第55話

「母さんー? あれ、かあさーん? いないのかな」


 帰宅すると、またしても誰もいなかった。

 ここ最近店が繁盛してるからとはいえ、少し出かけすぎではないかと心配になる。


 父さんも昔は財布の紐が固かったのに、最近は気が緩んでるのだろうか。


「音無、とりあえずお風呂入る?」

「うん。一緒にはいろ?」

「え、で、でも」

「恥ずかしがることないよね? 昨日あんなに、その、したんだからさ」


 照れながらそう話す音無を見ていると、俺はもうムラムラが治らなくなっていく。

 もちろん風呂場でそのまましてしまったら、せっかくアレを買った意味がなくなるので我慢だけど。


 いや、我慢なんてできるのか?

 やっぱり別々に入った方がいい気が。


「あの、やっぱり風呂は」

「先に入って待ってるから。早くきてね」

「あ」


 俺の話を聞かずに音無はさっさと風呂場へ行ってしまった。


 なんだか楽しそう、というか嬉しそうだった。

 俺と風呂に入るのがそんなに楽しみだなんて、なんか嬉しいを通り越して申し訳なくなる。


 俺はずっとエッチなことしか考えてないのに。

 きっと音無は俺と一緒にいれることを楽しんでくれてるんだろう。


 ……俺も、我慢しないと。

 うん、大丈夫なはずだ。彼女の裸はもう見たわけだし、昨日散々イチャイチャして、このあとだってベッドで好きなだけイチャイチャできるんだから。


 風呂では何もしない。

 そう決めてから、深呼吸して彼女を追いかけて風呂場へむかった。



「ん……んん、ん」

「んん……」


 風呂に入るまではよかった。

 湯船で音無の体は隠れていたし、俺も極力彼女の方を見ないようにして風呂に入って、肩まで浸かるとホッと一息、のはずだったが。


 音無はすぐに俺に体をすり寄せてきて、そのままキスをしてきた。

 そしてずっとキスしている。

 少し熱った彼女の唇が俺の脳を蕩けさせる。


 俺も目をつぶったまま、ずっとされるがままだ。


「……ふう。ねっ、ここでしたらダメ?」

「あ、いや、ええと、俺も、その、したいけど、でも」

「でも?」

「あ、いや……」


 もう、このまま音無に飛びついてしまいそうだ。

 でも、昨日みたいに無我夢中にはならないと決めたんだ。

 これからずっと音無といるためにも。

 俺は目先の欲に流されたらいけないんだ。


「ご、ごめん音無! 俺、ちょっと忘れ物」


 風呂を飛び出してそのままタオルを纏って部屋へむかった。


 もう、我慢なんてできやしないんだけどせめて。


 アレを、持ってこないと。


 音無が買ってくれてるはずだから。

 買い物袋の中にあるはずだから。


 ごめん、ちょっとだけ待ってて。

 すぐ、戻るから。


 

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