第56話

「はあ、はあ……」


 どこを探してもアレは見つからなかった。

 おかしい。

 絶対にアレを買ったはずなのに。

 いや、もしかしたら音無がうっかり買い忘れてしまったのかもしれない。

 ああ、こんなことならやっぱり俺がレジに行けばよかった。


「どうしたの? しないの?」

「ええと、あの」

「早く、したいな」

「ごくっ」


 アレを持たないまま風呂場に戻った俺は、結局裸で迫ってくる音無の誘惑に耐えることなどできず。


 またしても流されるまま、致してしまった。


 何度も何度も。

 風呂のお湯はすっかりぬるくなって、それでものぼせてしまうほどに何度も。


 そして部屋に戻ってからもまた。

 俺は何度も何度も音無と肌を重ねた。


 そして翌朝。

 盛大に寝坊して、学校についてまず先生に怒られてから音無と席につくと、後ろから彼女の独り言が久しぶりに着替えてきた。


「式場は……ここがいいかな。あと、病院は……あった、ここにしてみよっかな」


 いつぞや、聞き覚えのある独り言だ。

 そういえば俺が音無と話すようになったきっかけも、彼女のこんな独り言に興味を持ったからで。


 でも、あの時はなんの話かさっぱりだったのに、今ならそれが意味深に聞こえる。


 式場、それに病院。

 ……まさか。


「音無、あのさ」


 俺は休み時間になってすぐ、彼女に話しかけた。


「どこか体調悪い?」

「ううん? 眠たいだけだけど、どうしたの?」

「い、いや……病院とか聞こえたから」

「あ、うん。今度一緒にきてくれる?」

「い、一緒に行くのはもちろんいいけど。何の病院にいくのか一応聞いてもいいかな」


 念の為聞いたけど、聞くまでもなかった。

 いつになく嬉しそうに俺に答える彼女の笑顔を見て俺は、もうすぐ暑い季節がくるというのに背筋がゾクっとした。


「産婦人科だよ? 来月くらいには子供できたかわかるよね?」



 

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