第57話

 音無と付き合ってからはや一ヶ月。

 俺たちは同じ屋根の下で暮らし、そして同じ部屋で毎日のように肌を重ねていた。

 爛れた日常。

 毎日のように湧き上がる衝動と戦いながらも、結局は俺の意志の弱さで流されるままに音無を抱いた。


 そして今日は日曜日。

 俺は音無に連れられて産婦人科にきている。


「……なんか見られてる」


 受付をしている音無を廊下の椅子で待っている間、俺は周りの妊婦さんたちからジロジロとみられていた、気がした。


 まあ無理もない。

 私服に着替えたところで高校生の俺たちがこんな場所にいることに大人たちが違和感を覚えるのは当然だ。


 俺を見た後ひそひそと話している人もいた。

 やっぱり、高校生で子供ができたら周りから……いや、それもこれも俺の責任だ。

 俺がやることやっての結果なのだから、俺が責任をとらないといけないことなんだ。


「黒崎くん。もうすぐ先生のところに案内してくれるって。一緒に行くよね?」

「う、うん」


 戻ってきた音無は心底ワクワクしているのが伝わってくる。


 一方の俺は、半信半疑だ。

 本当にこれでいいのかどうか。

 もしデキていなかったらいつもの日常に戻れるけど。

 その時の彼女の落胆した顔を見たいわけでもない。

 かといってもしデキていたら。

 それこそ俺なんかがどうやってこの先やっていけばいいのか。


 あれこれと悩む。

 そして、少し時間がたってから俺たちは診察室へと呼ばれた。



「おめでとう御座います。でも、まだ油断禁物ですよ」


 お医者さんのそんな言葉が印象的だった。


 まあ、結論は言うまでもない。

 今日から一年足らずのうちに、俺は父親になるそうだ。


 そして音無は母親に。

 普通なら喜ばしい限りのことなのだろうけど、胸中は穏やかではなかった。


 親になんと説明しようか。

 学校は?

 音無の家族にだって、なんと言えばいいか。


 問題だらけだ。

 もちろん自己責任だから何かせいにするつもりはない。

 それに軽く考えていたわけでもない。

 音無と付き合ったその時から真剣に、音無と結婚して働く覚悟は持っていた。

 

 でも、現実が押し寄せてくると頭が混乱する。


「お待たせ。また来月も検診だって」


 一人別で奥の診察室に呼ばれていた音無が帰ってきた。


 お腹を触りながら、なんとも言えない穏やかな表情を浮かべている。


「……大丈夫、なのか?」

「うん。予定通りいけば春には赤ちゃんが見れるって」

「そ、それもそうなんだけど、ええと」

「私、嬉しい」

「え?」

「これで黒崎君と、ずっと一緒にいられる。嬉しいなあ」

 

 音無がにっこりと笑った。


 俺は、その笑顔を見て頭の中でぐるぐる巡っていた悩みがスッと消えて行くのがわかった。


 俺は……やっぱりこの笑顔を大切にしたい。

 無責任だろうとなんだろうと、音無のこの気持ちを大切にしたい。


 だから。

 俺も。


「うん。俺、頑張るから」


 彼女の手を引いて病院を出た。


 もうすぐ、夏休み。


 俺と音無にとって、最後かもしれない夏休みがやってくる。

 

 

 

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後ろの席のギャルが俺に懐いてしまった。そしてかなり病んでいる 天江龍 @daikibarbara1988

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