015 あなたの名前は何ですか
『ふぇ、なにその子供……』
ハレテフククルに守られてつつも、たまに至近矢をくらって半べそをかいていたヘンリエッタの第一声がこれだった。
そして、クロスの返答がこれだった。
「人質」
逃げ出したバイコーンたちが投げ出して行った綱をクロスは拾い上げ、姉妹を縛り上げた。翼つきの人間の縛り方がいまいち解らなかったので、翼が動けないようにまとめてぐるぐる巻きにしている。
涙と鼻水でぐずぐずな顔の生首は、理解できない顔をした。
『人質なんてどうするの?』
「決まってるだろ、尋問して情報を聞き出すんだよ。こっちは禁則地守備隊の隊長らしい。規模はそれほどでもなかったが、軍隊の幹部だ。どうやってでも、知っていることを洗いざらい話して貰う。情報が足りなすぎてどう対処するか決められないからな」
今回の襲撃で解ったことは次の二つだ。
一つ、この地域には、宗教も軍事もある。つまりこの鴉天狗の子供のような知的生物が集まり自治を行うある程度な規模の組織がある。
二つ、現状自分たちはその組織と敵対状態に成りつつある、もしくはすでに敵対が確定している。少なくとも、守備隊の一部とは確実に敵対した。
「ここを放棄するか、別の拠点を探すか……」
ハレテフククルが体を寄せて擦り付けてくる。
「ひひーん!(それでしたら、我が縄張りに来てください! 我が主人に逆らう存在などありません。それなら安全でしょう?)」
「ハレテフククルの領地か。それはここからどれくらい離れている?」
「ぶるる(近いですよ。北東におおよそ二百キロほど行った所です)」
クロスはハレテフククルが四時間もかけずに群を連れて縄張りから戻ってきたことを思い出して、こいつの距離感覚は自分たちと大きくかけ離れている、と心のメモに書き加えた。時速100キロメートルは地上を走る生身の生物が出していい速度じゃない。
「だめだな。帰還しないことを決めていない現状、あまり海岸線から離れたくない」
ハレテフククルは気落ちした風に首を垂れた。
クロスはそれをなでつつ、言葉をづける。
「それに……」
『ねぇ、ちょっとねえ』
「なんだ?」
『私ね、危険な場所に置かれるのも嫌だけど、勇者に命を狙われる魔王生活も、うんざりなんだよね。何回も切られたり、刺されたり、爆破されたりしたけど、毎回その瞬間だけは死ぬほど痛かったし。死なないからって、痛いのは嫌じゃん?』
「なるほど?」
クロスは、過去に魔王討伐を自称する非公認勇者が何人か現れたのはそういうからくりか、と魔王討伐の道中でおこなった調査の真相を思った。
『だからこの際ね、お父さんたちみたいに、隠れて自由に、あ、ん、ぜ、ん、に生きていきたいの』
「ああ、俺も戦いは望んでいない。平和が一番だ」
『いや、それは噓でしょ! こんな人質とか取ってさぁ。その、禁則地守備隊? とかいうのと戦争するつもりじゃなかったら、こんなことしないよ』
怒り始めたヘンリエッタの言葉に、クロスはズッコケた。
「……本当にお前、魔王だったのか? 考え方がお花畑すぎやしないか?」
『なっ』
そもそもの始まりが、あの事前通告もなしの一方的な攻撃だ。戦闘が起こった時点で、関係構築の第一歩としては最悪の部類だと言える。
この地に残るなら、応撃で手に入れた人質を正体のわからぬ相手を交渉のテーブルにつけるために有効活用することは、むしろこれ以上の戦闘を回避するために、必要なことだとクロスは思っていた。
地面に置かれた生首を見る。
魔王をやっていた割には、そこら辺の考え方がほんとうに足りない。家臣の魔族にすべて丸投げしていたのだろうか。していたんだろうな。なんせ、王位を投げ出して、ペンギンだったかシロクマだったかを南の果てに見に行こうとするような夫婦の子供だ。転生してから魔王になる教育をまともに授けられていないか、授けられたけで受け入れられる頭がなかったか?
「いいか、まず前提としてだ」
クロスはとりあえず現状を理解させるために言葉を選び始めた。
うん、と思って、気絶状態で転がされている捕虜二名をつま先でつついて示す。
「俺たちはこいつらのことを何も知らない」
彼女らの文化。
風習。
社会常識。
何を食べていて、誰を愛し、何を未来に望むのか。
交渉はそれらの前提知識を互いに持って尊重、もしくは牽制しあう理性がないと成り立たないものだ。
「そうだろう、ヘンリエッタ。今回はこいつらが一方的に殴りりつけてきたわけだが、なんで俺たちは殴られたんだ?」
『え、えっと……、わかんない』
「ぶるる!(そんなこともわからないの、この駄生首!)」
『わからないけど、馬鹿にしてるよね? そうだよね、クロス!』
「してない。話をもどすが、
そう、俺たちはなんで殴られているのか、まったく検討もつかない状態なんだ。
ここにいるとこいつらが攻撃してくるという事象にたいして、ではどうすればいいのかという答えを導き出すには、なぜここにいると攻撃されるのかということがわからないと答えが導きだせない。
わかったか?」
『……わかんない』
「ぶるる!(そんなこともわからないの、この駄生首!)」
『クロス、この馬!』
ハレテフククルは表面上、鼻をならしているだけなのに、なんでヘンリエッタは煽られているとわかるのだろうか。変なところで敏感なやつだ。
「やめなさい。
例えば、そうだな。
俺たちが公園で遊んでいたとする。いいな?」
『……うん』
「そこに突然、男が怒鳴りながら殴りかかってきたので、俺たちはその男を叩きのめして気絶させた」
『うん? ……うん』
「男が殴りかかってきた理由はわからないよな? 実は俺たちに恨みがあるのかもしれないし、誰かにやとわれたのかもしれない。男に全く面識はないし、自分たちはいつも通りの生活を送っていただけだ。だから、男が襲い掛かってきた理由に心当たりはない。ただ、男が目覚めたら、もう一度殴りかかってきそうだ。逃げてもいいが、そうしたらもしかしたら仲間を増やしてまた襲ってくるかもしれない。面倒だろ?」
『そうだね。それはかなり鬱なかんじ』
理解が進んでいそうな感触を得て、クロスは少しほっとした。
一つ、頷きをはさみ説明を続ける。
「じゃあ、男が再び襲ってこないようにするには、どうすればいいかと考えてみろ」
『え、えーと。とりあえず怒っているからその人は襲ってきたんだよね』
「そうか? 怒っていなくても人が人を襲う理由はあるぞ。例えば強盗だ。怒りながら強盗で人を襲うやつはなかなかレアだな、たいていの心理状態としては、怯えているか、楽しんでいるかの二択だ」
えー、といってしばらくヘンリエッタが黙る。
『あ、そうか。じゃあ、その人の目が覚めても暴れられないように、警察に引き渡して拘束してもらえばいいじゃん。これで解決』
クロスは「うわ、飛躍したな」と思った。
公園という建付けが悪かったかもしれない。
失敗した。どう、修正しようかとクロスは考える。
「なるほど、日本にいたころならそれでいい。でも残念ながら、いま俺たちがいる場所に俺たちの為の警察は存在しない。だから自分でどうにかするしかない」
『え、え~。なら、……その人をこれ以上暴れられないように、バラバラにしちゃうとか』
「……お前じゃないんだから、バラバラにされた男は死ぬな。そして、殺された男の仲間が復習しに来るかもな」
『えへへ、……そうだよね』
ふー、と深い息を吐いて、クロスはヘンリエッタに告げる。
「どういう選択肢を取ったら正解なのか、そのために男が襲ってきた理由を調べるんだ。今やろうとしている尋問も同じだ。だから、最初に言っただろう。対処をどうするか判断するために、尋問をするんだって。わかったか?」
『……たぶん』
「よし、じゃあ尋問を始めよう。隊長の方はさっきからお目覚めみたいだからな」
クロスはうつぶせに転がる鴉天狗の小さい方を足で転がし押さえつけて仰向けにした。
翼ごとしばりつけているため逃せず、身体の下敷きになった翼がいびつに押しつぶされていき、目を閉じて寝たふりをしていた少女の口から苦悶の吐息が漏れた。
「まずは、君の名前を教えてくれないだろうか」
ギャル魔王と異世界工学師は女神を飼いならす はいきぞく @kurihati
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