす彩羽。


 闘争心がある限り、彼女の異能ミュトスである「燃魂闘ねんこんとう」は身体能力と魔力上限の底上げを行い、継続的な戦闘を可能とする。これにより彼女は、常人以上の筋力をもって物理的な破壊を行うことが出来る。


 だが、彩羽の異能ミュトスは彼女の精神力に依存する所が大きい。あくまで彼女の異能ミュトスの発動条件は、闘争心がある限りである。


 ……だが逆説的に、彼女が闘争心を無くさなければ、魔力上限の底上げ効果によって効果を切らすことはないのである。


「■■■!!」


 正拳突きで殴り飛ばした彩羽に別の骸の武者が刀を振り下ろしてきた。


「させません!!」


 だが、彩羽は持ち前の反射神経で骸の武者が振り下ろした刀は、彩羽が突き出した拳で刀の柄を殴って邪魔され、がら空きの胴体に彼女の回し蹴りが炸裂する。

 見事なまでの鮮やかな回し蹴りにより骸の武者は近くにいた餓鬼を巻き込んで駐車場の端に激突した。


「ぎゃぎゃぎゃ」


 無論、彼女の敵は骸の武者だけではない。


 蓮司が倒しきれていない餓鬼たちが不気味な声を上げながら彼女に近づき、手に持った刃物のようなもので襲い掛かってくる。


「しつこい!」


 集中力を研ぎ澄まし、常に周囲を警戒している彩羽からすれば、この程度の雑魚相手に遅れを取ることはない。


 目の前に飛びつけば殴り飛ばし、下手に近づこうものなら蹴り飛ばしと攻防一体の立ち回りをしていた。


「勝山くん! そっちはどう!?」


 そう言って、蓮司の方に振り向く。


「後もうちょっとだ! だがそっちの援護はちょっと厳しい!」


 蓮司は距離を取りながら、ビー玉を炸裂させつつ、彩羽から餓鬼たち雑魚を引き離していた。


 だがビー玉の残数を確認しながらということもあってか、攻撃をしづらそうにしている。


「だが、これで雑魚は終わり! 『炸裂玉さくれつだま牡丹ぼたん』!」


 引き寄せた餓鬼たちにビー玉を6つ投げ込んで呪文を唱えると、ビー玉が炸裂し文字通り牡丹のような花を咲かせるかの如くビー玉の破片が散らばり、餓鬼たちの体をズタズタに引き裂く。


「よっしゃ、ザコ狩り完了! やっぱこういう奴ら倒すと気分がいいぞ!」


 攻撃が上手くいったことで蓮司はガッツポーズする。


 数に限りがある故にチャンスを伺ってからでなければ迂闊に異能ミュトスを使うことが出来ない。タイミングが悪ければ文字通り玉切れとなってしまい、丸腰になってしまう。仮に蓮司に最低限でも体術の心得がなければ一方的にやられる可能性がある。


“ったく、こんなことならもっとビー玉とか色々持ってきておけばよかったよ! マジでだりぃ!”


 蓮司はそれを十分に理解しているからこそ、現在の状況に悪態をついた。


「■■■―――――!!」


「!? ―――――や、やべ」


 蓮司の後ろに骸の武者がおり、手に持った刀を振ろ下ろそうとした。


“やばい! 手元に事前に仕込んだビー玉が間に合わない!!”


 ビー玉はあくまで蓮司の異能ミュトスを行使するための触媒でしかなく、蓮司の呪文を使わなければ炸裂させられない。


 本来、蓮司は自身の異能ミュトスのコントロールが出来ずにビー玉を炸裂させてしまったことがある。それを防ぐために誓約術式と呼ばれる魔術式を用いて、自身の異能ミュトスに使用制限を設けた。


 それは「特定の言葉呪文による命令受諾がなければ炸裂しない」という誓約を設けた。


 この仕組みは北欧の「ルーン魔術」と呼ばれる魔術系統に存在する「ゲッシュ」を基に作られた基礎魔術の一つ「誓約魔術アニマギアスであり、自分に誓約を設けることで自身の魔術や異能ミュトスを部分的に強化することが出来るというものである。


 だが、今この危機的状況において、その「誓約魔術アニマギアス」の影響で炸裂させることが出来ない。


“クソ!! 避けきれない!!”


 自身に迫る“死”がスローモーションに見え、蓮司は反射的に目をつぶった。


「とああっ!!」


 だが、その運命は少女の全速力を乗せたパンチによって防がれた。彩羽の魔力を乗せた拳が骸の武者の頭部を打ち砕き、ぶっ飛ばしたのだ。


「大丈夫!? ケガしていない!?」


 彩羽は蓮司に向き直ると真剣な表情でそう言った。


「あ、ああ。大丈夫だ」


 蓮司は若干呆気に取られながらも、尻もちついていた状態から自分で立ち上がった。


“なんなんだ、こいつ。あんなバケモンみたいなヤツ相手に怯んですらいないじゃんか。演習用式神とか言っていたが、見た感じコイツらまるで本当の生き物みたいな感じなのに、躊躇なくぶっ飛ばしているし、普通ならちょっとは躊躇うだろ……”


 彩羽の精神力に蓮司は呆れにも似た感情を抱きながら、持ってきていた巾着袋の中身と周辺をチェックし、要石に向き直る。


「……どうやら、さっき飛高がぶっ飛ばしたのが最後っぽいな」


 周辺に演習用式神たちの姿はなく、辺りには蓮司がビー玉を炸裂させた跡や、彩羽が演習用式神をスーパーの出入り口の壁に殴り飛ばして出来たクレーターや、コンクリートの破片などが散らばっていた。


「後はこの要石を破壊したら、こっちのチームの得点はひとまずゲットだね。これ、私が破壊した方がいいかも」


「そりゃあな。こっちのビー玉、数に限りがあるし、今後のことを考えてまだ消費したくない。悪いけど、壊してくれない?」


「うん、任せて!」


 そう言うと、彩羽は要石の目の前に立ち、拳を構える。


「ふぅぅぅ……」


 呼吸を整え、彩羽は体内の魔術式を起動させる。

 利き腕の右腕に魔力を通し、誠に教えてもらった基礎魔術の一つである「強化」で拳を強化し、そこに自身の異能ミュトスの力を宿す。


「ファイトォ!! 一発!!」


 その掛け声で気合を入れて、要石の中央に渾身の一撃を打ち込んだ。


 そして、要石にヒビが入り、弾け飛ぶように破壊されたのだった。


「やった! 壊せた!」


 彩羽は上手く破壊出来たことに素直に喜んだ。


「とりあえず、こっちはまず一つ破壊できたな。一時はどうなるかと思ったが……」


「第一目標達成だね。次は黒相こくそうくんの合図待ちだったよね?」


「ああ。黒相こくそうが要石を破壊したら合図を出すって言っていた。俺たちはその合図を見つけるまでしばらくこの周辺を警戒しつつ、街を壊そうとする演習用式神を見つけ次第、やっつけるという手筈になっているはず」


 これらの流れも作戦会議の中で決められた流れになっており、彩羽と蓮司が要石を破壊したことで現時点においてはAチームは予定通りに作戦が進んでいることになっている。


「よし、今の所予定通りだね。そう言えば、ここってスーパーだよね。中で何か使えるものとかあるかな?」


「言われてみれば……。中を少し調べるか」


 そう言って、彩羽と蓮司はすぐにスーパーの中に入り、中にある物を物色することにした。

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無窮・演舞~異能と魔術と芸能で戦う最新英雄譚(ニュー・ミソロジー)~ 平御塩 @12191945

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